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突然のお誘いは好意? それとも……? 1

 その日の午後の授業がすべて終わった放課後。


 昼間にはアデラインさまたちとの昼食という予想外の出来事があり、今後どうすればいいのか悩みすぎて、午後の授業はあまり頭に入ってこなかった。


 わたしはいつものように王立図書館の仕事に向かうため、急ぎ早に教室をあとにする。


 できることならこのまま帰って、現状分析と対策を至急練りたいところだが、仕事を休むわけにはいかない。


 廊下は授業が終わった解放感で、楽しげな声でざわざわとしている。


 それとは対照的なほど沈んだ気持ちで、わたしは無意識にはぁっと大きなため息を漏らす。早歩きで廊下を進んでいると、ふいに肩が誰かにぶつかってしまう。


 慌てて振り返ると、そこにいたのは同じクラスの男子生徒だった。


「すみません、スミスさん!」

「いや、大丈夫。こっちこそごめん」


 わたしがすぐさま謝ると、相手は気にしていない様子で微笑む。分厚いレンズの眼鏡をかけているため、なんとなくぼんやりとした印象だ。


 第二学年進級後の途中に入学してきた子爵家出身の人で、なんでも子どものころから見識を広げるために周辺諸国を回っていて入学が遅れたと聞いている。

 わたしとはあまり関わりはないが、落とし物を拾ってくれたり、重たい物を持っていると手伝ってくれたりするので、優しい人なのだろうと思っている。


(そういえば、なんでそんな眼鏡かけてるんだろう……?)


 今は分厚いレンズの眼鏡のせいで隠れてしまっているが、初対面のときは思わずまじまじ見入ってしまうほど整った顔立ちをしていたはずだが。


「あ、そうだ、ヨークさん、ちょうどよかった、あの……」


 そうスミスさんが言いかけたとき、それまでざわついていた廊下の雰囲気ががらりと変わった気がした。


 視線を上げると、廊下の向こう側には何かを遠巻きにするような人垣があり、その誰もが興味津々といった様子でヒソヒソとささやき合っている。


(……なんだろ?)


 そう思っていると、一瞬人垣が割れ、その隙間から見えた思いがけない人物にわたしは目を見開く。


(──ア、アデラインさま⁉︎)


 生徒が主に使う学院の建物は、中庭の周りの三方をぐるりと囲むようなひと続きの造りになっていて、学年ごとに正面、左側、右側の建物のいずれかに分けられている。そのためよほどの用事がないかぎり、学年の違う生徒が別学年の建物の区画に足を踏み入れることはない。


 それなのに第二学年が使用する右側の建物、そのちょうど区画が変わる境目の廊下の端に、アデラインさまが何かを待つようにたたずんでいたのだ。


 廊下にいる令嬢たちは羨望の眼差しで控えめながらも黄色い声を上げ、令息たちはアデラインさまの美しさに釘付けになっている。


(あー、そりゃあ、みんな見ちゃうよね。でもアデラインさまはなんであんなところに?)


 わたしが首を傾げていると、アデラインさまがすっと顔を上げた。


 なぜかわたしのほうでぴたりと視線が止まる。


 わたしは左右を確認する。アデラインさまの知り合いでもいるかと思ったのだ。


 しかしそうではなかった。


 アデラインさまは、姿勢よくカツカツと靴音を響かせてわたしに近づくと、

「ついてきてちょうだい」

 と一言告げると、すぐさま背中を向けて今来た道を戻り始める。


「え、わたし⁉︎ ま、待ってください!」


 わたしはわけがわからず、声を上げるがアデラインさまは立ち止まることなくどんどん遠ざかっていく。


 アデラインさまの姿勢のよい背中と目の前のクラスメイトのスミスさんを交互に見やり、

「ええーと、ごめんなさい、スミスさん! じゃあ、また!」

 悩んだあげくそう言い残して、急いでアデラインさまのあとを追った。


 混乱するわたしをよそに、しばらくして着いた先は学院の正門前だった。


 そこには一際豪奢な馬車が停まっている。


「あの……?」


 わたしは隣に立つアデラインさまにうかがうような視線を向ける。


(なんだろう、馬車自慢とかかな。まさかね)


 すると、馬車のそばに控えていた御者がすっと馬車の扉を開け、アデラインさまを中へと促す。


 馬車に乗り込んだアデラインさまはわたしに目を向けると、「どうぞ」とわたしを誘導するように言う。


 わたしはますます混乱する。


(……新手の拉致(らち)、とかじゃないよね⁉︎ もしかしてこのままひと気のない森の中に捨てられるとか⁉︎ も、もしくは水路に投げ落とされるとか──⁉︎)


 アデラインさまはやや眉間にしわを寄せる。


「乗らないのかしら」


 わたしはハッと意識を戻すと慌てて、

「あ、あの、すみませんが、わたしはこのあと用事があって!」


「……用事?」

 アデラインさまは怪訝げな表情で訊き返す。


「あの、えと……、わたし、放課後はいつも、そこの王立図書館で雑用の仕事をしてまして」


 わたしは指先で図書館を指し示す。


 仕事のことは学院に申し出て特別に許可をもらっているので咎められることはないはずだが、それでもいたずらが見つかった子どものような心境になる。


 アデラインさまは何やら思案するそぶりを見せたあとで、

「そう……。いつ終わるの?」

 と尋ねてくる。


「えと、夕刻の鐘が鳴るまで、ですが……?」

「では、待つわ」

「え⁉︎ む、無理です!」

 わたしは思わず声を荒げる。


 しかし、アデラインさまはまったく表情を変えず、

「なぜ? 馬車で送るわ、そのために声をかけたのだから」


「……送る? 馬車で?」


 アデラインさまはさも当然といった様子で、

「ええ、そうよ。それ以外にないでしょう?」


 わたしはぽかんとしたあとで、うーんと頭を悩ませてから、恐る恐る尋ねる。


「あの、確認までなのですが……、馬車で送ろうと思って、わたしに声をかけてくださったんですか?」


「ええ、だからそう言ってるじゃない」


「はぁ……、なんだ」

 わたしは盛大に息を吐き出す。


(拉致されるかも、なんて考えてすみませんでした……)


 心の中で深く謝ると顔を上げる。


「あの、大変ありがたいお申し出なのですが、アデラインさまにお手数をおかけしてまで送っていただく必要はありません。それに、わたしの仕事が終わるまではだいぶ時間がありますし……!」


 わたしは必死に説明する。


 アデラインさまは、しばし考え込んだあとで、

「では、明日は? 何か予定はあるのかしら?」


「……明日? ですか??」

 わたしは訊き返す。


 授業がある曜日は今日までで、明日からの二日間は休日になる。だがわたしの場合、平日の放課後だけでなく、明日の休日の午前中にも図書館で仕事をしている。そのことを伝えると、


「明日の午前中は忙しいのね。わかったわ」

 アデラインさまは、ひとり納得するように頷いた。


(何が、わかったんだろう……??)


 わたしは不安になるが、仕事の時間が迫っていることを思い出し、


「あの! すみません、もう行かなくては! じゃあ、ここで失礼いたします」


 アデラインさまに頭を下げると、あいさつもそこそこに駆け出した。



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