13話 船旅と出会い
潮風が吹き付ける甲板で俺は大きく深呼吸をする。隣りにはアリーチェ…ではなく休むことなく話しかけてくる船員が1人と、それから大勢の女性達がいた。
それにしてもアリーチェを船に乗せるのは大変だったな、と思い返しながらつい遠い目になってしまう。
――あれは今から1時間前。
海を見ただけでガタガタと震え出すアリーチェをどうにか宥めながら、2人で船を待っていたところから話は始まる。
「今からそんなに震えている君が、本当に船に乗れるのか心配になってきたんだけど…」
「う、うるさいな。心配なんてするな、何の問題もないんだからな!」
怖いと顔に出ているのにまだ強がりを続けるつもりらしい。俺が彼女の天邪鬼さに逆に感心していると、ちょうど船の汽笛が聞こえた。
「ひっ!!」
「…アリーチェ?」
「な、なな…なんでもない!」
思いっきり悲鳴を上げておいてそれはないだろうと思いつつ、黙っておく。精一杯強がっているアリーチェにこれ以上言うのは可哀想だから。
船が着いていよいよ乗り込む時間になり、渡り板を渡る時にはとうとう強がりも出来なくなったのかアリーチェは泣き出してしまった。
そんな彼女に驚いた船員が飛んで来てアリーチェの手を取る。
「大丈夫ですか?」
よく日に焼けた肌にブラウンの髪と瞳の活発そうな少年だ。
アリーチェは手を握られたことにも気が回らないらしく、大丈夫かという問いに無言で首を横に振る。
少年はアリーチェの隣にいる俺の方を見ると、やや不機嫌に問いかけてきた。
「あの、ご家族の方ですか?」
「いや、家族ではないかな」
「それでは恋人でしょうか?」
「い、いや…?違うけど」
なんだか船員がやけに絡んでくるな、と不思議に思ったがとりあえず恋人ではないので否定の言葉を返す。
「へえ、そうなんだ。ラッキー」
俺の言葉を聞いて明らかに上機嫌になった船員は、アリーチェの腰に手を当てた。
「綺麗なお嬢さん、俺はカルロ・フランチェスコ。気軽にカルロって呼んでくれ。君が泣いていたらシチリアの美しい太陽も曇ってしまうよ。そうだ、君の名前も教えてくれないかな?」
気のせいか…いや、気のせいではないだろう。船員がアリーチェを口説き始めた。それに対してアリーチェはわずかに眉を顰める。
「…リモーネ」
「レモンだって?はは、面白いね」
「………」
相手にする気は無いのか隣町で呼ばれていたあだ名で答えるアリーチェだが、船員はへこたれる様子もなく笑って答えた。
「俺、今でこそ船員として色々な所に行くけど、故郷はナポリなんだ。とても良いところだから君も気に入るはずさ。どうかな、2人で一緒にナポリで暮らさない?」
「悪いが、私は今それどころじゃないんだ。海に落ちないか心配で心配で...」
「はは、俺がしっかり支えているから心配しなくても大丈夫だよ、リモーネちゃん。さっきの話だけど、俺は君の気が変わるまで待っているからね」
船員はアリーチェに向かってウインクを飛ばすと、船に乗り込むまで付きっきりで彼女のエスコートをした。
なんだろう、彼は俺に足りないものを持っている気がする...。そんなことを思ってしまった俺は、無事船に乗り込んだ後でつい、大胆なお願いを口にしていた。
「船員さん。俺も君を名前で呼んでいいかい?それと、お願いがあるのだけど...俺に君みたいに女性に優しく接する方法を教えてくれないかな」
それに対して船員はへえ、と言いながらにやりと笑って今度は俺と肩を組んでくる。
「いいぜ、名前で呼んでくれ。船員さん、じゃ呼ばれた気がしないしな。あんたの名前も教えてくれよ」
「ありがとう、カルロ。俺の事はロレンと呼んでくれ」
「ああ、よろしくロレン。俺は厳しいぜ?」
冗談めかして笑うカルロと握手を交わす。それをやっと泣き止んだアリーチェが信じられないというように呆気にとられた様子で見つめていた。




