最終話
桜の花は散った。私が酔って眠っている間に。花の命は短いから仕方ないのかもしれない。確かに街の桜はみんな散り始めている。
私は花びらを集めて、空いた瓶に入れた。せめて咲いた証でも残しておいてあげたかったのだ。
花びらが散ると、木は一気に寂しいものになった。実が結ばないかと期待したのだが、それは無理だったようだ。やはり、人間の脂肪や糖分では成長するのに支障があったのかもしれない。それなら、せめて私の血液から自分に必要な成分を吸収してくれてもよかったのに。
枝はその後、徐々にやせ細って行った。軽く触れただけでポキリと折れてしまいそうだ。私は今まで以上に枝を丁重に扱った。
そして、5月。初夏の暑い日差しに辟易していた時、何気なく腕を触れたら、枝は根元から取れた。それはただの折れた枝でしかなかった。私の腕には小さな窪みが残った。そこは枝が生えていた場所だ。
血管にはまだ黒い根が絡まっていた。しかし、それも日に日に薄くなり、切れ切れになって、全く見えなくなった。
ただ、私の腕には桜が生えていた窪みだけが残った。
それからの私の日常は平凡で味気ないものになっていた。邪魔だったはずの枝があったころの方が充実していたように感じた。木がなくなったので、私の体は以前のようにメタボ予備軍に逆戻り、いや、前よりも太ったかもしれない。完全にリバウンドである。
そして、時が流れ、春が間近な時期になった。私はまだ寒い外の風を受けて体を震わせた。私の指が偶然、窪みに触れた。私はそのときまで自分の腕に桜の木が生えていたことを忘れていた。私は微笑む。
私はまた、この腕から満開の桜が生えることを心から願った。




