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【連載版】竜の器と囚われの贄姫  作者: 神崎右京
第六章

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第71話 告白 (Side:シャロン)

 ワルツのステップを間違えなかったことは奇跡かもしれない。

 そう思うくらい、カルロの言葉は、私にとって予期せぬ回答だった。

 

「……どういう、ことですか……?」


 全く理解が出来なくて、怪訝な顔を隠しもせず問いかけると、カルロは歯噛みした後、説明する。


「お前が! 結婚相手は、フロスト家の”利”になる相手じゃないと意味がないって言ったんだろうが!」

「それはそうですが――それが、どうして今の話に――」


 混乱する私に、カルロはぐっと言葉を詰まらせた。それから、噛んで含めるように続ける。


「政界で、フロスト家以上に力を持っている貴族との繋がりが得られないと、意味がないんだろ。――だから、レーヴ家に後ろ盾になってもらった。ダミアンとの結婚話が持ち上がってたくらいだ。俺自身が大貴族になることは出来なくても、俺を介してレーヴ家にすぐに助力を頼める間柄になるのは”利”があるだろう」

「それは……勿論、レーヴ家ほどの家と縁が出来るのであれば、何も文句はありませんが――」


 アシュビー卿を相手に選ぼうとしたのと同じだ。アシュビー卿自身に権力が無くても、後ろ盾のガードナー家をすぐに頼れるようになるのは利がある。

 カルロは続けた。


「フロスト家の女当主として社交の場に立つときに困らないよう、フォローするのは夫の役目なんだろ。貴族名鑑の暗記なんて一晩あれば十分だったし、煩わしいマナーだの格式だのは鬱陶しいが、元来人と話をすることは嫌いじゃない」


 呆然としてカルロの言葉を聞く。それは、つい先ほど、レーヴ卿から聞かされた彼の様子とつながる。


「お前は社交には明らかに向いてないだろ。一つ間違えばトラブルに巻き込まれかねないし――俺が顔を広げて、ちゃんと政界の情勢を掴んでおけるならそれでいいはずだ」

「な、何を――何を言って――」


 カルロの言葉に混乱しながら、わなわなと口を震わせる。


「意味が――意味が分かりません! まさか、私を第二夫人にでも据えようと言うのですか!?」

「はぁ?? 何のことだ」

「だって! 貴方は、ベアトリス嬢と――!」


 思わず仮面が剥がれ、責めるような口調になってしまうが、カルロは怪訝な顔を崩さなかった。


「なんでそこにベアトリスが出てくる? 今日は、第三王子が主催側でエスコートが出来ないから、代わりを頼まれただけだ。デビュー後の令嬢のエスコートは、婚約者じゃなくてもいいんだろ? アルヴィンも昔、デビュー後のシャロンのエスコートをやりたがってたじゃねぇか」

「第三、王子……?」


 疑問符を浮かべる。それは、竜騒動があった直後に、ベアトリス嬢との婚約が破談になったという噂の相手ではないのか。


「なんだ、知らないのか? ベアトリスは、今シーズン最初の夜会で、早々に第三王子をエスコート役にデビューしてる。今日も――ほら、向こうで踊ってる」

「――!」


 くるりと体の向きを入れ替え促されると、肩越しに若い二人が仲睦まじく踊る姿が見えた。


「そんな――どうして――」

「フロスト卿は何も教えてくれなかったのか?」


 カルロの質問に、これまでのやり取りを思い返す。


 そうだ。

 父は、「カルロが叙爵された」「レーヴ家が後ろ盾となった」と告げただけだ。

 その情報から、私が勝手に、ベアトリス嬢と婚約をしたと思い込んだ。

 夜会の周囲の噂も、私とカルロの婚約破棄については何度も囁かれていたが、ベアトリス嬢と婚約したという話は、確かに聞いた覚えがない。


 ベアトリス嬢と婚約せずにレーヴ家の後ろ盾を得ることは、不可能な話ではない。アシュビー卿が未婚のままガードナー家の後ろ盾を得たように、有力貴族の庇護下に入る形で身分を保証されることはある。


 だが、勝手な思い込み――というのは無理がある。

 不可能ではないというだけで、一般的ではない。妙齢の娘がいるならば、結婚させてしまうのが一番リスクが少ないからだ。

 確かに父の口から、明確にベアトリス嬢とカルロが婚約したとは聞かなかったが――私がそのように思い込んでいたことはわかっていたはずだ。

 勘違いをそのままにしておく理由がわからない。


「父は……知って、いたのですか……?」

「知ってるも何も。移民の俺が、結婚もせずに大貴族レーヴ家の庇護下に入るとなれば、そのための身元保証と推薦が必要になる。それをしてくれたのはフロスト卿だ」

「そんな……」


 そんな話は、何も聞いていない。――何も、一度も。


「まぁ……あの人なりの、試練なんだろう。協力は出来ないって言われたしな」

「試練……?」

「いや……こっちの話だ。まぁ、誤解が解けたならそれでいい」


 コホン、と咳払いをして、カルロは私の顔を覗き込む。

 冗談なんて挟む余地もないくらいに真剣な顔だった。


「叙爵はされたが、俺は誰とも婚約なんてしてない。これからも、するつもりはない。――俺は、シャロン以外と結婚なんてしない」

「――」


 言葉の熱が伝わり、ドクンと鼓動が高鳴る。

 

「俺と結婚したら、レーヴ家と縁が出来る。女当主になっても、社交は俺が助ける。領地運営は素人だが、これから死ぬ気で覚える。――知ってるか? 俺、建国以来の天才って言われてるんだ。座学は得意分野だ。すぐに覚えるさ」


 ふっと冗談めかして言われて、心臓が早鐘を打ちはじめる。

 少しずつ――少しずつ、カルロの言葉を理解して、頬に熱が灯るのが分かった。


「だから、シャロン。――俺と、結婚してくれないか?」


 旋律が高く昇りつめていくのに合わせて、腰に添えられた手がほんのわずか引き寄せられる。半歩にも満たない距離が縮まっただけなのに、世界のすべてがカルロの体温の側に傾いたような錯覚がした。


「そんな――そんな……だ、駄目です……」

「なんでだ。何がダメなんだ?」

「そんな――だって、私――私は、貴方に、何もあげられない――」


 夢みたいな現実に浮かされそうになる頭を振って、必死に言葉を紡ぐ。

 カルロが与えてくれるものに対して、私が彼に提供できるものが、何もない。

 フロスト家は、昔ほど盤石な家ではない。カルロと親しい兄は、今や帰って来るかどうかもわからない。

 私と結婚などしたら、彼に自由はない。慣れない領地運営をさせて、縁もゆかりもない領地に縛り付けさせて――彼の輝かしい魔法職としての未来も水の泡にさせてしまう。

 カルロが私と結婚する”利”なんてどこにも――


「別に、何もいらない。――世界一惚れてる女と結婚できるんだ。それ以上、何が必要だ?」

「~~~っ……!」


 顔から火が噴き出す。

 初めて聞くカルロの気持ちに、動揺のあまりステップすら危うくなる私に、カルロは呆れたような顔をした。


「お前、まさかとは思うが――本気で、何も気づいてなかったのか?」

「っ……そ、そんな――だって、『ビジネスの関係』って――」

「なんでそんな、ちゃんと出逢う前の発言を未だに覚えてるんだ。確かにアルヴィンに、絶対に口説くなって言われてたが、あんなにわかりやすくアピールしてただろう? 贈る花だって、わかりやすい花言葉ばかり選んでたつもりなんだが」


 知らない。――知らない、気づくわけがない。

 恋人へ贈るような甘ったるい花言葉の花々が贈られてくるたびに、これが私に向けられた言葉だったら良いのにと夢想したことは何度もある。

 だけど、それが――本当に、その通りだったなんて。


「馬鹿馬鹿しい。当たり前に気づいてるくせに、気持ちがないから素っ気ないふりをされてるんだと思ってたぞ。その上で、こっぴどくフラれたんだと思ってた」

「そ、そんな……そんなことは――」

「こんなに赤くなって動揺してくれるんなら、アルヴィンのいない間に、もっと早く言っておけばよかったな」


 カルロはぐっと私の腰を引き寄せて、熱く囁く。


「――好きだ、シャロン。初めて逢ったときから、ずっと」

「っ……」

「シャロン以外、考えられない。だから――俺と、結婚してくれないか?」


 厚い胸板に抱かれるように耳元で囁かれて、これまで抑えてきた気持ちが一気に溢れる。

 父の言葉が、耳の奥で蘇った。


『お前が、この男と生涯、一緒に生きていきたいと思った男を、選びなさい』


 もしも本当に、そんなことが許されるなら――


「っ……はい……! よろしく、おねがいします……」


 懐かしい香りと温もりに包まれて、私は喜びの涙に濡れた声で、頷いたのだった。


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