12話 手紙
「………来ない」
ある日の朝食中。アリーチェはいきなり席を立つと、テーブルに手を付きながらしかめっ面で呟く。
「何がだい?」
俺が相変わらず固い朝食のパンを山羊のミルクに浸しながらそう言うと、アリーチェが信じられない、と言うような目になってこちらを見た。
「何って!手紙の返事に決まっているだろう!リタへの手紙の返事だ!」
ずいぶん頭に血が上っているようで、綺麗に編まれた金色の髪に手を当てて、大袈裟に唸ってみせる。
「もう手紙を送ってから半月経つんだぞ!?返事を待っている間に私とリーナと司教様のたった3人で、うちの広大なレモン畑の収穫作業も終わってしまったじゃないか!あああ、リタのことだ。酒場で歌でも歌って男を引っかけているに違いない!それで家にも帰ってないんだ、いつものように!!」
アリーチェはよっぽど怒っているのか、長々とした愚痴を噛まずにノンブレスで捲し立てた。
「…リタさんってそんなに自由人なのかい?」
「自由も自由、渡り鳥だってリタの自由さには敵わないだろうな!!」
憤慨するアリーチェに何を言えば落ち着いてくれそうか思考を巡らせるが、いい案は浮かばない。そんな中、今まで黙って聞いていたナタリーナがパンをミルクの皿に置く。
「アリーチェ、今は朝食の時間ですよ。食事はちゃんととるべきです」
静かな声でそう諭すと、アリーチェは言葉を詰まらせた。小声でそれもそうだな、と言うと静かに席に着いて朝食を再開する。
アリーチェに絶対服従かと思われたナタリーナの意外な発言に、俺は思わず口をぽかんと開けたまま彼女を見つめてしまっていた。
「なんだ、人間。間抜けな顔をしてこっちを見るな」
「いや、君は絶対にアリーチェに逆らったりしないのかと思っていたから意外でね?」
「ふん、お前には真の忠誠が何かわからないのか?主の健康を守る事も私の務めだ」
そういうものかい、と言うとナタリーナはそっぽを向いて黙ってしまったので、答えはもう返ってこなかった。
そこにアリーチェの深い溜息が響く。
「話を戻して悪いが…。リタの返事は待っていても来ないだろうな。もう時間を無駄にする必要はない。仕方がないからリタに会いに行くぞ。ただ…」
アリーチェは話の途中で言葉を切るとナタリーナを見た。
「わかっています、アリーチェ。今は静かですし、私1人で大丈夫でしょう」
「そうか。すまないな、リーナ」
「…静かって?何の話だい?」
「いや、気にしないでくれ。それより、その。…船に乗ることになりそうだからロレンも準備をしておいてくれないか?」
アリーチェの声が『船』の所で震える。今からこんな調子で本当に船に乗れるのだろうか。
「俺は問題ないけど、君は大丈夫なのかい?」
アリーチェは俺の質問に答えずに力なく笑っただけだった。




