第六話
桜の花は枝が見えなくなるほど、密集して咲くものなのだと、今更ながら、私は知った。
私の左手から生えた枝は桜の花びらで覆われている。私の血管に根を絡ませているせいか、普通の桜よりも赤みがかっているように思えた。陽にかざすと花びらに赤い筋のようなものが浮かんで見える。この赤は私の血の赤だろうか?
桜の木の下には死体が埋められていて、そこから養分を取って桜は綺麗に咲くのだという都市伝説のような話を思い出した。
怖い気もするが、それ以上に美しい。もしかしたら、この花の毒気に当てられ、おかしくなっているのかもしれない。しかし、私と花が共生関係にあるとするなら、私に害を与えることはないだろう。
私はこの花を見ながら、酒を飲もうと思った。
一人お花見。自分から生える桜で花見なんて、この上ない贅沢に思えた。私は花弁に優しく触れる。花もそれを望んでいるように思えた。
安い日本酒と、つまみの乾きもの。自分の部屋でささやかな一人花見。他人から見れば侘しい花見かもしれないが、私には桜の名所で満開に咲き誇ることよりも美しく思えた。
私は盃に酒を注ぐ。そして一気に飲み干す。やはり桜に日本酒はよく合う。日本人のDNAにインプットされているのだろうか?そのまま、つまみを食べ、私は酒を飲み続けた。一人、酒で酔いつぶれることなど、かつてなかったが、今は酒が進む。桜が私を高揚させているかのようだ。
気のせいかどうかは分からないが、桜がさらに赤くなったように見えた。私の呑んだ酒が花まで酔わせてしまったのだろうか?
花びらが盃に落ちる。私は酒に浸る花びらを見つめて、涙を流した。散る桜の儚さを感じていた。普段なら、花より団子で儚さを感じることなどなかったはずなのに、今はそれが痛いほど分かる。それは私と桜がつながっているからかもしれない。
さらに桜の花びらが散った。花の命は短い。だから、精一杯、美しく咲こうとする。だが、私の人生は果たして精一杯、全うしようとしているだろうか?花よりも長い分、自堕落に過ごしている気がしてならなかった。
そんな哲学的な心境に浸りながら、私はさらに飲み続け、気が付くと眠っていた。
翌日、目を覚ますと、桜の花はすべて散っていた。
やはり花の命は短かったようだ。