第五章 なくなった給食費
第五章 なくなった給食費
朝、航平が卵焼きを切っていると、小春が台所へ来た。
まだパジャマだった。
「兄ちゃん」
「顔洗った?」
「まだ」
「先、洗っといで。ご飯できるから」
小春は動かなかった。
航平は包丁を置いた。
「どうしたん?」
「お金、ない」
「何のお金?」
「学校の」
航平は時計を見た。
父はもう出勤していた。母も、さっき玄関を出たところだった。
昨夜、母が二つの封筒を用意していた。双子の学校で、今月の給食費を集める日だった。
小春と陽太の名前を書いて、テーブルに並べていたのを覚えている。
「ランドセル入れたんちゃうの?」
小春は首を振った。
「なくした」
航平は卵焼きに皿をかぶせ、居間へ行った。
陽太がランドセルを開けていた。
「陽太、お金の封筒ある?」
「ある」
出してきた封筒には、陽太の名前が書かれていた。
航平はそれを戻した。
「ほな、そのまま入れとき。出したらあかんで」
小春のランドセルも開けた。
教科書、ノート、筆箱。
底には丸まったティッシュがあったが、封筒はなかった。
「昨日、どこで見たん?」
「……ここ」
小春がテーブルを指さす。
航平は下をのぞいた。
椅子を引き、座布団も持ち上げた。
何もない。
「そのあと触った?」
小春は小さくうなずいた。
「どこ持っていった?」
返事がなかった。
「怒ってへんで。どこ見たらええか知りたいねん」
「……忘れた」
航平はもう一度、時計を見た。
自分の弁当はまだ詰めていなかった。
*
卑弥呼は、航平の制服のそばにいた。
勾玉は昨日のうちに、そのポケットへ入れていた。
航平が部屋へ入ると、こちらを見た。
「何か、お探しですか」
「小春の給食費。封筒ごとなくなってん」
机の下を見た。
双子が昨日出していた絵本を持ち上げ、一冊ずつ開く。
「大切なものでしょうか」
「大切やで。小春の昼飯代や」
卑弥呼は居間のほうを見た。
航平は絵本を重ねた。
「見てへん?」
「……申し訳ありません」
「そっか」
航平は床に置かれた鞄も動かした。
昨日、小春がこの部屋へ来たのは覚えている。
しかし、そのとき何を持っていたかまでは見ていなかった。
卑弥呼が袖の中で手を重ねた。
「占ってみましょうか」
航平は顔を上げた。
「当たるん半々やろ」
「何もしないよりは……」
航平は迷った。
今は、探す場所が一つでも絞れるなら助かる。
「ほな、頼むわ。俺、向こう見てくる」
*
双子を先に食卓へ座らせた。
陽太は卵焼きに手を伸ばしたが、小春は箸を持ったままだった。
「小春、食べとき。兄ちゃん探すから」
小春はうなずいた。
航平は昨日の洗濯物を確認した。
小春の服のポケットを探り、洗濯かごの底を見た。
見つからない。
居間へ戻る途中で制服を取り、上着を羽織った。
勾玉の入ったポケットを押さえると、卑弥呼もそばへ来た。
「どう?」
「東に……」
「東?」
航平は部屋を見回した。
「どっちや」
卑弥呼も見回した。
窓の明るいほうへ目を向け、ためらいがちに指を出した。
「……あちらでしょうか」
「そこ、さっき見た」
小声で言うと、卑弥呼の指が引っ込んだ。
「今日は、少し……」
「体調?」
卑弥呼は黙った。
航平は息をつき、窓際の棚をもう一度見た。
*
陽太が朝食を食べ終えた。
小春の皿には、まだ半分ほど残っている。
「小春、もう出る時間になるで」
航平が言うと、小春はご飯を口へ運んだ。
「陽太、顔洗って着替え。今日は自分で靴下探してや」
「昨日、ここ置いたもん」
陽太は走っていった。
航平は食器棚の脇をのぞいた。
薄い封筒なら、隙間へ入っているかもしれない。
しゃがんだところで、卑弥呼が声をかけた。
「航平さん」
「見つかった?」
「いえ……」
「ほな、ちょっと待って」
手を伸ばしても、埃がついただけだった。
航平は立ち上がり、手を払った。
卑弥呼は食卓を見ていた。
小春は箸を置き、こちらの様子をうかがっていた。
「お嬢さん、ご一緒には探されないのですね」
航平も小春を見た。
目が合うと、小春は空になった皿を見た。
「先に飯食べさせてるから」
「はい。せやけど……」
卑弥呼が言葉を探した。
「どこに置いたかを聞かれると、ずっと同じお顔をなさいます」
航平は食卓へ近づいた。
「小春、何か思い出した?」
小春は首を振った。
両手が、膝の上でパジャマの裾を握っていた。
卑弥呼が航平の横に立った。
「なくしたお話より、持っていきたくない理由を、聞いてみません?」
航平は小春の前にしゃがんだ。
「学校、何かあった?」
小春が顔を上げた。
「先生に言われたことある?」
首を振る。
「友達と喧嘩した?」
また振る。
航平は少し待った。
向こうの部屋で、陽太が靴下を見つけたと叫んでいる。
「……お金、持っていくん嫌やった?」
小春の目が、ゆっくり航平へ戻った。
うなずきはしなかった。
けれど、今度は首も振らなかった。
航平は台所の時計を見た。
自分の朝食も、まだだった。
学校へ行く前にやることが、いくつも残っている。
もう一度、小春を見る。
「何で嫌やったん?」
小春の口が動いた。
声は出なかった。
航平は横の椅子を引いて、座った。
「ええよ。待つから」
小春が両手をほどいた。
「……兄ちゃん」
「うん」
「給食、一人の分で、二人食べたらあかんの?」




