第十七章 兄ちゃんへ
第十七章 兄ちゃんへ
目を開けると、陽太が航平を見ていた。
布団の横に座っている。
小春もその後ろにいた。
「……何時?」
「お母さん、ご飯できたって」
陽太が答えた。
航平は時計を見た。
寝坊したわけではなかった。
体を起こすと、小春がすぐに近づいてきた。
「兄ちゃん、今日、先に机来て」
「着替えてからな」
「先に」
陽太にも言われた。
航平は髪を押さえ、立ち上がった。
*
机の上には、小さな箱があった。
昨夜は気にも留めなかったものだった。
その横に勾玉がある。
卑弥呼は机のそばに立っていた。
航平が来ると、少し目を上げた。
すぐに双子へ視線を移した。
航平も箱を見た。
「これ?」
「うん」
小春が蓋を開けた。
中から、折り紙と手紙を出す。
陽太も手を伸ばした。
「こっち僕の」
二人が同時に差し出してきた。
航平は両手で受け取った。
「……何?」
「プレゼント」
「兄ちゃんに」
小春と陽太が順番に答えた。
航平は手紙を開いた。
大きさの違う文字が、一つずつ並んでいた。
にいちゃん、いつもありがとう。
小春の手紙には、宿題を教えてくれてありがとうとあった。
陽太の手紙には、ご飯を作ってくれてありがとうとあった。
その下に三人の絵がある。
いちばん大きい人が、航平らしかった。
陽太の絵では、目の前に大きな皿が描かれている。
「……ありがとな」
航平が言うと、二人とも笑った。
小春が折り紙を指さした。
「これも」
航平は手の中の折り紙を見た。
小春のものは、二つの端が少しずれていた。
陽太のものは、片側が開いている。
どちらも、同じ形に折ろうとしたようだった。
「これ、何?」
「お守り!」
「元気になるやつ!」
二人が一度に言った。
航平は顔を上げた。
「ちょっと待って、一人ずつ」
「学校で折ったやつ、おうちでも作ってん」
小春が言った。
「兄ちゃん、眠そうやから」
陽太が続けた。
「お守りあったら、元気なるかもしれんやん」
航平は二つの折り紙を見た。
机の上には、勾玉があった。
その横に、何も言わない卑弥呼がいる。
「ほな、大事にするわ」
航平は折り紙と手紙を、箱へ戻した。
陽太が少し身を乗り出した。
「持っていかへんの?」
「鞄入れたら、折れてまうやろ。ここ置いとく」
「もう折ってあるで」
「そういうことちゃうねん」
航平が笑うと、小春も笑った。
*
台所へ行くと、母が弁当箱に蓋をしていた。
父は双子の茶碗を食卓へ運んでいる。
「おはよう。もろた?」
母に聞かれ、航平はうなずいた。
「手紙と、お守り」
「昨日、二人で作ってたんよ」
小春と陽太が食卓へ座った。
航平も座り、箸を取る。
「いただきます」
卑弥呼は机のある部屋に残っていた。
居間からは、その姿が少しだけ見えた。
父が航平の隣へ座った。
「昨日、お母さんと話しててな」
航平は顔を上げた。
「来月の勤務、早う帰る日を増やせるか相談してる。まだ決まってへんけど」
「うん」
「私も、夕方の時間変えられる日がないか聞いてるわ」
母が言った。
「全部いっぺんには変わらへんけど、あんたが学校から急いで帰らんでええ日、増やしたいねん」
航平は茶碗を置いた。
「別に、今も帰れるで」
「うん。帰ってくれてるのは分かってる」
母が弁当箱を航平の鞄のそばへ置いた。
「それで助かってる。でも、毎日それでええとは思ってへんから」
父もうなずいた。
「バイトの予定、今度、一緒に見よか。家のこと、どの日をこっちでできるか考えたい」
航平は少し考えてから答えた。
「……分かった」
小春が自分の茶碗を持ち上げた。
「私もお皿運ぶ」
「僕も」
陽太が続ける。
「ほな、食べ終わったら頼むわ」
父が言った。
母は冷蔵庫の紙へ目を向けた。
「文化祭の日は、二人とも行けるようにしてるから。小春らは私らが連れて帰る」
「そうなん」
「うん。あんたも、友達と遊んどいで」
航平は焼き魚を箸でほぐした。
文化祭が終わったら、双子を連れて帰るつもりでいた。
その時間が空く。
「……ほな、ほかのクラスも見られるな」
「そうし」
母が笑った。
*
朝食を終えると、双子は約束どおり皿を運んだ。
陽太は二枚重ねようとして、父に一枚ずつでいいと言われていた。
航平は顔を洗い、制服へ着替えた。
机の前へ戻る。
小さな箱の蓋をもう一度開けた。
二つのお守りが並んでいる。
手紙の端を箱の中へ収め、蓋をした。
卑弥呼はそばにいた。
航平が箱を見る間、何も言わなかった。
航平も、声をかけなかった。
昨日の言葉を思い出すと、まだ少し胸が固くなった。
それでも、昨日と同じように家へ置いていくかどうかは、考えなかった。
机の上へ手を伸ばした。
勾玉を拾い、制服のポケットへ入れる。
卑弥呼の目が、航平の手元を追った。
少し顔が上がる。
航平は鞄を持ち、部屋を出た。
卑弥呼も、黙ってついてきた。
*
玄関では、双子が靴を履いていた。
陽太は新しい靴の面ファスナーを、しっかり押さえている。
小春が航平を見た。
「お守り、なくさんといてな」
「机に置いたから大丈夫」
「箱、捨てたらあかんで」
「捨てへんよ」
航平は靴を履いた。
母が弁当を持ってきた。
「忘れてる」
「あ、ありがとう」
受け取り、鞄へ入れる。
双子が先に外へ出た。
「行ってきまーす!」
航平も戸を開けた。
「行ってきます」
背中へ、父と母の声が返ってきた。
卑弥呼はその声に小さく頭を下げ、航平の横へ出た。
小春と陽太は、少し先を並んで歩いている。
航平は二人の姿を見ながら、鞄の持ち手を握り直した。
横には、卑弥呼がいた。
何も尋ねてこなかった。
航平も、何も言わなかった。
勾玉は、今日はポケットに入っていた。




