↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拾った卑弥呼は、ポンコツでした。  作者: もちむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/20

第九章 実り祭

第九章 実り祭


 小春が、冷蔵庫に貼った紙を指さした。


「兄ちゃん、今日やで」


「知ってる」


「忘れてへん?」


「昨日も聞いたやん」


 紙には大きく、実り祭と書かれていた。


 その下に、神輿の出る時間や、境内で開かれる催しが並んでいる。


 陽太が航平の横からのぞいた。


「お父さん、いつ帰るん?」


「夕方。先に行っといてええって」


「お母さんは?」


「あとで来る」


 双子は顔を見合わせた。


「ほな、もう行ける?」


 小春に聞かれ、航平は洗った皿を棚へ戻した。


「俺の手ぇが乾いたらな」


     *


 財布を開き、千円札を一枚出した。


 双子には、母がそれぞれ小さな財布を用意していた。使っていい分だけ入れてある。


 航平も、自分の財布から余分なお金を出して机へ置いた。


 祭りへ持っていくのは、千円と小銭。


 屋台の焼きそばくらい食べられたらよかった。


「どちらへお出かけでしょう」


 卑弥呼が尋ねた。


「祭り」


 勾玉をポケットへ入れる。


 卑弥呼は冷蔵庫の紙を見た。


「実りを、お祝いするのでしょうか」


「そうちゃうかな。毎年やってるやつ」


「毎年……」


 卑弥呼が考えている間に、陽太が玄関から呼んだ。


「兄ちゃーん!」


「今行く」


 航平は卑弥呼へ目を向けた。


「人、多いで」


 卑弥呼は少し困った顔をした。


 けれど、ポケットの辺りを見て、静かにうなずいた。


     *


 神社へ近づくと、太鼓の音が聞こえてきた。


 道沿いに屋台が並んでいる。


 焼きそば、たこ焼き、りんご飴。


 甘い匂いと、ソースの匂いが一緒に流れてきた。


 陽太が航平の手を引いた。


「射的ある!」


「あるな」


「やってええ?」


「まず全部見てから。使ったらなくなるで」


 小春は反対側で、りんご飴を見ていた。


 真っ赤な飴が、棒に刺さって並んでいる。


「兄ちゃん、これ食べたら歯も赤なる?」


「なるかもな」


「舌も?」


「食べたら分かる」


 航平の後ろで、卑弥呼が小さく声を上げた。


 すれ違った人に、びっくりしたらしい。


 航平は少し振り返った。


 卑弥呼は袖を胸の前へ寄せていた。


「ぶつからへんからな」


 小声で言う。


「……はい」


 返事をしても、避けずにはいられないようだった。


 航平は双子の手を引き、人の流れの端へ寄った。


     *


 通りの向こうから、掛け声が上がった。


 陽太が背伸びをする。


「来た!」


 神輿だった。


 金色の飾りが、担ぎ手の肩の動きに合わせて揺れている。


 道沿いの人たちが脇へ寄り、双子も航平の前に並んだ。


「押したらあかんで」


「押してへん」


 小春がすぐに答えた。


 航平は二人の後ろから神輿を見た。


 去年も、その前も見ている。


 今年は陽太を抱き上げなくてもよくなった。


 小春も、自分で人の隙間を探していた。


 神輿が近づく。


 卑弥呼が、急に黙った。


 さっきまで、人が横を通るたび小さく身を引いていたのに、動かない。


 航平が見ると、神輿の上を見つめていた。


「どしたん」


 卑弥呼が航平のほうへ顔を向けた。


 口を開け、閉じる。


 もう一度、神輿を見た。


「……あちらに」


「神輿?」


「女の子が……」


 航平も見上げた。


 飾りはある。


 人は乗っていない。


「どこ?」


「お屋根のところに、お座りになって……」


 卑弥呼の声が細くなった。


 航平は神輿の屋根を見た。


 やはり、誰もいなかった。


 卑弥呼が一歩下がった。


「この世ならざるものと、目が合うてしまいました〜」


「……あんたもな」


 卑弥呼が振り返った。


 航平と目が合った。


 少しの間、二人とも黙った。


「……そうでした」


 神輿は二人の前を通り過ぎ、境内へ向かっていった。


     *


 小春が航平を振り返った。


「兄ちゃん、誰と喋ってるん?」


「ちょっと独り言」


「独り言、多いな」


 陽太にまで言われた。


「ほな、屋台見よか」


 航平は話を変えた。


 双子はすぐに金魚すくいの前へ向かった。


 水槽の中を、赤い金魚が泳いでいる。


 陽太がしゃがみ、小春も横へ並んだ。


 航平は二人の後ろへ立った。


 卑弥呼は、まだ神輿のほうを見ていた。


 境内へ入った神輿は、いったん下ろされたらしい。担いでいた人たちが汗を拭き、飲み物を受け取っている。


「まだおるん?」


 航平が小さく尋ねた。


「はい」


「どんな子?」


 卑弥呼は神輿へ目を向けたまま答えた。


「小春さんたちと、同じくらいに見えます」


 航平はもう一度、屋根を見た。


 何も見えない。


 卑弥呼が言葉を続けた。


「せやけど……浮かないお顔を、なさっています」


 小春が金魚を指さした。


「これ、ちっちゃい」


「こっち、黒いの」


 陽太が言う。


 卑弥呼の視線が双子へ移り、それから神輿へ戻った。


「皆さん、楽しそうですのに」


 航平は双子を見た。


 金魚を見ているだけで、二人とも楽しそうだった。


「……あの子、どうしたんでしょう」


 卑弥呼が、ぽつりと言った。


 航平はポケットの上から勾玉を押さえた。


「聞いてみたら?」


 卑弥呼がこちらを見た。


「私が、ですか」


「俺には見えへんし」


「せやけど、初めてお会いする方ですし……」


「それは向こうもやろ」


 卑弥呼は神輿を見た。


 航平が金魚の水槽へ向き直ると、二人分の顔が上がってきた。


「兄ちゃん、やってええ?」


「一回、いくら?」


 小春が屋台の札を指さした。


 航平は金額を見て、双子の財布を思い出した。


「これやったら、その分ほかのはできへんで」


 二人は水槽へ目を戻した。


 相談が始まる。


 航平がそれを待っていると、卑弥呼が小さく声をかけた。


「……近くまで、行っていただけますか」


 神輿のそばへ行きたいらしかった。


 航平は双子へ言った。


「ちょっと神輿のとこ行こか。考えといて」


「もう一回見るん?」


「うん。もう一回」


 双子と一緒に、境内へ入った。


 卑弥呼は航平の横で、袖を整えた。


 神輿が近づくと、歩みが少し遅くなった。


「……あの」


 誰もいない屋根へ、卑弥呼が声をかけた。


 航平はその顔を見ていた。


 卑弥呼が小さくうなずく。


 何か聞こえたらしい。


「はい。私には、見えております」


 卑弥呼はもう一度うなずき、航平のほうへ顔を寄せた。


「……こちらの神様やそうです」


 航平は屋根を見上げた。


 金色の飾りが、夕方の光を受けていた。


「神さん?」


「五穀豊穣の」


 卑弥呼は、また屋根へ向き直った。


「お祭り、何かお困りのことが……?」


 返事を待つ間、太鼓の音が聞こえていた。


 双子は神輿の飾りを見ている。


 卑弥呼の表情が、少し変わった。


 困ったような、意外そうな顔だった。


「航平さん」


「うん」


「こちらの神様、お祭りで遊んだことがないそうです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。