第十八章 女王、文化祭へ
第十八章 女王、文化祭へ
文化祭までの数日、卑弥呼は静かだった。
航平が勾玉を持って出ればついてきて、机へ置けばその横にいた。
航平も、必要なときには声をかけた。
着替えるときは、向こうを向いていてほしいと言う。
鞄へ勾玉を移すときは、ここへ入れると伝える。
卑弥呼は短く答えた。
以前なら聞いてきたようなことも、今は尋ねなかった。
*
文化祭当日、航平はいつもより早く学校へ来た。
教室の入口には、色紙で作った看板が下がっていた。
焼きそばの絵と、クラスの名前。
中では、級友たちが机を動かしている。
「三浦、そっち持って」
「うん」
鞄を置き、机の端を持った。
卑弥呼が人の間からそっと身を引いた。
机を並べ終えると、航平は調理に使う場所へ回った。
キャベツや麺の数を確かめる。
買い出しのときに確認したものは、ちゃんとそろっていた。
係の生徒が、シフト表を指さした。
「三浦、最初の一時間、調理な。そのあと交代」
「分かった」
「家族来る時間、分かってる?」
「昼前くらい」
「ほな、そのころは回れるな」
航平は表へ目を向けた。
自分の名前の横にある、担当の終わる時間を確かめた。
*
開場してから、廊下の声が増えた。
看板を見た客が、次々に足を止める。
航平は鉄板の前へ立った。
家で作るより、ずっと量が多い。
隣の級友と一緒に肉と野菜を炒め、麺を加える。
ソースの匂いが上がった。
卑弥呼が少し顔を近づけた。
何か言いかけたように見えたが、口を閉じた。
「熱いから、離れとき」
航平が小さく言うと、卑弥呼はうなずいた。
容器へ盛りつける。
隣の級友が青のりを振り、接客の係へ渡した。
「二つ追加!」
「はいよ」
航平はまた麺をほぐした。
注文を伝える声と、廊下を歩く人の声が重なる。
卑弥呼の視線が、入口と鉄板の間を動いていた。
「……にぎやかですね」
久しぶりに、こちらから頼んだこと以外の言葉が聞こえた。
航平は手を動かしたまま答えた。
「文化祭やからな」
卑弥呼はそれ以上、何も言わなかった。
*
一時間が過ぎると、次の担当が来た。
「交代しよ」
航平は火の具合を伝え、残っている材料を示した。
「キャベツ、次の袋開けたらええ。肉はこっち」
「分かった。ありがとう」
航平は手を洗い、エプロンを外した。
椅子へ座る。
紙コップに水を注いで飲んだ。
卑弥呼もそばへ来た。
航平は廊下を見た。
ほかのクラスの前にも、看板や飾りが出ている。
あとで回る時間はある。
そう思ったところで、級友が入口から呼んだ。
「三浦、家族来たで」
小春と陽太が、看板の下から顔を出した。
後ろには父と母がいる。
「兄ちゃん!」
陽太がこちらへ来ようとして、父に肩を押さえられた。
「先、注文や」
「兄ちゃんの焼きそば?」
「今焼いてるんは、友達の」
航平が答える。
小春は鉄板のほうをのぞいた。
「いっぱい作ってる」
「いっぱい来るからな」
母が航平を見た。
「もう休憩?」
「うん。交代した」
「そうか。ほな、焼きそば食べたら一緒にちょっと回る?」
「ええで」
航平は立ち上がった。
卑弥呼も、少し遅れてついてきた。
*
双子は焼きそばを食べながら、教室の飾りを見ていた。
天井から、色紙の輪がいくつも下がっている。
小春が航平へ聞いた。
「これ、兄ちゃん作ったん?」
「そこは友達。俺、材料買う係やった」
「ほな、このキャベツ?」
「そう」
小春は箸でキャベツをつまんだ。
「兄ちゃんのキャベツや」
「俺が育てたんちゃうで」
父が笑った。
陽太も自分の容器からキャベツを探した。
母が、冷めないうちに食べるよう声をかける。
卑弥呼は双子の横に立っていた。
航平がそちらを見ると、楽しそうな二人を眺めていた。
少しして、目が合った。
卑弥呼の視線が下がる。
航平は空いた紙コップを重ねた。
*
家族と展示を見て回った。
陽太は大きな模型の前から動かなくなり、小春は折り紙の展示へ寄った。
父が陽太と模型を見て、母が小春についていく。
航平は二人がどちらへ行くか見ていたが、今日は追いかけなくてもよかった。
廊下の端で立ち止まった。
卑弥呼が隣へ来た。
「お二人、お好きなものが違うのですね」
「うん。同じもん取り合うときもあるけどな」
卑弥呼が小さく笑った。
積み木の城で連れ回されたことを思い出したらしかった。
航平も、少し口元を緩めた。
そのまま黙っていると、卑弥呼が袖の中で手を重ねた。
航平は展示のほうを見た。
「……この間は、言いすぎたわ」
卑弥呼の顔が上がった。
航平は続けた。
「占い外れた話とか、関係なかったな」
廊下の向こうで、誰かが笑っていた。
卑弥呼は少し待ってから答えた。
「……心配でしたので」
「うん」
「お休みになれるときは、休んでくださいね」
航平は展示の前にいる父と母を見た。
小春が母へ何か説明し、陽太は父と模型を指さしている。
「……分かってる」
卑弥呼は静かにうなずいた。
*
昼を過ぎるころ、家族は帰ることになった。
陽太はまだ見たいものがあると言ったが、父が一緒に時計を確かめた。
小春も手をつないだ。
母が航平を振り返る。
「あんた、あと何時から担当?」
「二時から片づけのほう」
「ほな、それまで遊べるな」
「うん」
母はうなずき、父と双子のあとを追った。
航平は四人を見送った。
教室へ戻る途中、級友に会った。
「三浦、これから回る? 隣のクラス、迷路やってるで」
「行く」
航平は答え、鞄から小さな財布を取った。
卑弥呼がそばにいる。
財布を見て、それから航平を見た。
「神さんのおる屋台は、今日は勘弁な」
航平が小声で言った。
卑弥呼の口元が緩んだ。
「私も、お見かけしたら先にお伝えいたします」
「頼むわ」
級友が廊下から手を上げた。
航平も手を上げ、そちらへ向かった。




