第十一章 神さんの接待
第十一章 神さんの接待
「……一回だけ言うたやん」
航平が言うと、卑弥呼は少し肩をすぼめた。
「私に言われましても……」
「伝えて」
卑弥呼が隣へ顔を向けた。
何か言いかけ、相手の返事を待つ。
航平は財布を開いた。
金魚すくいの分は、もうなくなっている。
残った札と硬貨を見ていると、卑弥呼がこちらへ向き直った。
「金魚すくいを、一回だけやとお思いになったそうです」
「そういう意味ちゃうねん」
小春が航平を見た。
「兄ちゃん、射的もするん?」
陽太はすでに景品を見上げていた。
「兄ちゃん、あのお菓子!」
棚の上には大きな箱がある。
その隣に、ぬいぐるみと小さな玩具。
卑弥呼も同じ棚を見ていた。
「……あのお菓子やそうです」
「陽太と一緒かい」
航平は財布を閉じた。
「ほな、射的も一回。これで終わりな」
*
店の人にやり方を教わり、航平は銃を持った。
コルクの弾を込める。
小春と陽太が、すぐ横から棚をのぞき込んだ。
卑弥呼は誰もいない隣へ、店の人の説明を繰り返していた。
「この先から、弾が出るそうです」
航平は銃を持ち上げた。
「どれ?」
「右の、大きい箱を」
「落ちるかなあ」
構えて、狙った。
弾が飛んだ。
箱に当たり、小さな音がした。
箱は動かなかった。
「あー!」
陽太が声を上げた。
卑弥呼も眉を下げた。
「当たりましたのに……」
「当たるだけやとあかんねん。落とさな」
航平は次の弾を込めた。
卑弥呼が横を向き、うなずく。
「もう少し、上を狙っては、と」
「はいはい」
二発目は箱の上を通った。
棚の奥へ当たり、跳ね返る。
航平は口を結んだ。
卑弥呼も口を結んだ。
小春が棚の下段を指さした。
「兄ちゃん、あれは?」
小さなお菓子の箱だった。
航平は最後の弾を込めた。
「神さん、それでええ?」
卑弥呼が尋ねた。
返事を聞き、航平へうなずいた。
航平は少し息を止めた。
今度は当たった。
箱が傾き、棚の端から落ちた。
「取れた!」
陽太が両手を上げた。
小春も航平の袖を引いた。
「取れたな!」
店の人から箱を受け取ると、卑弥呼が嬉しそうに笑った。
「お喜びです」
「よかったよかった」
航平は箱を持って屋台を離れた。
*
神さんは、取れた箱を近くで見たいらしかった。
卑弥呼に言われ、航平は人の通り道を避けて箱を差し出した。
小春と陽太ものぞく。
「開けてええ?」
「ちょっと待って」
卑弥呼は箱のすぐそばへ顔を向けていた。
小さくうなずき、目を細める。
「取れたのが嬉しいので、お菓子はお二人に、やそうです」
航平は双子へ箱を渡した。
「半分こな」
「ありがとう!」
陽太が受け取り、小春と並んで開けた。
航平は財布を出した。
もう、札はなかった。
硬貨を指で寄せていると、卑弥呼が横からのぞいた。
それから、また神さんのいるほうへ顔を向けた。
航平はその顔を見た。
何か聞いている。
卑弥呼が通りの先を見る。
赤いりんご飴が並んでいた。
「……航平さん」
「今度は何」
「りんご飴を、食べてみたいそうです」
航平は目を閉じた。
「射的で終わり言うたやん」
「遊ぶのは終わりで、お食事は別やと……」
「神さん、言い方うまいな」
卑弥呼は何も言わず、少しだけ笑った。
「楽しんでるやろ、あんたも」
「……初めて見るものが、たくさんございますので」
航平は財布の中を数えた。
りんご飴の値札を見る。
買える。
買えてしまう。
*
小さなりんご飴を一本買った。
袋から出すと、赤い飴が夕方の明かりを受けて光った。
小春が目を丸くした。
「きれい」
卑弥呼も、誰もいない隣へ顔を向けてから、同じように飴を見つめた。
「どうやって食べるのでしょう、と」
「かじるか、舐めるか」
航平は棒を持ち直した。
「……これ、渡せるん?」
卑弥呼が尋ねると、航平の手がふっと軽くなった。
棒はまだ手の中にある。
けれど、誰かが一緒に支えているような感じがした。
赤い飴の縁が、ほんの少し欠けた。
航平は自分の手を見た。
卑弥呼が、隣を見ながら笑った。
「甘いそうです」
「……食べられるんや」
「お供えものをいただくのは、お得意やそうです」
小春と陽太は、お菓子の分け方を相談していて気づいていなかった。
航平はりんご飴を持ったまま、待った。
また少し、飴が欠ける。
「よかったなあ」
誰もいない場所へ、小さく言った。
*
境内から掛け声が上がった。
神輿を担ぐ人たちが集まり始めている。
卑弥呼が顔を上げた。
「お戻りになるそうです」
「ほな、行こか」
航平は双子を連れ、神輿のそばへ戻った。
りんご飴は、航平の手の中にまだ残っていた。
卑弥呼は、そのすぐ横へ小さく頭を下げた。
それから視線を上へ動かした。
神輿の屋根を見つめる。
「……お座りになりました」
航平も見上げた。
やはり、姿は見えない。
卑弥呼が誰かの言葉を聞き、笑った。
「ありがとう、やそうです」
「どういたしまして」
航平は小声で返した。
「来年も遊びたい、と」
「来年の予算は、来年考えるわ」
卑弥呼は屋根へ向き直った。
伝えたらしく、少し肩を揺らして笑った。
掛け声とともに、神輿が持ち上がった。
陽太が手を振る。
小春も並んで振った。
卑弥呼が袖から手を出し、小さく振った。
「今度は、にこにこしてはります」
航平は神輿を見送った。
少しだけ、笑った。
*
待ち合わせていた母が来たのは、それからすぐだった。
双子は駆け寄り、金魚すくいと射的の話を一度に始めた。
母が航平を見た。
「よう遊んだみたいやな。あんた、何か食べた?」
航平は手元のりんご飴を見た。
「これから」
母は双子と一緒に、たこ焼きの屋台へ向かった。
航平は後を追いながら、財布を開いた。
空だった。
肩が落ちた。
「……五穀豊穣やろ」
卑弥呼がこちらを見た。
航平は空の財布を閉じた。
「俺の財布、不作やぞ」
りんご飴を一口かじった。
甘かった。
焼きそばは、来年にするしかなかった。




