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わたしにできることがあるなら 1

「……おはよう、ございます?」


 わたしは、豪奢な馬車に乗るアデラインさまを見上げて言った。


 不本意ながら、もはや慣れてきている自分がいる。


 昨日の夜、ベッドに横になってもアデラインさまのことを色々と考え込んでしまい、結局明け方になっても眠れなかった。


 登校するにはだいぶ早い時間だが、歩きながら考えをまとめようと思い、身支度を整えて下宿の玄関を出たところだった。


「ご機嫌よう」


 アデラインさまは、馬車の上からわたしを見下ろしている。


 そばに控えている御者にちらりと目を向けると、どうぞ、と手を差し出して乗車を促してくれる。


 わたしはためらったものの、覚悟を決めて乗り込んだ。


 馬車の柔らかい座面は座り心地抜群だが、わたしの心はまったく休まらない。


 馬車が走り出し始めてからしばらくしても、アデラインさまは言葉を発しなかった。


 重苦しい空気が馬車の中に流れる。


 わたしはアデラインさまをちらりとうかがい見る。


 じっと外を見つめたまま、微動だにしない。何かを考えているようにも見えるし、通り過ぎる景色にただ目を向けているだけのようにも見える。座っているだけなのに、アデラインさまの美しさをもってすると一枚の絵になる光景だった。


(今さらだけど、先週のあの独り言の暴言がじつは夢でしたって言われても、信じちゃうな……)


 自分の耳でたしかに聞いたはずだったが、目の前の淑やかな令嬢があの言葉を吐いたとはいまだに信じられない。


(はっ……! これってわたしが誰かに話しても、アデラインさまがそんなこと言うわけないって白い目で見られて、逆に名誉毀損(めいよきそん)とかで訴えられるパターンじゃない⁉︎ あわわわ……、あり得る、ものすごくあり得る!)


 わたしはとんでもないことに気づき、真っ青になる。そのとき、


「……あの、リゼ嬢」


 小さな声でアデラインさまが言葉を発した。

 ゆっくりと顔をこちらに向けて、わたしを見つめる。


 その瞬間、わたしは思わず、ハッと息を呑む。


 見たことのない表情だった。


 アデラインさまはあまり感情を表に出すことがないというのは、学院の生徒の中でも有名な話だ。


 鋭い視線を向けたり、時折淑女らしく微笑んだりすることはあるものの、同年代の令嬢たちのように楽しげに笑ったり、頬を染めたりするところは誰も見たことがないらしい。


 これまで接点のほとんどなかったわたしですら、ここ数日接していてもそれが事実だと理解できるほど、アデラインさまの表情はほとんど変わらなかった。ある意味、それほどまでに完璧な淑女を体現している方だと言える。


 しかし、今わたしの目の前にいるアデラインさまは眉尻を下げて、視線を左右にさまよわせ、まるで不安に押しつぶされそうになっている迷子の少女のようだった。


 品のよい唇は薄く開き、指先を何度も動かす様子は言葉を探しているようにも見える。


 しばらくして、アデラインさまはわたしをまっすぐ見つめると、真剣な表情で言った。


「……迷惑なのはわかっているわ。でも卒業パーティーまでは、そばにいてくれないかしら」


 卒業パーティーとは、夏の半ばの時期、第三学年が学院を卒業する際に毎年行われるパーティーのことだろう。あと半年もすればその時期を迎える。


 わたしはわけがわからず、ただアデラインさまを見つめ返す。


 アデラインさまは言いにくそうなそぶりを見せたあとで、何かを決心したように、


「……こんなこと言っても信じてもらえないと思うけれど、わたくし前世の記憶があるの」


「──⁉︎」


 あまりに予想外の展開に、わたしは言葉を失う。


 アデラインさまを凝視するが、その表情はわたしをだまそうと嘘をついているのでも、冗談を言っているのでもないことははっきりわかる。


 わたしは考えをめぐらせたあとで、

「……なぜ、それをわたしに?」


 信じられないが、もし本当にアデラインさまが前世の記憶を持っているなら、とんでもない秘密だ。それをなぜ、まったく接点のなかったわたしに打ち明けるのかがわからない。


 アデラインさまは小さく息を吐き出すと、


「そうね、そう思うのは当然だわ……。それを説明するには、わたくし自身のことを伝える必要があるわね……」


 そう言って、静かに語り始めた。



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