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【連載版】竜の器と囚われの贄姫  作者: 神崎右京
第七章

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第73話 約束  (Side:カルロ)

 混乱のあまり言葉を失っていたシャロンも、会場からすぐ近くの休憩室に入ると、ハッとした顔で声を上げる。


「か、カルロっ……!?この部屋はダメです!」

「なんでだ」

「貴方、ここがどういう部屋かわかって――!」


 シャロンが焦った声で問うが、もちろん知っている。

 夜会で宴もたけなわになった頃に使われる”別室”だ。

 貴族同士がビジネスにおける密談をする会場として使われることもあるが――実態は、殆どが盛り上がった男女の”密会”の場として使われる部屋。

 だから『休憩室』という通称で呼ばれているし、部屋の中にはテーブルとソファだけではなくベッドが備え付けられている。


「大丈夫だろ、酒も回ってないこんな時間に使うやつはいない。誰も来ないさ」

「そっ、そういう問題では――!」


 男女でここに入れば『そういう関係』と思われるのが普通だろう。シャロンは大きく動揺し、もぞもぞと腕の中で抵抗をして見せた。俺は仕方なく傍らのソファにシャロンの身体を降ろす。

 真っ赤な顔で慌てて立ち上がろうとするシャロンをとどめた。


「どこ行くんだ。せっかく二人きりになれたのに」

「なっ――」

「結婚してくれるんだろう? それともアレは、嘘だったのか?」


 距離を詰めて拗ねた顔で問いかけると、シャロンはしばらく二の句を継げないようだった。震える唇で、必死に言葉を紡ぐ。


「う、嘘ではありませんが――ダメ、駄目です!」

「何がダメなんだ。せっかく両想いになれたのに。せめて、キスの一つくらい許してくれないのか?」


 至近距離から顔を覗き込むと、シャロンはのけぞるようにして逃げようとする。婚約期間も、旅の途中も、こんなに距離を詰めたことはない。シャロンは必死に腕を突っ張って、身体全体で拒否を示した。


「正式に、教会で誓いを立てて結婚の誓約をするまでは――とにかく、駄目です!」


 真っ赤にした顔で泣きそうな声で言われては、諦めるしかない。俺は不服を隠しもしない顔で、しぶしぶ身を引く。……あからさまにホッとした顔をしないでほしい。


「貴方が、真剣に結婚を考えてくれているならなおのこと――じゅ、順番は、きちんと、守らなくては――!」

「ハイハイ、ワカリマシタ」


 首元の大きな宝石をお守りのように握り締めて必死に訴えるシャロンに、半眼で答える。

 女当主になるともなれば、周囲からの視線にも気を配るのだろう。貴族社会のしきたりは厳格だ。特にこの国は、身分の高い女の貞操に五月蠅い。

 シャロンが言いたいことも、理解は出来るが、とはいえ俺は、一体何年お預けを喰らわなければいけないのか。


 むくれながら頬杖をついて、シャロンを観察する。

 見事に結い上げられた黄金の髪も、恥ずかしそうにうなじまで赤く染まった白い肌も、相変わらずため息が出そうなほどに美しい。

 

 ――本当に、他の男に取られなくてよかった。

 今更、心の底から安堵する。


 本人に自覚がないのが不思議だが、今日のシャロンは、夜会中の注目の的だった。

 アルヴィンが徹底的に守り通して来た、謎めいたフロスト家の深窓の令嬢。アルヴィンが語るシャロン像は現実離れしているから、美人だという噂も社交界ではあまり本気にされていなかった。俺だって、シャロンに会うまで、アルヴィンはシスコンを拗らせているだけで大したことはないんだろうと思い込んでいたくらいだ。

 とはいえ、竜騒動のど真ん中にいた令嬢だ。野次馬根性はどの貴族も持っていた。かつて隆盛を誇ったフロスト家の行き遅れ令嬢を嘲笑する目的もあったのかもしれない。皆、シャロンがどんな女か、興味津々だった。


 そこで出てきたのが、この美少女だ。そりゃあ、会場中の未婚の男は全員目の色を変える。隣に決められたパートナーがいる男ですら、鼻の下を伸ばしていたくらいだった。

 俺も入場してすぐにシャロンの姿を探したが、俺を避けているのか、少し近づいたと思ったらすぐにシャロンはどこかへ行ってしまって、本当に焦った。俺がダンスを申し込むまでの間に、一体どれだけの男たちに口説かれていたのだろう。


「そう言えば――最初にダンスの相手に選ぼうとしてた男がいただろう。アレ、誰だったんだ?」


 武骨で大柄な男の手を今にも取ろうとしている姿を見たあのときは、本当に肝が冷えた。


「え? あぁ……アシュビー卿のことですか?」

「アシュビー卿」

「はい。東のガードナー家と縁がある方です。国境紛争で武功を立てて数年前に叙爵されたとか」

「ヘー。ほー。ああいうのが好みなのか?」


 醜く湧き上がる嫉妬を抑えるため、平静を装って平坦な声で尋ねる。


「好み――? いえ。ガードナーは昔からフロスト家と折り合いが悪いので、これを機に何かしらの縁が出来るならと思っただけです」

「フーン。ソウナンダ」


 少なくとも、シャロンが家のことだけを考えたときに最も有力だと考えた結婚相手候補だったわけだ。最初にダンスを申し込んでも見向きもされなかった自分と比較すれば、悔しさに歯噛みしそうになる。


「数年前に叙爵されたってことは、元平民だろ。そんな奴放っておけ。ガードナーと縁を繋ぎたいなら、俺が直接本家に話を通しに行く」

「え――?」

「魔道具を発明してから、熱心に俺を口説いてきた貴族の筆頭が、レーヴ家とガードナー家だ。俺から寄って行けば、無下にはしないだろ」


 国境を守るガードナー家は、昔から、何としても俺という強力な戦力を抱き込みたいと思っていたはずだ。魔道具を軍事転用したいという思惑も大きかったに違いない。やり手と噂の女傑が、あの手この手で勧誘してきたのはよく覚えている。移民に提示するとは思えないほどの破格の条件をいくつも出して来たが、結果として犬猿の仲のフロスト家に取られて、相当悔しかったはずだ。


 シャロンが選ぼうとしていた男に負けたくなくて、必死に自分の有用性をアピールする俺を見て、シャロンは少し驚いたように目を瞬いた後、くすりと笑う。


「ふふっ……心配しなくても、貴方は誰より頼りになると思っていますよ。カルロ」


 鈴を転がす美声で呼ばれて、心臓が跳ねる。婚約破棄を言い渡されてからずっと、他人行儀な呼ばれ方で呼び続けられていた反動か、昔のように呼ばれるだけで天にも昇る気持ちになった。


「そうだ。忘れてた」


 ここ半年ほどは、ずっと男装姿しか見ていなかったから、今日のように目一杯着飾ったシャロンは、直視するのも眩しいくらいに美しい。

 天使のような笑顔にぼうっとする頭に喝を入れ、俺は礼服の胸ポケットを探った。

 疑問符を浮かべて不思議そうに眺めるシャロンに苦笑して、そっと少女のたおやかな左手を取る。


「もう、二度と外さないって、約束してくれ」

「ぁ――!」


 結婚式の儀式のように、折れてしまいそうなか細い薬指にそっと指輪を通す。

 本来、シャロンの身分ならば、胸元を彩る大粒の宝石と同じくらい存在感のある豪華な指輪が相応しい。再度婚約を申し込むにあたって、貴族らしく金に物を言わせた指輪を新しく作るべきか悩んだのも事実だ。

 しかし俺は、やはり彼女には、その場所に収められるためだけに作られたこの無二の指輪を身に付けてほしいと思った。

 

「はい――! 約束です――!」


 案の定、シャロンは宝石の一つもついていないシンプルな指輪が付いた手を大切そうに引き寄せ、嬉しそうに頬を上気させる。


「ありがとう、ございます――!」


 感動に声を震わせながら、宝物を抱くように指輪をそっと胸に押し当てるシャロンに、こちらも胸がいっぱいになる。


 人見知りで警戒心が強く、いつだって本心を見せない凛とした顔をしているくせに――デートの最中にふと指輪に目を落としては、油断したように頬を緩める横顔が、好きだった。

 本音では俺のことをどう思っているか、好かれている自信なんて全く持てなかった。それでも最後まで希望を捨てずに走り続けられたのは、このシンプルな指輪を幸せそうに眺める顔を知っていたからだ。

 

 久しぶりに見た懐かしい笑顔に、愛しさが溢れだす。

 生まれて初めてシャロンの心まで手に入れられたような気がして、感慨深い。

 俺は今日の感動を決して忘れないよう、シャロンの眩しい笑顔を心と瞼に焼き付けた。


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