第七章 女王、スーパー
第七章 女王、スーパー
学校から帰ると、陽太が玄関へ来た。
「兄ちゃん、今日、丸山くん二回やった」
「何が?」
「おかわり」
「ああ」
航平は靴を脱いだ。
小春も居間から顔を出した。
「私、一回したで」
「食べられた?」
「うん。じゃがいも一個」
「ほな、よかったやん」
双子は満足そうに居間へ戻った。
航平は鞄を置き、二人のおやつを皿へ出した。
母から返信が来ていた。小春とは帰ってから話す、とある。父は今日は早めに帰れるらしい。
航平は制服を着替え、バイト先のスーパーで使うエプロンを鞄へ入れた。
机へ置いた勾玉のそばで、卑弥呼がこちらを見ていた。
「また、お出かけですか」
「バイト」
「お仕事……」
「うん」
航平は勾玉へ手を伸ばした。
卑弥呼が少しためらった。
「こちらで、お待ちしていてもよろしいでしょうか」
「ええけど」
航平は手を止めた。
「小春ら、またお城作るんちゃうかな」
居間では、積み木を出す音がしていた。
卑弥呼はそちらを見た。
航平を見た。
「……お供いたします」
「ほな、行こか」
*
スーパーの自動ドアが開いた。
卑弥呼が航平の後ろへ回った。
もう一枚のドアも開き、買い物袋を持った女性が出てきた。卑弥呼はさらに横へ避けた。
航平はそのまま中へ入った。
「勝手に、戸が……」
卑弥呼の声がした。
航平は小さく答えた。
「そういう戸やねん」
入口のすぐ先に、野菜が並んでいた。
キャベツ、玉ねぎ、にんじん。袋に詰められたじゃがいもの横では、店員が新しい箱を開けている。
卑弥呼は立ち止まりかけ、航平についてまた歩いた。
「こちら、全部お売りになるのですか」
「うん」
「こんなに……今年は豊作だったのですね」
航平は足を緩めた。
卑弥呼は野菜の山を眺め、続いて奥の鮮魚売り場へ目を向けた。
「しかし、海もないのに鮮魚とは……」
「……うーん?」
航平も魚の並んだ売り場を見た。
海がないことと、魚が売っていることを、今まで結びつけて考えたことがなかった。
卑弥呼は不思議そうな顔のまま、魚を見ている。
航平は従業員用の扉へ向かった。
*
エプロンを着け、名札をつけた。
更衣室の隅で壁を向いていた卑弥呼に、航平は声をかけた。
「もうええで」
卑弥呼が振り向いた。
「こちらでは、何をなさるのでしょう」
「品物並べたり、レジしたり」
「お金をお預かりになるのですね」
「ちゃんと返す分もあるけどな」
店長が通りかかった。
「三浦くん、今日は先に品出しお願い。終わったら二番レジ入って」
「はい」
航平が返事をすると、卑弥呼は店長へ頭を下げた。
店長は気づかず、そのまま事務所へ入った。
「見えてへんで」
航平が小声で言った。
「……つい」
卑弥呼は袖の中へ手を戻した。
*
牛乳の入ったケースを台車で運んだ。
売り場で日付を確かめ、棚の手前へ古いものを寄せる。
卑弥呼が横からのぞいていた。
「昨日、お買いになったものですね」
航平はうなずいた。
客が来たので、声には出さなかった。
「すみません、飲むヨーグルトってどこ?」
「こちらです」
航平は一つ隣の棚を示した。
卑弥呼が客と棚の間から、そっと身を引いた。
客が離れてから、航平は小さく言った。
「避けんでも大丈夫やで」
「そう言われましても……」
次に卵を並べた。
卑弥呼は箱の中を見つめた。
「割れずに、よう並んでおりますね」
航平は手元へ目を戻した。
こちらを見ていなくても、何に驚いているのかは声で分かった。
冷凍食品の棚へ来ると、卑弥呼はまた黙った。
航平が空いた段へ袋を並べている間、白く曇った扉に顔を近づけている。
「これも、食べるものですか」
「そう」
「どれほど、あるのでしょう……」
航平は空の箱を畳んだ。
普段は値段と賞味期限ばかり見ていた売り場だった。
卑弥呼は、食べ物が並んでいること自体に驚いていた。
*
レジへ入ると、卑弥呼は航平の後ろへぴたりと寄った。
客が次々に来る。
航平は商品を読み取り、かごへ移した。
「お箸はご利用ですか」
「二膳お願い」
「はい」
卑弥呼は口を閉じていた。
客が航平の顔を見るたび、少しずつ横へずれる。
名札のそばに勾玉を入れているわけではない。作業用のズボンのポケットだった。
離れようとしても、遠くへは行けないらしい。
「袋、一枚」
「はい」
航平は手を動かした。
客の途切れたとき、卑弥呼が小さく息をついた。
「皆さん、こちらへ来られるんですね」
「レジやからな」
「お一人終わっても、また……」
「来てくれんと困るねん」
卑弥呼は入口のほうを見た。
買い物かごを持った客が、こちらへ歩いてくる。
袖の中で両手を握り直すのが見えた。
*
しばらくして、年配の女性がレジへ来た。
手にはレシートと、開けていない商品の袋があった。
「これ、違うの買ってもうて。返せる?」
航平はレシートを受け取った。
「確認しますので、少々お待ちください」
店長を呼び、商品とレシートを見てもらった。
返金することになり、航平は店長に確認しながら操作した。
「ごめんなあ、忙しいのに」
女性が言った。
「いえ、大丈夫です」
「孫の好きなん、こっちやと思ったんやけどなあ。よう似てるから」
女性は返されたレシートを袋へ入れた。
店長が売り場を案内し、二人は別の棚へ向かった。
卑弥呼はその背中を見送っていた。
「お孫さんのためでしたか」
航平は次の客へ頭を下げた。
「お待たせしました」
*
勤務が終わるころには、卑弥呼も少し慣れたようだった。
客が目の前へ来ても、初めほどは動かなくなった。
代わりに、航平の手元をよく見ている。
品物をかごへ収めると、小さくうなずいたりした。
航平は最後の客を見送り、店長とレジの精算に入った。
店長が金額を確かめる。
画面を見たあと、もう一度数えた。
航平は横で待った。
「三浦くん」
「はい」
「ちょっと合わへんな」
卑弥呼が顔を上げた。
「いくらですか」
航平が尋ねると、店長は画面を指さした。
「五百円、多い」
航平も数字を見た。
店長はレジの記録を開いた。
「まず、今日の処理を一緒に確認しよか」
「はい」
横で卑弥呼が、そっと袖を動かした。
何か言いたそうだった。
航平は気づいたが、今は店長の示す画面へ目を向けた。




