第74話 手紙 (Side:カルロ)
貴族の仮面を脱ぎ捨てて、嬉しそうに指輪を眺めるシャロンの横顔を見れば――もう少し関係を進めたくなるのが男の性だ。恋の成就に浮かれる気持ちも手伝えば、なおさらだった。
場所もそうしたことを目的としていることもあり、つい、ドレスを纏った線が細い身体を引き寄せたくなる。
思わず手を伸ばしかけたが、ふと、先ほど蒼い顔で拒否されたことを思い出し、断腸の思いでぐっと気持ちを飲み込んだ。
所在のない手を誤魔化すように、別の話題を口に出す。
「そういえば――そのドレス、前にアルヴィンに言われて作ってたやつか?」
「はい。父がエスコート役だったので」
社交デビューでは、エスコート役の男性の髪と瞳の色に合わせて衣装を仕立てるのが通例だ。
シャロン自身の髪と瞳の色でもあるから、今日の装いは息が止まるほど似合っているが、面白くない気持ちもある。
「……次は絶対に、昔一緒に作ったあのドレスを着てくれ」
「え?」
シャロンの纏う伝統的な蒼いドレスが、今夜の光の中で美しく輝いているのは知っている。
それでも、俺はどうしても想像してしまう。黒に縁取られた深紅のドレスを身に付けたシャロンが、寄り添うように俺の隣に立つ姿を。
「シャロンは俺のだって、世の中全員に喧伝したい気持ちなんだ。いいだろう?」
今日だって、本音を言えば、少しだけ期待していた。
もしかしたら――あの日、俺と一緒に踊るために仕立てた、唯一無二のドレスを着て来てくれるのではないか、と。
頭ではそんなことあるはずないとわかっていたが、新しいドレスを一着仕立てる時間はないだろうからと、都合の良い期待を諦められなくて、俺はこの衣装を着てきた。
今日、シャロンが蒼いドレスを着ているのを見て、本当に俺には未練などひとかけらも残っていないのだとわかり、存外傷つく自分がいたのだ。
だからもし許されるなら、もう一度、きちんと社交デビューのやり直しをしたい。
正式なエスコート役としてシャロンと共に夜会に赴き、揃いの衣装で内外に二人の関係を知らしめたいのだ。
口を尖らせ子供のように拗ねた声で訴えると、シャロンは驚いたように頬を染めた。
「ぁ……そ……そう……ですね……」
もじもじと恥じらうように視線を外したあと、おずおずと口を開く。
「わ、私も、叶うなら――貴方の隣に、あのドレスで並んで――カルロの伴侶は私なのだと、胸を張りたいです」
恥ずかしがりながらも、柔らかい微笑みで告げられた言葉に、胸が刺しぬかれる。
ずっと本心を口にしなかったシャロンが、自分から、俺の伴侶になると言ってくれた。
それがどれほど俺の中で大きな意味を持つか、彼女にはわからないだろう。
婚約中も、旅の途中も、シャロンが俺を頼ってくれることはあっても、「共に生きたい」という言葉は、一度だって聞けなかった。ずっと、俺だけが勝手に惚れて、勝手に足掻いていた。
それなのに――初めて、自分から言ってくれた。認めてくれた。
俺の「伴侶」として共に歩く未来を、恥じらいながらも嬉しそうに語ってくれた。
愛らしい婚約者にぎゅっと心臓を鷲掴みにされ、俺はさすがに我慢が出来ずに、衝動に任せてシャロンを力いっぱい抱きしめた。
「カルロ!?」
「やっぱり、これで我慢とか無理だろ……!」
「ちょ――だ、駄目です!」
そのままソファに押し倒して唇を重ねようとするが、シャロンは焦って拒否をする。
「別にいいだろ、誰かが見てるわけでもなし――!」
「そ、そういう問題では――!」
世界一不毛な押し問答が繰り広げられようとしたとき、だった。
コンコン
「――!?」
「ぁあ?」
ノックの音が響く。
まだ夜会は始まったばかりだ。こんな時間に休憩室を使おうとする者がいるとは思えないが、早く交代しろという合図かもしれない。
シャロンは顔を真っ赤にしていたが、俺は水を差された気分だ。
不機嫌な顔で立ち上がり、扉へと近づく。
「……ん?」
こちらが応答するより先に、スッ……と扉と床の隙間から、何かの紙が差し込まれる。
「何だ……?」
拾い上げてみると、それは真っ白な封筒だった。
差出人の名前はない。宛名として書かれているのは、シャロンの名前だけだ。
一瞬、シャロンを諦めきれない男が恋文でも届けに来たのかと訝しんだが――それなら、差出人の名前がないのはおかしい。
何せシャロンは、息をしているだけであらゆる危険に巻き込まれる体質だ。アルヴィンがいない今、シャロンを危険から守るのは俺の役目だ。怪しい手紙の検閲の権利くらいあるだろう。
怪訝に思いながら、中身を開けてみる。
「――!?」
そこに書かれていた文字に驚き、俺は急いで扉を開ける。
しかし、廊下はしん……と静まり返っていて、既に人影は見当たらなかった。
「カルロ……?」
後ろから心配そうなシャロンの声がするが、驚愕に走り出した心臓がまだ騒がしい。
シャロンに手紙を見せるべきか、一瞬だけ迷う。
ぎゅっと掌の紙を握り締めて、唾を飲み込んだ。
端正な筆跡で書かれていた、短いメッセージ。
俺はもう一度、手紙へと視線を落とす。
『神器を引き継ぐ竜の”器”よ。竜の秘密を解き明かし、異形となった兄を救いたければ、誰にも言わず、以下の場所へ来い』
貴族のタウンハウスが立ち並ぶ王都の一画の住所が書かれた手紙は、シャロンへ宛てた呼び出し状だった。




