第四章 役に立ったのでしょうか
第四章 役に立ったのでしょうか
洗い終えた勾玉を机へ持っていき、航平はタオルごと置いた。
卑弥呼は言われたとおり、壁のほうを向いていた。
航平は濡れた上着を脱ぎ、ズボンに手をかけたところで止まった。
ポケットを見た。
「……このズボンも洗わなあかんやん」
「お雨で、濡れましたものね」
「犬のおしっこや」
卑弥呼の肩が、小さく動いた。
「せやから、かけられたと申し上げました」
「ポケット入れる前に言うてくれや」
「そのときは、私も嬉しゅうて……」
航平はズボンを脱いだ。
着替えを済ませ、濡れた服をまとめる。ポケットを裏返して確かめてから、洗面所へ戻った。
母が洗濯かごをのぞいた。
「よう濡れたなあ」
「ズボン、先に洗っとく」
「そこまでせんでも、まとめて洗うで」
「いや、これは先に」
母は首をかしげたが、それ以上は聞かなかった。
*
翌日の夕方、航平は台所で玉ねぎを切っていた。
バイトのない日だった。
父も母もまだ帰っていない。双子は居間で積み木を広げている。
机の上には、昨日洗った勾玉が置いてあった。
卑弥呼もそのそばにいる。
昨日はあれだけ喋っていたのに、今朝からはまた静かだった。
ただ、航平が鞄を持つと、すぐにこちらを見た。
今日、学校へ行くときもそうだった。
家に置いていこうとしたら、何も言わずに勾玉を見つめ、それから航平を見た。
結局、鞄に入れた。
授業中は大人しくしていたが、休み時間に級友が寄ってくるたび、航平の後ろへ隠れようとした。
相手には見えていないと言っても、気になるらしかった。
航平は切った玉ねぎをボウルへ入れた。
「兄ちゃん」
小春が台所へ来た。
手のひらに、勾玉が乗っている。
「これ、何?」
航平が顔を上げると、小春の横に卑弥呼が立っていた。
卑弥呼も、どうして自分が台所にいるのかという顔をしている。
「昨日洗った石」
「きれいやなあ」
「落とさんといてや」
小春は勾玉を明かりにかざした。
卑弥呼が少し背伸びをしたように見えた。
「穴あいてる」
「そういう形やねん」
陽太が小春の後ろからのぞき込んだ。
「見せて」
「ちょっと待って」
「僕も見たい」
小春が陽太の手に勾玉を乗せる。
卑弥呼が、今度は陽太のほうへ寄った。
航平は二人を見た。
小春も陽太も、卑弥呼には目を向けない。
どちらが持っても、航平には見えるらしい。
陽太が、ぱっと居間へ走った。
「あーれー!」
卑弥呼もついていった。
航平は包丁を置いた。
居間をのぞく。
陽太は積み木の間に勾玉を置いていた。
「宝物にしよ」
「お城作ろ」
小春が座り、長い積み木を二本並べた。
卑弥呼はその横に立ち、航平を見た。
「航平さん……」
航平は積み木のそばへ行き、陽太に言った。
「その石、口に入れたらあかんで。あと、投げんこと」
「入れへんよ」
「赤ちゃんちゃうもん」
小春にも言われた。
「分かってる。念のためや」
航平は台所へ戻った。
卑弥呼は積み木のそばに残った。
*
フライパンへひき肉を入れた。
油のはねる音に混じって、居間から双子の声がする。
「ここ、門な」
「屋根いる」
「屋根、落ちるで」
航平は肉をほぐした。
玉ねぎを加え、炒める。
今日はそぼろを作って、ご飯に乗せるつもりだった。卵も焼けば、双子はよく食べる。
「あーれー!」
また声が上がった。
航平が振り向くと、陽太が勾玉を持ち上げていた。
「泥棒来た!」
「返してー!」
小春が積み木を一つつかみ、後を追う。
卑弥呼も陽太について、居間の端へ移動した。
「航平さ〜ん!」
航平は火を弱めた。
「走るんはあかんでー。あと積み木で叩かんといてなー」
「叩けへん。これ車」
小春が積み木を床の上で滑らせた。
陽太も座り、勾玉をその横へ置く。
卑弥呼はようやく止まった。
航平はフライパンへ目を戻した。
「遊んでもらえてよかったのー」
「遊んでもろてるんやありません〜」
「宝物にしてもらってるやん」
「先ほどから、さらわれております〜」
航平は笑いながら、調味料を出した。
*
卵を焼いている間に、勾玉は城から車へ、車から別の城へ運ばれた。
卑弥呼はそのたびに二人の間を移動した。
「私のお城は、もう少し落ち着いておりました……」
小さな声がした。
航平は聞こえないふりをして、皿を並べた。
小春と陽太は、いつもならどちらかが台所へ来る。
何を作っているのか聞き、まだできないのか聞き、味見をしたいと言う。
今日は二人とも、積み木の城から離れなかった。
卑弥呼が航平を見ている。
航平はそぼろを味見した。
ちょうどよかった。
「できたでー。片づけて、手洗ってきて」
双子が顔を上げた。
「これ置いといてええ?」
小春が城を指さした。
「積み木は箱。石は兄ちゃんに返して」
陽太が勾玉を持ってきた。
航平が手を差し出すと、そこへ置く。
卑弥呼も台所へ戻ってきた。
「やっと……」
双子は洗面所へ走っていった。
航平は勾玉をポケットに入れた。
卑弥呼が横に立ち、袖を整えている。
「役に立ったのー」
卑弥呼が顔を上げた。
「こういうことやありません〜」
「おかげで飯できたわ」
「私、何もしておりませんが……」
「宝物がおったから、二人ともよう遊んだやん」
航平はご飯をよそった。
「売れへんし、役にも立たへんってことはなかったな」
卑弥呼は何か言いかけた。
けれど、航平が皿を並べるのを見て、口を閉じた。
双子が戻ってくる。
「いただきます!」
「兄ちゃん、卵いっぱい入れて」
「同じだけや」
航平は二つの皿を置き、自分の分もよそった。
卑弥呼はそのそばで、双子が食べ始めるのを眺めていた。
陽太が口をいっぱいにして、にこりと笑った。
卑弥呼の口元も、少しだけ緩んだ。
「……こちらのお二人は、よくお召し上がりになりますね」
航平は自分の皿を持って座った。
「せやで。宝物より飯や」




