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【連載版】竜の器と囚われの贄姫  作者: 神崎右京
第六章

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第65話 クイズ (Side:シャロン)

「では最後に、クイズを出そう」

「……クイズ?」

「あぁ。もしも、ファーストダンスを次の三人から申し込まれたら、誰を選ぶ?」


 男尊女卑が根付くこの国で、女性からダンスを申し込むのはマナー違反だ。格上の家の男性から誘われたら、女性は必ず相手をしなければいけない。女性が相手を選べるのは、複数人から同時にダンスを申し込まれた時だけだ。つまり婚活中の女性は、”利”にならない男から誘われないように振舞いつつ、意中の男性の気だけを引いてダンスに誘わせなければ、機会も作れない。


「私が、三人もの殿方から、同時にダンスを申し込まれることなどあるでしょうか?」

「……三人じゃ効かないかもしれないぞ」


 父の親馬鹿な発言は、仰々しい名乗りと共に貴族たちが入場を始めていくのにかき消された。少しずつ列が動く中、父はクイズを続けた。


「まずは一人目。フロスト家が交流をほとんど持てていない同格の――例えば、東部貴族あたり――」

「ガードナー家などでしょうか?」


 貴族名鑑に載っている東部貴族の名前を思い出しながら告げると、父は頷く。

 東部は国境を守る軍事の要だ。機密を扱うことも多く、よそ者を嫌う閉鎖的な風土と聞いたことがある。

 ガードナー家は歴史ある貴族だが、どの貴族とも慣れ合わず、社交の場にも滅多に出てこないことで有名と聞いた。


「あぁ。ダンスを申し込んできた相手は最近、領地戦で名を挙げた功績で叙爵されたばかりの元平民。ただし叙爵の際に後ろ盾になったのはガードナー本家だとする。領地は持たないが、ガードナー家との繋がりは密接で、本人もガードナーを信奉している」

「ぅ……なるほど」


 さすが父。実際にいそうな――そして判断に迷いそうな、絶妙なラインを突いてくる。

 これまで交流がなかったガードナー家との縁を紡げるならば、軍事力の乏しいフロスト領にとって”利”が大きい。各地で恐化現象が広がる今は、ガードナーの後ろ盾を利用できるのはありがたいし、お兄様を元に戻す方法が見つかった時にも協力を仰げる可能性がある。

 だが――どの貴族とも慣れ合わないガードナーの息がかかっている男が、私にダンスを申し込むなど、絶対に何か裏がある。

 手酷く裏切られる可能性も十分にある。何せ、元平民だ。いざとなれば、蜥蜴の尻尾を切るように使い捨てても、ガードナー家本体は痛くも痒くもない。

 

 ”利”を考えれば即座に手を取りたいが、リスクを考えれば躊躇する――そんな、絶妙な相手だ。

 私は仕方なく次を促す。


「二人目は、どんな方ですか?」

「中央貴族――宰相や大臣クラスの有力貴族――の、三男坊。領地は持たないが社交界に顔が広く、幼いころから地方の有力貴族に婿入りすることを前提に教育されてきたため、領地運営の能力も申し分ない」

「まぁ……!それならば――」


 三人目が誰であれ、迷う必要はない。私は二人目を選ぶと答えそうになり――


「だが、致命的なまでに女癖と性格が悪く、これまでに何度も様々な家と婚約しては破談を繰り返している」

「ぅ゛っ……」


 喉元まで出かかった言葉は、うめき声と共に掻き消えた。

 それは――困る。

 愛がほしいとかそういう話ではない。他で作った子供を認知しろだの、家を継がせるだのと言われてはたまったものではないのだ。他の女から持ち帰った病気を移されても困りものだ。性病には遺伝するものもある。


「そして三人目は――」

「まだ続くのですか……」


 父のいやらしい選択肢にげんなりして呻く。

 贅沢を言える立場ではないとわかっている。そして、これは実際この後の夜会で起きうる取捨選択なのかもしれないとも。

 だから父はこうして極端なシミュレーションをしてくれているのだろう。

 ありがたいが、気落ちするのは避けられない。諦めて三人目の候補を促すと、父は少し苦笑した。


「三人目は――フロスト家よりも家格が上の大貴族の分家。ただしその中でも末端の末端の男」

「ぇ……?」

「名前だけを借りているような末端で、社交界においては権力はないに等しい。人脈もほとんど持たない。領地も持たない。何とか貴族位だけは持っている、吹けば飛ぶような存在」

「……」

「本人も、貴族として名を立てようなどと思ってはおらず、将来は優秀な頭脳を生かして魔塔にでも所属し、研究者として生きていこうと思っていたとする。今日も、かろうじて貴族位を持っているから呼ばれただけで、義理で顔だけを出して誰ともダンスは踊らずすぐに帰るつもりだった」


 ぱちぱち、と眼を瞬く。

 あまりにも――あまりにも、他の二人との落差が激しい。

 そんな男と私が縁を結ぶ”利”など、一つもない。迷う要素など、微塵も見当たらない。

 怪訝な顔をした私に、父は吐息だけで笑った。


「だが――会場で見たお前に、一目惚れをしたと言う」

「……な……」

「一世一代の恋だと言って、生涯お前だけを愛し、必ず幸せにすると――そのためにはどんなこともするから、と熱意を持ってお前を口説く男だ。……さぁ、誰を選ぶ?」

「そんな……」


 私は思わず絶句する。

 これは試練なのだろう。本番前に、フロスト家に相応しい相手を選べるかどうかを問われているのだ。


 仕方なく私は一生懸命考える。


「まず……絶対にありえないのは三番目の男です」

「ほう。……なぜ?」

「なぜ――って……その方の魅力は、魅力になりえません。愛、などと……そんなもの、女当主の伴侶として必要な要素ではありませんから」


 二人目のような種蒔きのリスクはゼロかもしれないが、それなら一人目にも言えることだ。それ以外の"利"が何もない以上、三番目を選ぶ理由がない。


「”利”だけなら、二人目と言いたいところですが、代償が大きすぎます。それなら、どう考えても怪しいですが、目を光らせるという前提で、総合点が高い一人目の男を――いえでも、全く交流のないガードナー家ですから、不審な点にすぐ気付けるかどうか……」


 うんうんと唸る。いつの間にか列は進み、名前を呼ばれるすぐそこまで来ていた。


「申し訳ありません。正解を教えてください」


 降参して父を振り返る。時間切れだ。

 しかし父は、柔らかな笑みを浮かべて首を振った。


「このクイズに、正解などないよ」

「え……?」

「もしあるとすれば、一つだけ――」


 父はそっと私の頬に手を添えて、慈しむように告げる。


「お前が、一番魅力的だと思った男を――お前が、この男と生涯、一緒に生きていきたいと思った男を、選びなさい」

「――――」

「どんなメリットもデメリットも、清濁併せ呑む気持ちで受け入れればいい。若い二人に足りないことは、私も補おう。知っているだろう? 私たち家族は、皆、シャロンに甘いんだ」

「な――」


 父の悪戯っぽい言葉に、思わず絶句する。

 何を――何を、言っているのだ、この男は。

 そんなことが、許されるはずない。


 だって――私が世界でたった一人、生涯を共に生きていきたいと思った男はもう――


「フロスト家当主、カーティス・フロスト卿と、御息女シャロン・フロスト嬢のご入場です――!」


 名前が呼ばれ、夜会会場に続く扉が大きく開け放たれる。

 父親の顔から貴族の顔になった父の横顔にぐっと口を閉ざし、泣きたくなるような気持ちを押し殺して、私は、煌びやかな会場へと足を踏み出した。


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