第八章 今は帳簿で頼むわ
第八章 今は帳簿で頼むわ
五百円、多い。
航平はレジの中を見た。
足りないと言われるのも困るが、多ければいいわけでもなかった。
客へ渡すはずのお金が、ここに残っているのかもしれない。
「すみません」
店長が顔を上げた。
「まだ何が違うか分からへんから。順番に見よ」
「はい」
航平は手元の記録へ目を落とした。
隣では、卑弥呼が袖から両手を出していた。
「航平さん」
航平は顔を動かさなかった。
「占ってみましょうか」
「……今は帳簿で頼むわ」
小さく返すと、店長が振り向いた。
「何?」
「いえ、記録、確認します」
卑弥呼が手を引っ込めた。
*
航平は、今日レジへ来た客を思い返した。
弁当を二つ買った人。牛乳とパンの人。かごいっぱいに買い物をした家族。
千円札を受け取った場面と、五千円札を受け取った場面が、頭の中で重なった。
いつも画面の金額を見て、確かめて渡している。
けれど、全部を一人ずつ覚えているわけではなかった。
「今日は、途中で返金もあったな」
店長が言った。
「はい。お菓子の」
「そこから見てみよか」
航平はうなずいた。
店長が記録を開く。
卑弥呼も、横からのぞき込んだ。
「お孫さんのために、違うものをお買いになった方ですね」
航平はその女性を思い出した。
レシートを出すときに、袋から別のお菓子ものぞいていた。
返してもらったのは、一袋だった。
卑弥呼が続けた。
「もう一つのほうは、お好きやとおっしゃっていましたね」
そうだった。
女性は、袋の中を指さして言っていた。
こっちは合ってるから、これだけ返したい。
航平は画面の金額を見た。
「……返金、千三百円になってますね」
「うん」
「俺、渡したん八百円です」
店長が航平を見た。
「覚えてる?」
「五百円玉一枚と、百円玉三枚。渡すとき、八百円ですって言いました」
店長は返品した商品の袋を取りに行った。
航平もついていく。
袋についている値札は、八百円だった。
店長は保存していたレシートの控えと見比べた。
「買ったんは、二つやな。八百円のと、五百円の」
「はい。返したんは八百円のだけです」
「せやな……」
レジへ戻り、店長が処理の内容を確かめた。
航平は横で待った。
「これ、二つとも返品した扱いになっとるわ」
航平は画面へ身を寄せた。
返金額は千三百円。
実際に渡したのは、八百円。
記録の上では、現金が五百円多く減ったことになっていた。
だから、数えたお金が五百円多い。
「あ……」
店長も画面を見ていた。
「一つだけ取り消すところ、買い物全体を取り消してもうたな」
航平は女性にお金を渡した場面を、もう一度思い返した。
八百円。
女性は受け取り、財布へ入れた。
「お客さんには、合ってる額、渡せてますか」
「この商品八百円やから、合ってる。少なく返したんちゃうよ」
航平は息を吐いた。
店長が航平の顔を見た。
「そこ気にしてたん?」
「はい。五百円、返せてへんのかと思って」
「今回は記録のほうやな。俺も横で確認してたのに、見落としてたわ」
「すみません」
「次から、一品だけのときは、ここ。金額だけやなくて、どの商品が消えてるかも見てな」
店長が操作を示した。
航平は画面を見て、うなずいた。
「はい」
*
処理を直し、もう一度数えた。
今度は合った。
航平は店長と確認を終え、更衣室へ向かった。
卑弥呼もついてくる。
「よかったですね」
「うん」
「お客様のお金でなくて」
「店のお金も大事やけどな」
卑弥呼が小さくうなずいた。
航平はエプロンを外した。
「向こう向いといて」
「はい」
卑弥呼が壁へ顔を向けた。
航平は着替え、勾玉を普段のズボンへ移した。
勤務を終えて店を出ると、外は暗くなっていた。
自転車の鍵を開けたところで、スマートフォンを見た。
母から、帰ったらご飯を温めるようメッセージが来ていた。
航平は『今から帰る』と返した。
「私も、少しはお役に立てましたでしょうか」
卑弥呼が尋ねた。
「おばあさんの話、よう覚えてたな」
「お孫さんのこと、お話しされていましたので」
「俺、そのあと次のお客さん来て、頭切り替えてもうたわ」
航平はスマートフォンをしまった。
「助かった。ありがとう」
卑弥呼は目を下げた。
けれど、口元は少し緩んでいた。
「占いは、必要ございませんでしたね」
「半々やと、お金合う確率も半々やからな」
「そのような占いではありません」
「ほな、俺の財布にいつ金入るか占って」
卑弥呼が顔を上げた。
「……お給料は、いついただくのですか」
「二十五日」
「では、二十五日に」
航平は自転車を押し出した。
「それ、占いちゃうやろ」
卑弥呼が、その横についてきた。




