2話 “前教皇殺し”の魔女との出会い
エリオットは最後まで俺についていくと譲らなかったが、教会は俺1人をわざわざ指名した。
その真意はともかく、枢機卿の一部の連中に急かされてエリオットや他の友人たちにも挨拶すらする暇もなく、早朝にローマからシチリア行きの船に乗せられてしまった。恐らく俺を陥れようとしている連中の指示だとわかっていたが、俺1人では抵抗のしようがなかった。
シチリアに住むとされる“前教皇殺し”の魔女退治。それが今回教会側が俺をシチリアに追いやる口実だった。
このご時世、元々普段から魔女の噂は途切れることはなく、捕らえられて処刑される女性達は想像以上に多く、後を絶たない。しかし、魔女なんて“そうそう”いないのだ。
逆に言えば人数は少ないが『本物』も存在するのだけれど。
教会のことを思い返しながら森の中を進んでいた、その僅か数分のうちに視界が急激に闇に染まる。
普段ではありえない状況、その中で微かに人影が見えた。
「お前さんはよそ者のようだが、ここがどういう場所か知っていてここに来たのかい?」
老婆のしゃがれた声が森にこだまして辺りを震わせる。いかにも人々が思い浮かべる魔女のイメージそのもの、といったところだ。
このうずくまって黒いボロボロのローブを纏った老婆が、噂のこの森に住む魔女なのだろうか。
確かにわずかになら魔力を感じるが…
ここに居ると言われている魔女は“前教皇殺し”だ。こんなに魔力の弱い魔女なはずがない。
「君は?いや、失礼。年上には貴女と言うべきかな。貴女は“前教皇殺し”の魔女の手下…だったりするのかな?」
微笑んだまま老婆と対峙する俺の言葉に、最初はくつくつと、しかし次第に大きなしゃがれ声で大笑いし始めた。
「年上だから貴女?魔女の手下?あはははは!おめでたい坊やだ!」
老婆が笑いだしたのを合図にしたかのように、木の影から赤髪のツインテールに紅い瞳の少女が飛び出してきて、俺の喉元に戦闘用のナイフをあてた。
「馬鹿だな、人間。油断するからこうなる」
どこまでも冷たい声がした。俺はその赤髪の少女の瞳を見て、背筋が冷たくなり、ぞわりと肌が粟立つのを感じる。…彼女の瞳の瞳孔は縦長だった。
――悪魔だと、直感が告げる。
そうだ、この目の前の“少女に見える存在”は見た目だけヒトで正体は悪魔だ。つまり、こいつを従えているあの老婆は…!
「正真正銘のシチリアの大魔女様、“前教皇殺し”か…」
「ご名答。解ったところでお前はもう死ぬだけだけれど。この森に入った者は、誰も、生きては帰さない」
俺を嘲笑うような響きを持った声が届く。その主である老婆は目元はローブに隠れて見えないが、口元が弧を書いたように歪む様子が見てとれた。
「アリ…主様。こいつ、今すぐ殺しますか?」
老婆の名前を言いかけたのがまずいと思ったのか、すぐに言い直すとヒトの姿をした悪魔は先程とは真逆の丁寧な口調で主に問いかける。
「そうだな。生かしておく理由がない。教会の狗だろう?」
「はい。仰せのままに」
少女のナイフを持つ手に力がこもるのを感じた。
…もう、なりふり構っていられない。相手が魔女なら、こちらだって魔法を使っても良いだろう。俺だって神童と呼ばれる程の神聖魔法の使い手なのだから。俺は自分の首が胴体と別れを告げる前に鋭く叫ぶ。
「トゥオーニ!」
「神聖魔法だと!?リーナ、下がれ!」
老婆が叫ぶと共に悪魔は飛び退く。今まで少女が居た場所には複数の激しい雷が落ちて、それは地面まで焼けるほどの威力だった。
次の瞬間、俺の魔力に反応してポケットに入っていた指輪が激しく光りだす。
「忌々しい坊やめ、今度は何のつもりだ?」
舌打ちをする老婆に俺のものだったはずの指輪が飛んでいくと、なんと老婆の左手の薬指に収まった。
「「……は?」」
俺と老婆の驚きからの声が綺麗にハモる。すると、驚く間もなく老婆が苦しみ出すと共に、頭を抱えた。
「なんだ、この指輪は…!取れ、ない!くそ、なんだ?魔力経路が上手く働かない!…………っ!」
再びリングが今度は老婆を包むように激しく光る。すると、光が収まった時にもう老婆はいなかった。
…けれど誰もいなくなった訳ではない。俺と同い年くらいの少女が唖然とした表情で立っていた。
「アリーチェ!?ご無事ですか?怪我は無いですか?」
自分の主に悪魔…いや、先程リーナと呼ばれていたもう1人の少女が心配そうに駆け寄る。
「どういう事だ…?カンビャメントが解けているだと…?」
魔女だと思われる少女から、“老婆”が被っていたローブがぱさり、と音を立てて地面に落ちた。
困惑した表情を浮かべた彼女は先程の老婆とは似ても似つかない姿で。
暗い森でも金色に輝く綺麗なブロンドの長い髪はサイドの胸の辺りまでの短めの髪を少しずつ残し、俺から見て右側の毛先の方を薔薇の髪かざりのついたヘアゴムで結んであった。そして、腰まで長さのある残りの髪は背中の方で三つ編みにされている。
精巧なビスクドールのような端正な顔立ちに、新緑を思わせる碧の瞳。誰がどう見てもケチのつけようのない美人が、左手の薬指を凝視して眉をひそめていた。
「なんだ、この指輪は!これがあると魔力が上手く巡らない!このままだと水やりも碌に出来ないではないか!」
彼女は半ば悲鳴のような声でよくわからないことを叫ぶと、じっとりと恨みがましい瞳で俺を睨んできた。
「おい、お前。この指輪はお前のものなのだろう?外さないとただじゃおかないからなっ」
そう叫びながら俺の鼻先まで整った顔を近づけると、俺の左手を引っ張った。
そして、俺の左手の薬指にも同じような金色の指輪が嵌っているのを見ると、2人同時に時が止まったかのように固まった。
「「………………」」
暫しの沈黙。そして。
「はは…俺にも原理が全く解らないんだよ。困ったね、魔女様?」
「…こ、困ったねで済むか!こんの、大馬鹿〜〜〜っ!!!」




