第十五章 文化祭のシフト表
第十五章 文化祭のシフト表
黒板に、文化祭と書かれていた。
その下に、焼きそば、たこ焼き、喫茶店の文字が並んでいる。
航平は机に肘をつかないようにしながら、前を見ていた。
焼きそば。
この間、家で食べたばかりだった。
「三浦、どれがええ?」
隣の席から聞かれた。
「焼きそばかな」
「作れる?」
「家では作る」
「ほな、調理のほうやな」
航平は首を振った。
「当日ずっとおれるか、まだ分からんで」
「そっか。シフト決めるとき言うて」
級友は黒板へ目を戻した。
航平も前を向いた。
卑弥呼は机の横で、黒板を見上げていた。
*
クラスの出し物は、焼きそばに決まった。
担任の説明を聞き、係を分けた。
調理、接客、飾りつけ、材料の準備。
配られた紙に名前を書く前に、航平はスマートフォンの予定表を確認した。
夕方からのバイトが、週に何度か入っている。
準備のために残れる日は、そんなに多くなかった。
「俺、買い出しとか、先にやるやつがええかな」
航平が言うと、同じ班の級友が紙を寄せた。
「何時までやったら残れる?」
「日による。バイトない日も、双子帰ってくるし」
「ほな、そこ書いとこ。全員、無理な時間言うてな」
別の生徒が、部活の予定を伝えた。
塾へ行く日を挙げる者もいた。
紙に線が引かれ、名前と時間が少しずつ入っていく。
航平も、自分の予定を書いた。
全部に参加できないのは気になったが、できるところはやるつもりだった。
卑弥呼が紙をのぞいている。
人が近づくと、そっと航平の後ろへ寄った。
*
帰り道、卑弥呼が尋ねた。
「学校でも、お祭りをなさるのですか」
「文化祭。クラスで店出したり、展示したり」
「お神輿も?」
「うちはないな」
卑弥呼が少し安心した顔をした。
航平はそれを見た。
「また神さん来たら、俺の財布もたへんで」
「いらっしゃるとは、限りません」
「来えへんとも言われへんのか」
卑弥呼は考えてから、小さくうなずいた。
航平は笑った。
家までの道を歩きながら、材料の買い出しのことを考えた。
どこで買うか。
何をいくつ用意するか。
学校に残れない分、バイト先で値段を見ておけば少しは役に立つ。
帰ったら、今日のうちに課題も進めておきたかった。
*
小春と陽太は、居間で宿題をしていた。
航平が台所へ入ると、陽太がプリントを持ってきた。
「兄ちゃん、ここ」
「ちょっと待って。手、洗う」
洗い終えてから、プリントを見る。
陽太は答えを書いていた。
「合ってるで」
「こっちも?」
「こっちも」
小春も持ってきた。
航平は二人のプリントを確かめ、ランドセルへ入れるところまで見た。
そのあと夕飯の下ごしらえをした。
母から、少し帰りが遅くなると連絡が来ていた。
航平は『分かった』と返した。
卑弥呼は台所の端に立っていた。
「何か、お手伝いを……」
航平は包丁を置いた。
卑弥呼の手を見る。
卑弥呼も自分の手を見た。
「……できれば、よいのですが」
「気持ちだけもろとく」
航平はまた包丁を持った。
その晩はバイトがなかった。
夕飯を食べ、片づけをし、風呂へ入る。
ようやく机に座ったころには、双子は寝る支度をしていた。
*
文化祭の紙を机の端へ置いた。
その横に問題集を開く。
航平は鉛筆を持った。
一問解いた。
答えを確かめ、次を読んだ。
同じ行を、もう一度読んだ。
卑弥呼がそばから見ていた。
「今日は、もうお休みになっては」
「あとちょっと」
航平は目をこすった。
明日はバイトだった。
今日の分を残すと、明日も同じように遅くなる。
鉛筆を動かす。
数字を書き間違え、消した。
卑弥呼が何か言いかけたが、航平は問題集から顔を上げなかった。
少しして、廊下から母が声をかけた。
「航平、遅うなったけど、晩ご飯助かったわ。ありがとうな」
「うん」
「明日の朝は私がするから、もう寝とき」
「これ終わったら」
母は机の上を見た。
「文化祭、焼きそば?」
「うん。店出す」
「楽しそうやな。当日、何時からやったっけ」
航平は紙を渡した。
母は時間を確認し、紙を冷蔵庫へ貼りに行った。
航平は問題集へ戻った。
もう一問だけ解いて、閉じた。
*
翌朝、母が作った朝食を食べた。
双子を起こすのは父が引き受けてくれた。
航平はいつもより少し長く寝られたが、学校では昼過ぎから眠かった。
授業を終え、文化祭の班で短く打ち合わせをした。
材料の数を確かめてから、家へ急いだ。
双子のおやつを用意し、バイトへ行く支度をする。
スマートフォンには父から、帰る時間の連絡が入っていた。
それを確認して、航平はエプロンを鞄へ入れた。
勾玉へ手を伸ばしたとき、卑弥呼が言った。
「航平さん」
「何?」
「今日は、バイトをお休みになったら?」
航平の手が止まった。
卑弥呼は、航平の顔を見ていた。
「お疲れでしょう」
航平は勾玉を拾い、ポケットへ入れた。
「……休んだ分、誰が金出すねん」




