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1話 シチリアの魔女の森

「やっぱり()められた、かな」

昼間だというのに木が鬱蒼(うっそう)と茂っていることで、木漏れ日すらほとんど入り込まない暗い森を進む。静まりかえり、獣道すらないここでは自分の足音がやけに大きく聞こえてきた。

なんでもこの森には古くから魔女が住んでいるとの噂が言い伝えとして残っており、誰もこの場所に足を踏み入れるものはいなくなったとのことだった。


――森に魔女が住んでいる。そのような噂話は数えきれないほどあり、珍しい話でもなかった。暗い森という場所はそれだけで恐怖を与える存在なのだから。

しかし、ここの場合はただの噂話と言いきれない理由もある。

例えば、昔の噂話を信じることなくこの場所に入った者で生きて帰ってきた者はいない、とか。

それに加えてこの森に程近い何百年前かの古い『街』であったであろう場所は1つの街ごと炎に焼かれて壊滅しているのだそうだ。

今でも見ることのできるその街は魔女の噂に拍車をかけていた。そして。


…噂通り、確かにこの森から帰って来た者はいないのだから。


この森に入ればすぐにでも噂の魔女に対面することになるだろうと構えていたのだが、一向に人影すら見当たらない。今のところ、少しも魔力は感じられなかった。

ずいぶん森の奥深くまで入り込んでしまったようで、すでに日が傾きだしている。

…これは魔女よりも帰り道の心配の方が優先だろうか。

ぼんやりと思考がそれたところで、ここに来ることになったきっかけが思い出されたのだった――



数週間前の朝までは何の変わりもなく、いつも通りローマ、バチカンの大聖堂で普段と変わらない日々を過ごしていた。…と言っても俺はお祈りに来た訳ではなく、ここの聖職者をしている。

小さい子どもの頃から毎日ここ(バチカン)の神学校に通っていて、特別な事でもないと外出することもなかった。

ほとんどこの場所から出ることのない俺には、もうこの大聖堂が家のようなものであった。

「ロレン」

銀髪に湖のような水色の瞳を持ち、色素が薄く白い肌をした少年が静かな声で俺に呼びかけてくる。彼とは同い年で、子どもの頃から一緒に過ごしてきたからほとんど家族も同然だった。

「ああ、エリオットか」

俺は見慣れた友人の声に振り返ると、彼に向かって小さく微笑んだ。

「…ロレン、一人でシチリアの魔女退治に行かされるって聞いた。そんな風に笑ってる場合じゃない」

エリオットは普段から落ち着いている、というか物静かで表情もほとんど変わらないのが常だった、のだが。その彼にしては珍しく、わずかに眉間に(しわ)が寄っていた。

「そんな顔をするなんて珍しいな。魔女とはいっても誰も見たことがないそうだし、噂話の可能性の方が高いよ」

「でも、わざわざ次の教皇に決まっているロレンに行かせるなんて…今までは外にすらろくに出させなかったくせに」

エリオットが更に苦々しい表情になりながら呟く。そう、彼の言うように俺は普段教会の周囲すら数えるほどの回数しか出掛けたことがなかったのだ。

「さぁね。俺もついに修行の旅にでも出されるって訳かな?」

俺が肩をすくめてそう言うと、彼の表情が一段と険しくなる。ずっと一緒にいたというのにこんな顔を見たのは初めてだった。

「ふざけてる場合じゃない。ロレンだってわかってるはず、シチリアには……」


きっと『()()』がいる…

彼が小さく呟いたその声はどんな喧騒よりもよく響いた。


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