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5話 魔女と使い魔

「ふん、白々しいやつめ。それで?だいたい予想はつくが、暫定の教皇とはどういうことだ?」

「ああ。俺が完全に教皇の地位に着く前に、反対票を投じた枢機卿のメンバーが難癖をつけてきたんだよ。“前教皇殺し”の魔女を倒すことが出来ないのなら、新しい教皇になったところでまた同じことが起こるだろう、と。」

「ふん、なるほどな。それで“魔女(わたし)”を退治しに来たと?」

「...そういうことになるね。」

「それなら尚更だ。なぜ私を生かしておく?私さえいなくなればお前の教皇の座は安泰なのだろう?」

「そうだね、そのはずだ。……なのになぜか、そう出来ないんだ」

自分でもよく分からない気持ちが渦巻いていて、歯切れの悪い返事になってしまう。

そんな曖昧な返答に、アリーチェは訝しげな表情を浮かべて俺を見ていた。

「いや、何でもないんだ。忘れてくれ。それよりこの指輪だ。これは俺の家の家宝...のようなものなのだけれど、今まで誰かに反応したことなんてなかった。勿論、他の魔女にもね」

「家宝なのか?そうだな、この指輪のことだが……」

アリーチェが左手の薬指に嵌った指輪をじっと見ながら、目を伏せる。

「なあ、お前の家族で他に司教の地位にあったものはいないか?」

「司教?それならさっき言った通り、俺の祖父がローマ司教をしていたけど…それがどうかしたのかい?」

それを聞くとアリーチェは自嘲するような、苦々しい笑みを浮かべた。

「そうか、そうだったな。お前もよく分からないことを言っていたが、私も大概だったらしい。忘れてくれ」

どうやら何か思い当たることがあるようだが、アリーチェはそれ以上何も言わなかった。

しばらく気まずい沈黙が流れると、ずっと黙ったまま俺を睨みつけている赤髪の悪魔の存在が強く感じられて居心地が悪くなる。仕方がないので、俺は思い切って切り出した。

「…ところで魔女様?この子、君の使い魔だと思うんだけど、そろそろ紹介してくれないかな?」

「この子?リーナのことか?それにしても、はぁ。やっぱり使い魔だとわかるか。」

アリーチェは額に手を当てると、困ったような笑みを浮かべた。

「そうだな。お前とはしばらくは一緒にいなければならないような縁になりそうだからな。紹介しよう、私の使い魔のナタリーナだ」

「ア、アリーチェ...!こいつは教皇なのでしょう?こちらの手の内を明かす必要なんてありません!ただでさえこんな、胡散臭い笑顔の人間の男なんかに!」

嫌われているのは解っていたものの、これは酷い言われようだ。胡散臭い笑顔は言い過ぎじゃないだろうか。さすがに少し傷つく。

「仕方ないだろう、リーナ。指輪が外れるまでは協力してもらう必要があるのだから。」

「ですがっ…」

ナタリーナは俺を睨みつけながら、悔しそうに歯噛みした。

「いや、うん。君が俺のことを嫌いなのは薄々、というかまあそうだろうなと気づいていたし、この際それはいいよ。...それにしても、アリーチェ。悪魔にしてはなんだかクリスマス(ナタリア)を連想させる名前だね?」

「ああ、名前のことか。リーナとは初めて出会ったクリスマスの晩から3日3晩殺し合いをした仲だからな。」

「クリスマスの晩から3日3晩殺し合いをした仲!?」

アリーチェの口から出た衝撃的な発言に、思わず彼女の言葉を反芻(はんすう)してしまった。

仲が良さそうな2人の間にそんな過去があったとは。複雑な関係もあるものだと思い至る。

「それで…どうなったんだい?」

「どうなったって、分かるだろう?負けていたら当然、私は今ここに居ない。あの頃はまだ未熟な魔女だったからな。相当苦戦したが、死闘の末に私が勝った。そしてお前がさっき言ったようにクリスマス(ナタリア)にちなんで“ナタリーナ”という名前を贈ったんだ。...まさか本当(悪魔)の名前で呼ぶ訳にもいかないしな」

アリーチェは聞くまでもなく分かるだろうとでも言いたげな声で返事をした。

「悪魔にクリスマスに由来する名前をつけたって、ずいぶんなブラックユーモアじゃないかい?」

「なっ、別にお前みたいに捻くれた考えで名前をつけた訳じゃないぞ?その、可愛いかなと思って...。私のセンスに口出しするなっ」

不貞腐れたように腕を組むと、アリーチェはそっぽを向いてしまう。

いくら相手が魔女とはいえ、女性の気分を悪くさせてしまうのはローマの男の名が廃るというものだ。

「いや、確かに可愛い名前だよ。君が気を悪くしたなら俺の落ち度だ。謝るから機嫌を直してくれないかい?」

俺がそう言うと、アリーチェはまた不可解なものでも見るような複雑な表情になってこちらを見た。

「教皇ともあろうお方が一介の魔女風情にご機嫌取りか?お前、本当に変わった奴だな」

「変わってなんかいないさ。女性を気遣うのは当然だよ」

「はあ、この軟派者め。指輪の事についてはお前にも分かっていないのなら、他に頼りになりそうな相手をあたるしかないだろうな。リタか呪いに詳しいお嬢サマか...。まあいい。何とかなるだろう」

アリーチェは何やら話を自己完結させると椅子から立ち上がる。

「今日はもう遅い。森の中をずいぶん歩いたからな。客室があるから、お前はそこで休むといい。しっかり寝ろよ、司教様?明日は朝から畑に出るからな」

畑に出るって...?俺はアリーチェの考えがよく分からないまま頷いた。

「ああ、ありがとう。おやすみ、アリーチェ、ナタリーナ」

「ああ、おやすみ」

アリーチェは俺を客室に案内し終わると背を向けて歩き出す。ナタリーナは俺を一瞥すると、ふん、と小さく鼻を鳴らしてすぐに主の後を追いかけていった。

俺は客室に入り、ベッドに横になると疲れていたのか泥のような眠りに落ちた。

こうして、“シチリアの魔女”と出会った初めの日が終わったのだった。

ずいぶん間が空いてしまいましたが、連載を再開いたします。読んでいただけると嬉しいです。良ければ感想などお聞かせくださいませ。

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