第百八章 マカツ
「魔物が娘とは何を企んでいやがる王牙。」
俺達が占拠改装中の居城に戻ると、待ち構えていたのは黒い骸骨だった。
髑髏のような巨体の魔法使いタイプではない。
人間の骨、それも勇者の遺骨に魔素を纏わせたアンデッド。
間違いなく唯一無二のユニーク魔物。
勇者の骨が動き出しだのか、動かしているのか。
それを俺は知らないがコイツには見覚えがある。
「マカツ。何をしに来た」
マカツ。この名は俺が勝手に呼んでいるだけだ。人間の名前もある様だが、それは俺達魔物には聞こえない。それで便宜上そう呼んでいるだけだ。
「やっぱりあの時そのお嬢ちゃんを操っていたのはアンタか、王牙」
マカツの目が俺の隣にいるレオニスに向く。あの時戦ったのはレオニスの体を共有していた俺だ。それをマカツは理解している。
「よく調べているな。俺のファンか?」
「ああ。ここではそうなっている。お前に憧れる骸骨戦士だ。どいつもこいつもお前のことはぺらぺら話すぜ。余程の人気者らしいな」
初耳だぞ。なんだそれは。俺の困惑をよそにマカツの言葉は続く。
「どいつもこいつもお前を信用している。そこのお嬢ちゃんもそうだ。操られているのかと思えば楽しく談笑ときた。お前は何なんだ王牙。本当に魔物なのか?」
俺はマカツの様子に吹き出してしまう。
さもありなん。魔物がここまで和気あいあいなどと思いもよらないだろう。
「何が可笑しい」
「お前の困惑全てがだ。全てが理に適っている。俺を笑わかせにきたのか俺のファンよ」
「・・・俺は決死の思いでここに乗り込んで来たんだ。俺を知っているであろう王牙。お前に会うためにな。それがこうも簡単にお前の情報が集まる。俺の情報は何一つないのにな。そんな愚痴を言いに来たんじゃねぇが、一言入れねぇと気が済まねぇよ」
マカツはそれだけ言うと黒曜石の剣を抜き、背の盾を下ろして構える。
「俺は会いに来たんじゃない。聞きに来たんだ王牙。お前は俺の何を知っている。その答えに応えてらうぜ。力づくでな」
マカツの言葉で俺も相棒バスタードソードを抜く。
言葉はいらぬか。
敵にも味方にも。
手を出すなと言うまでもなく誰も手を出す気配がない。
これは、人望があると見ていいのか?
剣戟を打ち鳴らしながら俺達は居城の外側に向かう。
俺の誘いにマカツが乗っている形だ。
やはり狙いは俺一人。周りに被害を出す気はない様だ。
いい感じの広場で俺達は切り合う。
挨拶程度の切り合いで剣筋が乱れる事は無い。無駄に盾を構える事もない。
マカツも俺を探っているな。対聖女戦のようなヒリ付くような殺気はない。
互いの剣をいなし、弾き、隙を伺う。
そろそろか。
俺は頃合いを見て魔素を燃やす一撃を放つ。俺の一撃を受けるが弾き返されるマカツの黒曜石の剣。流石に頑丈だな。あれも言わば世界の改変を使った武器だ。物理攻撃で破壊は出来まい。俺は繰り出された盾を柄頭で殴りつける。こちらも黒い何かの金属だがあと数度打ち付ければ割れる。見た目よりも分厚い盾に亀裂が入っている。
いや、これは金属か? 鉱石か? 何か生物的なものを感じる。これはあのダンジョン産の防具か? あそこで作られたか、魔王種の体の一部か、そういうものだろう。無機物ではない。
俺は感動を他所に、一歩引くと魔素を燃やした一撃で盾毎マカツの左腕を切り落とす。・・・筈だった。
ギィィィーンというなんの音かもわからない音が盾の奥から鳴り響く。盾ではない。盾は確実に切り裂いている。その奥。その左腕。その奥には。
勇者の遺骨か!
俺の魔素を燃やした一撃を難なく受け止めているのは勇者の遺骨。マカツの左腕だ。その前腕がたわみながら俺の剣を受け止めている。
そこに迫る黒曜石の剣の突き。先程弾いた黒曜石の剣先が既に俺に向かって伸びている。俺は両手で握っていた剣を左手に持ち替え、右手を刃の無い剣の中腹に。そのまま剣を左にずらし黒曜石の剣の突きを柄頭で横から押しのける。
その間マカツの左腕に面していた刃が滑るが、切り裂く感覚はない。勇者の遺骨はたわみはするが切り裂くのは難しい様だ。
俺はそのまま剣を押し込むとマカツに蹴りを入れて離れる。マカツめ。自分の骨が無敵だと知っていたな。切られた左腕でこちらの剣を掴もうとしていた。
だが今の一撃で勇者の遺骨の弱点は知れた。
たわんだのは骨じゃない。関節だ。骨は傷も衝撃もものともしない。だが関節は違う様だ。破壊が出来るかはわからないが、明らかに動きが鈍った。そして髑髏のように宙に浮いているようなものでもない。関節を突けば弱体化が出来る。注意すべきは前腕のデカイ二本の骨だ。アレは素直にマカツの盾だと思っていい。そして関節が破壊不可能なら手で剣を受け止める事も出来るだろう。
勝ち筋を狙うのなら魔素の減衰、そして関節の破壊。骨はノータッチだ。
俺は剣戟を加速させる。マカツが立て直し、左腕を繰り出してくるが、それ弾き胴体を狙っていく。マカツめ。左腕を使う事に夢中になって右手の剣が疎かだ。俺に見せるのが早すぎたな。種割れ勇者の遺骨などなんの脅威でもないぞ。
俺はマカツの魔素を切り裂いていく。胴体はおろか左腕もボロボロだ。靱帯で辛うじて繋がっている状態だ。
そろそろトドメか。
そう思っていた時だ。マカツがまるで羽のように飛び上がる。まるで重さがないかのようだ。そして傷ついた靱帯と広がった関節がしまり、骨のたわみが無くなる。
そして微かな違和感。体が重い。疲れではない。魔物にそんなものは無い。そしてその類でもない。何かの要因で体が弱っているのではない。
それは俺の剣筋から見て取れた。いまままで淀みなく流れていた俺の剣が鈍る。まるで線をなぞるような俺の剣先が揺らぐ。これは俺の体だけでなく剣自体の重さが違う。
これが魔物アンデッドの支配。重力の支配か?
まだ確定ではないがそう見える。奴の体は浮き上がり、俺の体は剣も含めて重くなる。俺は魔物オーガの支配。大地の支配で地面を硬く踏みしめる。せめて地面だけでも硬くしなければな。俺の巨体が沈みだしたら目も当てられん。
「グオオオォォォ!!!」
そこにマカツの雄たけびが轟く。
雄たけびというよりも痛みの絶叫か。地面から這い出した肉片がマカツの左腕に纏わりつく。そこには黒く鈍く蠢く左腕。どす黒いその腕を振りまわしてマカツが迫る。
チッ。面倒だな。
新しいマカツの左腕だ。物理無効ではないが、相当に硬く、弾力もある。全力の剣戟でも数秒動きを止められるだけだ。ダメージが通っている感じがしない。
何よりもこの重力支配が厄介だ。特に何か操作をしてるわけではないが、俺の剣先が揺らぐ。先の全力の剣戟も一撃がやっとだ。五撃も食らわせればダメージは通りそうだが、この馴れない重力下では全力で打てない。あまりにも最適化しすぎたツケだ。流石にこれは想定していなかった。今の状態では馴れても三撃がいい所だろう。
だが奴自体もこの状態を持て余しているようだ。自身の重力支配を解き、左腕も使い慣れているようには見えない。
「これがお前の狙いか王牙!」
膠着しつつある展開で先に口を開いたのはマカツだった。
「俺に俺の体を得させて何を企んでいやがる! 俺は実験動物か!?」
・・・何の話だ?
俺は武器を相棒から脇差へと変える。そして爪の力を付与し太刀へと変える。物理ではあの腕は駄目だ。魔素属性による撫で斬り。これならば魔素を燃やす一撃も必要ない。重力の影響で剣戟がぶれるのも避けられる。
俺が止まらないのを見て取ると、マカツは左手を俺に向ける。
武器がバスタードソードから太刀へと変わったことで耐えられるとでも思ったか?
物理の剣戟のような速さはないが、腕の動きに対処できないほど遅くはないぞ。
俺は撫で切る様に左腕の表面を魔素の刃で焼いていく。ビンゴだ。マカツの左腕に纏わりついた黒い筋肉は焼き切れていく。
焦ったマカツが右腕の黒曜石の剣を繰り出してくるがもう遅い。奴の左腕を嘗める様に切り裂き、その下の骨をしゃぶりつくす。
ダメージはある。勇者の遺骨に損傷を与えている。だがなんだ? やはり骨の芯に折れず曲がらない芯のような物がある。骨をすり減らせても破壊は出来そうにない。勇者の遺骨だからこそ実現できるアンデッド。不死の魔物か。
それでも無力化できないわけではない。
その慢心が油断を産んだ。
マカツの足が上がり、そのすねの間に俺の太刀がからめとられる。即座に手を放したが、迫るマカツの黒曜石の剣を右腕ごとを掴むことで膠着状態が生まれる。
「俺の質問に答えろ! お前なのか! お前が俺をここに呼んだのか!」
・・・なんと答えたものか。
さっきからなんなんだ? 俺の知らない冤罪が次から次へと俺に降りかかっているのだが? この左腕さえ俺の仕業か?
これは一度語る必要があるか。俺は口を開く。
「その前に確認だ。お前は人の世でも生きられる。お前は人の側か、魔物の側か。それをはっきりさせてもらおう。人であればこのまま潰す。魔物の側であれば話もしよう。どちらだ?」
しばしの逡巡の後マカツが答える。
「俺は知りてぇだけだ。人と魔物の戦いに興味はねぇ。お前が話すってんなら俺は人間には付かねぇ。魔物として参戦しろってんならお断りだ」
しばし俺とマカツは睨み合う。
だが俺が力を抜くとそれに応じてマカツも下がる。
そして俺達は一度離れた。対話のためだ。
「わかった。それでいいマカツ。人間の領域で見つけた時は迷わず殺すぞ。それでいいな?」
「了解だ。だがお前はいいのか王牙? 俺は魔物に参戦はしねぇぜ。お前に何の利益もねぇぞ?」
「それはある。お前が人間側に参戦しないというだけでもメリットがある。その理由を語ろう。だが・・・、知らぬ方が良かったとのたうつことになるぞマカツ。引き返すなら今だ。今ならまだ人として何も知らずに帰れるぞ」
「・・・どうやら脅しじゃねぇみてぇだな。ああ。俺も腹をくくるぜ」
ーーー
「では何を聞きたい。全てを話していては混線するぞ」
「そうだな。まずは俺はなんだ?」
「勇者の遺骨。つまりは勇者の遺体の一部だ」
「・・・勇者ってのはアレか? 創生の歴史のアレか?」
「そうだ。死ねないお前がその理由でもあるが、今のこの世界を管理している者の視点では間違いないらしい。死因も不明な勇者の遺体。この世界の管理者の目すら逃れたものが今は捉えられる様だ。少し話が逸れるが、俺は世界の管理者の事を神の代弁者リブラと呼んでいる。それで統一して構わんな?」
「・・・はぁ。そりゃ普通の骨じゃねぇとは思っていたが、創生の勇者様ときたか。それで俺はその勇者様なのか? そのリブラって神の代弁者から言えば」
「ここがまたややこしい所だがマカツ、お前は遺体だ。それとは別に魂がこの世に彷徨っている。それを便宜的にレオーネと呼んでいる。お前という勇者の遺骨がこの世に存在する限り、勇者の魂、いや勇者の生霊は輪廻に帰らずこの世界に留まっている。ここまではいいか?」
「・・・つまり俺はただの遺体で勇者じゃないって事か?」
「その認識で構わない。そして生霊のレオーネの方も勇者本人ではないようなのだ。レオーネとマカツに繋がりはないと聞くがどうだ?」
「俺は、そんなものを感じたことはねぇな。なら現状の勇者ってのは何なんだ?」
「不明だ。生霊のほかに魂のような物があるのか、それともマカツとレオーネが一つになった時に復活するのか。なぜこの話をしたかわかったか?」
「ああ。そのレオーネを取り込んだ場合、俺が消えるかもしれないって事か」
「お前が勇者の意思である可能性もあるが、こればばかりはな。勇者の動向はリブラですら掴めない部分が多い。この辺はこちらが聞きたいぐらいだ」
「その大本の勇者ってのは何なんだ? 実在は信じるしかねぇが人間じゃねぇのか?」
「簡単に言えば次代の神候補だ。現行の神は既に消失し、その力を受け継いだ勇者がその力の分配と回収を行った」
「ちょっとまて現行の神が居ない? いや、そこは後にしても力を回収した勇者はどこ行った?」
「行方不明だ。遺体は俺の目の前に、生霊はこの世界に、勇者の意思はこの世界にあるかどうかさえわからん。現行の神は神の加護を纏う人間達の集合無意識だ。それが神の肩代わりをしている。実質この世界の神の席は空席だ」
「・・・俺は俺の話を聞いているんだよな。どこか遠い国のお伽噺を聞かされている気分だぜ」
「それはわかるがもう少しだ。現状神のいないこの世界は神を立てるために色々動いている最中だ。否応なくお前もそれに巻き込まれるだろう。何しろ勇者の遺体だ。この話の渦中ともいえる。大体の疑問はこれで解消できるはずだ。細部はお前の記憶に聞いてくれ。俺が話せるのはここまでだ」
「まて俺の左腕はどう説明する。お前は俺を勇者に仕立て上げたいのか?」
「それは冤罪だ。お前とここに来たのはただ邪魔を避けただけだ。察するにここに勇者の左腕が埋められていたのだろう? 俺は知らんぞ。そもそもこの居城で会いに来たのはお前だマカツ。俺に罪を擦り付けるな」
「・・・」
流石のマカツも黙り込む。
さもありなん。全てが俺のせいで、魔物堕ちした原因の俺を倒せば全てがハッピーエンドだとでも思っていたのだろう。
そこまで楽観視はしていないだろうが落胆があるのは否めまい。
「どこへ行く?」
俺はふらふらと歩くマカツを止める。
「少し頭を冷やしてぇ。ああ。人間の領域にはいかねぇよ。行くにしてもお前を通す。それで良いな」
「ああ、だが、フフッ、クハハハハ!!!」
俺は笑いがこみ上げてしまう。
「なんだ!? 今更全て嘘だとでもいうつもりか!?」
「そうではない。お前は俺がこの情報を一息で呑めたと思うか? 俺はこの情報にほぼ最初に触れたに等しい。それを思い出してな。最初は神への反逆への手伝いが、いつも間にか救世だ。勇者の遺骨よ。まさか救世から逃げ出すわけではないだろうな」
「・・・どういう意味だ」
「水平線に異常が現れたらこの世界の最後が近いという事だ。そうなる前に神を立てなければこの世界は滅ぶ。お前が立つか。立てたい者がいるか。そこも考えておくがいい。俺達魔物の敵になるか味方になるかも含めてな」
「お前達魔物が救世か。世も末だ。言葉通りだとは思っていなかったけどな」
「色々聞いて回るといい。言葉が通じる魔物であれば今の事情は知っている。だが水平線の異常と、お前が勇者の遺骨であることは話していない。その情報は慎重に扱ってくれ」
「おいおい! 神の死と、神を立てるって事は共有してんのか!?」
「そうだ。ここの魔物達はそれこそ神に立つに相応しい者達がいる。人間に敵対しろとは言わんが、ここがお前の守るべき場所になる事を願うぞ」
「・・・王牙。お前は神に立候補しねぇのか? 今のお前ならいけそうだぜ? お前の人気は上々だ。あのシスターとかな」
ブフォォォォ!!!
「お前は俺を笑い死にさせる気か! それこそそのシスターの方が向いている。だが彼女の願いは神にはない。ここもまた難しい所だ。俺が神に立つのは最悪の選択肢だ。俺達のような血に飢えた者が神になってたまるものか。そうは思わないか? 勇者の一部よ」
「・・・わからねぇな。今は地面がぐらついちまってる。神を立てるなんてのは今の俺には無理だ。じゃあな、しばらくはここでぶらつかせてもらうぜ」
「ああ。ただレオーネには気を付けろ。俺達でさえ見分けが付かん。勇者の遺骨であるお前ならわかるだろう」
マカツは振り返らずに手を上げる。
さて、何処まで話が通じていたのか。それとも全てを知っていたのか。
それを知る由もないが、まさかの現状の魔物の王をシスターと呼ぶとは思わなかったな。少なくとも魔物の情報には疎い様だな。




