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拾った卑弥呼は、ポンコツでした。  作者: もちむぎ


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第三章 悪いな、卑弥呼

第三章 悪いな、卑弥呼


 骨董店を離れてから、航平はしばらく自転車を押して歩いた。


 横には卑弥呼がいる。


 売られずに済んだせいか、さっきまでより足取りが軽く見えた。


「なあ」


「はい」


「役に立つ言うてたけど、占い以外に何できるん?」


 卑弥呼の足取りが、少し控えめになった。


「占い以外、ですか」


「料理とか」


「食事は、運んでいただいておりましたので……」


「掃除は?」


「そちらも、人がおりましたので……」


 航平は自転車のハンドルを握り直した。


「国の仕事はしてたんやろ?」


「弟が、ようしてくれておりました」


「じゃあ、あんたは?」


「国の行く末などを、占っておりました」


「それ、当たるん?」


 卑弥呼は少し考えた。


「当たることもございます」


「外れることも?」


「ございます」


「どれくらい?」


「……半々くらいでしょうか」


 航平は前を向いた。


「半々」


「体調にもよりますので」


「体調ええときも、半々?」


 卑弥呼は袖の中で手を重ねた。


「航平さんは、細かいことをお尋ねになりますね」


「そら聞くやろ。役に立つ言うたんやから」


 通りの先で、車が曲がってきた。航平は自転車を端へ寄せ、通り過ぎるのを待った。


「神様の声とか、聞こえるんちゃうの?」


「聞いたことはございません」


 それは、すぐに返ってきた。


「一回も?」


「はい」


「……ほな、何してたん」


「占いです」


 航平が見ると、卑弥呼もこちらを見ていた。


「私、占い師なんだもの」


 そこだけは、妙にはっきりしていた。


     *


 小さな公園があった。


 滑り台と、二つ並んだブランコ。入口のそばには、低い植え込みがある。


 航平は自転車を止めた。


 卑弥呼も止まる。


「……何か、ございますか」


 航平はポケットから勾玉を取り出した。


 百円。


 それも、結局はもらっていない。


 この石を持って帰れば、家にこの人もついてくる。


 もともと広くない家だ。双子と同じ部屋で寝て、机のある部屋も一人で使っているわけではない。


 そのうえ、すぐ横に知らない女がいる。


 母には見えない。父にも、たぶん見えない。


 家族には何も変わらなくても、航平は勉強するたび、服を取りに行くたび、机の横の女を気にしなければならない。


「……悪いな」


 卑弥呼が勾玉を見た。


「何でしょう」


「うち、余裕ないねん」


「私は、お食事をいただかなくても……」


「飯食わんでも、寝んでもや」


 航平は、公園の中へ入った。


「ずっと女の人が横におるって、落ち着かへんねん。俺の精神衛生上、ようない」


 卑弥呼がついてくる。


「静かにしておりますから」


「黙っててもおるやん」


 植え込みのそばに、平たい石があった。


 航平はそこへ勾玉を置いた。


 土の上に置くのは、少しためらわれた。


「裕福な家庭に拾ってもらうんやで」


「航平さん?」


 航平は勾玉の前で、両手を合わせた。


「ほんま、悪いな」


 顔を上げずに言い、自転車へ戻った。


「そんな、殺生な〜」


 背中から声が追ってくる。


 航平は自転車にまたがった。


 ペダルを踏む。


「航平さ〜ん」


 振り返らずに、もう一度踏んだ。


 声は遠くなった。


     *


 スーパーで牛乳を買った。


 レジで母から預かったお金を出し、お釣りを財布の別の仕切りへ戻した。


 自転車で帰り、牛乳を冷蔵庫へ入れる。


 父と双子はまだ帰っていなかった。


 航平は手を洗い、机へ向かった。


 横には誰もいない。


 これで元通りだった。


 鞄から課題を出し、筆箱を開けた。


 昨日、途中まで解いた問題がある。


 続きを読んだ。


 もう一度、初めから読んだ。


 鉛筆を持ったまま、窓のほうを見た。


 さっきより、部屋が暗かった。


 航平は問題集へ目を戻した。


 もう拾われとる。


 あんな形の石なら、誰かが気づく。子どもでも、大人でも。


 骨董店のおっちゃんは百円と言ったけれど、飾りにするには悪くない。


 うちに、そんな余裕ない。


 航平は消しゴムを手に取った。


 まだ何も書いていなかったので、置いた。


 公園に置いてきたのは石だ。


 女は、ついていただけだ。


 食べなくても平気で、寝なくてもいい。


 困ることなど、ないはずだった。


 それなのに、道端の犬を見て、そのまま通り過ぎてきたような気分がした。


     *


 昼食のあと、航平はまた机に向かった。


 双子は居間で遊び、父は買い物へ出かけた。午前中だけの仕事を終えた母が、洗濯物を畳んでいた。


 窓に、小さな音がした。


 続いて、ぱたぱたと音が増えた。


「あ、雨や」


 母の声がした。


「うわ、えらい降ってきたなあ」


 航平は顔を上げた。


 窓の向こうが白くかすんでいた。雨粒がガラスを叩き、細い筋になって落ちていく。


 さっきまでの公園の景色が、頭に浮かんだ。


 植え込みのそばの石。


 その横に立つ卑弥呼。


「……風邪、ひくのかな」


 声に出してから、航平は椅子を引いた。


 玄関へ向かった。


「どこ行くん?」


「ちょっと忘れ物!」


「今から? 傘――」


 航平は玄関脇のレインコートをつかんだ。


 靴を履き、外へ飛び出した。


     *


 雨は、思っていたより強かった。


 フードの端から顔へ流れ、目に入る。


 航平は自転車をこぎながら、何度もまばたきをした。


 公園まで、こんなに遠かっただろうか。


 朝には何でもなかった道が、なかなか終わらない。


 車の通る角でいったん止まり、またペダルを踏んだ。


 ようやく滑り台が見えた。


 公園には誰もいなかった。


 航平は自転車を止め、植え込みへ走った。


 いた。


 置いた勾玉のそばに、卑弥呼が立っていた。


「卑弥呼!」


 女が顔を上げた。


「航平さ〜ん」


 声が裏返っていた。


 顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


 航平はかがみ、石の上の勾玉をつかんだ。


 そのままポケットへ入れる。


「帰るで」


 卑弥呼が何度もうなずいた。


 航平は自転車へ戻った。


     *


「烏に突かれました〜」


 公園を出るなり、卑弥呼が言った。


「え?」


「私の勾玉です。烏が来て、こつこつと。食べるものやありませんのに〜」


 航平は前を見たまま聞いていた。


「そうしたら犬が来たんです。追い払ってくれたんやと思いました」


「ほう」


「そしたら今度は、その犬が勾玉を食べようとして〜!」


「ええ?」


「鼻を寄せて、口を開けて、私、もうどうしたらええか〜」


 航平はポケットを押さえた。


 石はある。犬には食べられていない。


「飼い主の方が引っ張っていかはって、ようやく助かったんです」


「ほな、よかったやん」


「よくありません。そのあと、もっと大きい犬が来たんです」


「まだ来るんか」


「来ました。それで、それで……」


 卑弥呼の声が、また震えた。


「私に、おしっこかけたんです〜!」


 航平の手が、ポケットから離れた。


「犬のおしっこ?」


「ひどいです〜。航平さん、ひどい〜」


「俺かよ!」


 つい声が大きくなった。


 前を歩く人が振り返り、航平は口を閉じた。


 卑弥呼は閉じなかった。


「呼んでも誰もお返事してくれませんし、烏はまた来ますし、雨は降ってきますし〜」


 航平は顔に流れる雨を袖で拭った。


 昨夜は、名前を聞くだけでも待たされた。


 今は、こっちが口を挟む隙もない。


「……めっちゃ喋るやん」


「誰のせいやと思うてはるんですか〜」


「俺やな」


 そこは認めるしかなかった。


 航平はもう一度、ポケットを見た。


「つか、犬のおしっこ……汚な!」


「私かて、かけられたくてかけられたんやありません!」


「分かってるわ。帰ったら洗う」


「丁寧にお願いします〜」


「はいはい」


 家まで、卑弥呼の話は途切れなかった。


     *


「びしょびしょやん。忘れ物あったん?」


 玄関で母に聞かれ、航平はうなずいた。


「あった」


「先に拭き。床まで濡れる」


 渡されたタオルで顔を拭き、レインコートを脱いだ。


 ポケットから勾玉を出し、そのまま洗面所へ向かう。


 石鹸を手に取り、よく泡立てた。


 勾玉を両手の中で転がし、指で丸い部分をこする。穴の周りも洗い、細くなった先まで丁寧に撫でた。


 卑弥呼が横からのぞいている。


「裏も、お願いします」


「洗ってる」


「もう少し、その辺りを……」


「どこにかかったか分かるん?」


「分かりません」


「ほな全部や。黙って待っとき」


 蛇口から水を流し、泡を落とした。


 もう一度、石鹸をつけた。


 卑弥呼は何も言わず、じっと見ていた。


 十分にすすいでから、航平はきれいなタオルの上へ勾玉を置いた。


「これでええか」


「……はい」


 卑弥呼が、小さく頭を下げた。


「ありがとうございました」


 航平は自分の濡れた袖を見た。


「俺も着替えてくるわ」


 タオルごと勾玉を持ち上げる。


 卑弥呼が、またついてくる。


 航平は振り返った。


「着替える間は、向こう向いといてや」


「はい」


 今度は、すぐに返事があった。

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