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【連載版】竜の器と囚われの贄姫  作者: 神崎右京
第七章

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第80話 ドロテア① (Side:アルヴィン)

 次の夢は、”赤”だった。

 その日の夜は、いつもと同じように静かに始まったはずだった。星の瞬きに耳を澄ませるようにして眠りについた――はずだったのに。

 

 ――目が覚めたとき、暗闇は赤に変わっていた。

 窓の外、いつもなら星が見える場所に、火があった。まるで昼間のように煌々と明るい室内に、本能的な恐怖が湧き起こる。


 屋敷中から、変な音がする。ぱちぱち、ごう、と何かが爆ぜるような音。それから――悲鳴。何度も、何度も、あちこちから――


「っ……!」


 ”私”は、寝台の上で動けなかった。何が起きているかわからなくて、悲鳴すら喉の奥で縮こまった。


 扉の向こうの廊下も、もう火に包まれていた。

 逃げなくては――と頭の片隅には過るのに、身体が動かない。 

 眼前に広がる火の海を、茫然と眺める”私”には――初めて、名前があった。


「ドロテア!!!」


 灼熱を切り裂く鋭い叫び声に、振り返る。

 火の壁を割って、見慣れた女が飛び込んで来た。

 長い髪が、炎を背に揺れている。この人のようになりたいと、幼いながらに背伸びをした。同じように髪を伸ばして、口調を真似て、全てに憧れた大好きな人。

 一族の頂点に座する、当代の”竜神様”。


「ドロテア! 無事だったのね――!」


 竜神様の顔が泣きそうに歪んで、ぎゅっと硬直していた私の身体を抱きしめる。

 その瞬間、何かが決壊した。


「ぉ……お母様! お母様、お母様、お母様――!」


 ”贄姫”に選ばれてからは一度も呼ばなくなった呼称が、堰き止められることなくあふれ出す。

 ぼろぼろと涙があふれる。久しぶりに抱きしめられた大好きな母の腕の中は、昔と何一つ変わらなかった。

 いつもと何も変わらない、安心する温もりと匂い。


「大丈夫。大丈夫よ、ドロテア」


 泣きじゃくる私に言い聞かせるように、ぽんぽんと背中を叩く。その温かい掌に、私はもっと涙をあふれさせた。


「竜神様っ……急がないと、火の手が――!」


 従者の声がして、母は私から身体を離す。

 母は私の涙を優しく拭った後、従者に私の身体を預けた。母に幼いころから付き従う従者は、慣れた手つきで私を抱えた。

 逞しい従者の身体に抱えられた私を見て、安心したように母は微笑むと、己の首から宝石を取り出す。

 一族が代々守り、継承してきた秘宝――”神器”だった。


「ダリウス、お願い。この子を連れて逃げて」

「お母様!?」


 涙交じりの声で叫ぶが、母は構うことなく私の首に神器を掛けた。


「私は、一族の皆を助け、敵を少しでも減らすため――ここに残ります。だから、ドロテア。今日から貴女が、”竜神”よ」


 首にかかった宝飾は、ぞっとするほど重たく、冷たかった。


「っ――嫌だ!」

「ドロテア様」


 間髪入れず叫び、抱えられた腕から逃れようともがきながら、愛する母へ手を伸ばす。


「嫌! 嫌、絶対に嫌! お母様! お母様も一緒に――!」

「ドロテア」


 お母様は私の頬を両手で包んで、笑った。

 ”竜神様”ではない――大好きな”お母様”の優しい微笑み。


「いい子ね」


 その言葉が、最後だった。

 従者――ダリウスが私を抱えたまま、炎の反対側へと走り出す。


「嫌ぁああああっ! お母様――! お母様――!」


 涙が溢れ、ぼやける視界の中で、母の姿は、炎と煙にまぎれて消えていく。幼い腕は短くて、どれだけ懸命に伸ばしても炎の中の母には届かない。


 みしみしと屋敷が崩れていく音が聞こえた。

 私の部屋。みんなで囲んだ食卓。お母様の優しい子守唄。すべてが、灼熱の炎の中に取り残されていく。

 これまでの日常、平穏、優しい思い出――全部、全部、何もかもが、業火の中へ消えていく。


「お母様ぁあああああ――!!」


 炎に照らされ、朱と金に染まった夜空に、絶望に濡れた私の声が響き続けていた。


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