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第36話 突然の襲来



 学校から帰って来て部屋の中に入るとジャコウの香りが部屋に漂っている。


 この香りは春陽にとって懐かしい匂いだった。


 中学生の時に憧れの女性だった睦美さんが付けていた香水の匂いだ。


 部屋の中には睦美さんの影はない。たぶん春陽を驚かそうとして隠れているのだろう。



「睦美さん、隠れてもダメですよ。俺にはわかります」


「やっぱりー! 春陽君には見つかるかなって思って期待してたんだけど! 見つけてくれて嬉しいわ! この香りを覚えていてくれたのね!」



 空き部屋から出て来た睦美さんは、相変わらず妖艶な大人の女性の色香を放っている。


 少し垂れた目元に泣き黒子が可愛い。和風美人だ。


 睦美さんはカットソーのニットシャツにスキニーパンツを履いている。


 艶々した漆のような艶やかな黒髪のストレートが美しい。


 春陽にゆっくりと近づいてきて、春陽の首に抱き着いてハグをする。


 睦美さんの大きな胸が春陽に当たり、春陽は顔を赤くする。



「もう春陽君は私の息子。私は春陽君のママだから、皆の前でも春陽君に抱き着けるわ」


「いやいや、睦美さん、ちょっと待とうね。睦美さんは確かにお継母になったけど、睦美さんの年齢は27歳だよ。まだお姉さんって呼べる歳なんだから若い男子に抱き着いてはダメだよ」


「ムー! 中学の時の春陽君はそんな生意気は言わなかったわ。睦美さん、睦美さんって私の後に付いて来て可愛かったのに」


「あの頃は睦美さんに憧れていたからだよ。今は父さんの奥さんだから。そんなことするとおかしいでしょ」



 睦美さんが口を尖らせて、春陽に抱き着いてくる。



「私が継母になったのは春陽君のママになりたかったからよ」



 おいおい、父さんが聞けば卒倒するようなことを言わないでほしい。


 それに今の発言を綾香が聞いたら、変な誤解をされてしまう。



「睦美さんがママになってくれたのは、すごく嬉しいよ。自慢の美人ママだから」


「そう言ってくれてありがとう」


「今日は何をしに来たの?」


「敦さんが浮気した!」


「はぁ?」



 ワンモア・プリーズ



「敦さんが、また悪い癖を出して浮気したの。まだ私、妊娠したばかりなのに! 少し、エッチするを控えたら、浮気されちゃった。 敦さんのお〇〇〇は元気過ぎるのよ!」



 父さんのお〇〇〇の元気なことを春陽は聞きたくなかった。


 ポケットからスマホを取り出して、父さんに連絡をする。


 すぐに渋い声が聞こえてきた。



『父さん、今、睦美さんが来てるんだけど、父さん、また変なことしてないか?』


『何を言ってるんだ。俺は何もしてないぞ。今日は睦美は春陽の様子を見たいと言って、お前のマンションへ出かけて行ったぞ』


『今、睦美さんから聞いたんだけど、浮気したらしいね!』


『な、なにを言ってるんだ!それは睦美の誤解だ!ただの接待でクラブに飲みに行っただけだぞ!』



 父さんの声が震えている。完全に黒だ。


 睦美さんの顔を見ると睦美さんの目が吊り上がっている。


ちょっと怖い。


 睦美さんが春陽の近くで小さな声で情報を流す。



「相手は22歳の女子大生らしわ。クラブの女の子で愛理アイリちゃんって言うらしいの。寝言で言ってたから確かよ」


『父さん、クラブの愛理ちゃんにお熱らしいね! 22歳の女子大生だって! 段々と年齢が若くなってるじゃねーか! もう病気だよ!』


『その愛理と言う子はクラブの子で、まだ手を出していない!』


『まだって言うことは、手を出す気満々じゃねーか!』



 小さい声で睦美さんに父さんがまだ愛理ちゃんに手を出していないことを伝える。


 睦美さんは少しホッとしたような安堵の顔になる。



『俺から睦美さんに謝っておくけど、父さんも睦美さんを大事にしてくれよ。睦美さん、妊娠してるんだぜ。何かあったら、父さんを捨てるぞ』


『どういう意味だ? 春陽は俺の息子じゃないか?』


『睦美さんに養子縁組してもらって、父さんとは縁を切ってやる!』


『待ってくれ! それだけは勘弁してくれ! 父さんを独りにしないでくれ! 絶対に浮気はしないと誓う! だから春陽、俺を捨てないでくれ!』



 春陽の父、敦は春陽に捨てられることが世の中で1番に怖いと思っている変わり者である。


 小さい時から割り切りの早い春陽は父の性癖を諦めていた。


 そのことから父の敦は、世の中で1番、自分の理解者は春陽だと勝手に思い込んでいる。



『俺は父さんみたいにならないからな。浮気はダメ。睦美さんは俺の継母でもあるんだ。今度からは睦美さんの味方をするからな』


 そう言って一方的にスマホを切る。


 睦美さんは嬉しそうに微笑んで春陽に抱き着く。



「そういう浮気をしない所は敦さんより、春陽君が好き。今回は敦さんより私の味方をしてくれてありがとう」


「父さんも未遂みたいだから許してあげてくれるかな?」


「春陽君の頼みだし、未遂だから、今回は許してあげるわ」



 睦美さんは花が開いたように笑顔を咲かせる。


 よほど父さんの浮気を心配していたのだろう。


 父さんは女癖が悪い。そのうえ、なぜかモテる。そのことを父さんも知っているだけに質が悪い。



「今日はどうするの? もう帰る?」


「春陽君と会ったばかりだから、今日は泊って行こうかしら。春陽君とも久しぶりに話もしたいし」


「わかった。彼女の綾香を紹介するからね!」


「え! 春陽君に彼女がいるの! せっかく、継母になれたのに!」


「睦美さんと年齢が近くて24歳だから、気が合うと思うよ」



 春陽は自慢するように微笑む。



「私と3歳違いなんて……そういえば春陽君、年上好みだったものね。敦さんと正反対。まだ、その癖、直ってなかったんだ?」



 人の性癖なんて、簡単に直るものではない。春陽は睦美さんを見て思う。


 睦美さんは継母になって一段と落ち着きがでて、美しくなったと思う。


 綾香も年齢を重ねる度にきれいで美しくなっていくのだろう。


 春陽はそう考えて、早く綾香が年齢を重ねないかなと考えていた。


 かなりの重傷である。


 ただ、趣向性が正反対なだけで、実は良く似ている父子であった。


 しばらく、リビングのソファに座って、紅茶を飲んで睦美さんと楽しく談笑をする。


 玄関のドアが開き、綾香が帰ってきた。


 そして睦美さんを見て、綾香が鞄を落とす。



「イヤーー! 春陽君が浮気してるーー!」



 慌てて玄関に駆け寄り、綾香の両肩を持って、春陽は冷静に語る。



「信じてもらえないかもしれないけど、父さんの新しい奥さんだよ。名前は睦美さん。俺の継母だ」



 睦美さんがソファから立ち上がり、軽く会釈をする。



「継母の睦美です。あなたが綾香さんね。春陽君の彼女って聞いています。よろしくね」



 綾香は目を点にしたまま、動揺を隠せない。まだ口をパクパクさせている。


 そして春陽と睦美さんを何度も見返して、春陽の瞳をじっと見つめる。


 綾香の瞳は「本当?」と語っている。


 春陽は黙って何度も頷いて、微笑む。



「良かったーー! 私、捨てられると思っちゃったーー!」



 春陽は綾香の腰を抱いて首筋に顔を埋める。



「俺が綾香を捨てるはずない。世界で1番大好きだよ」


「ハワワ! お母さまの前で恥ずかしいです!」



 睦美さんは微笑ましそうに綾香と春陽を見ている。



「可愛い、彼女さんね。春陽君が夢中になるのもわかるわ。春陽君のストライクゾーンにピッタリだもん」



 綾香は緊張した様子で、リビングへ歩いて行き、睦美さんの前で三つ指をついて正座をする。



香坂綾香コウサカ アヤカと申します。春陽君の学校の担任をしています。よろしくお願いいたします」



 睦美さんの笑顔が固まる。



「担任の先生?」


「はい! 担任です!」



 睦美さんがゆっくりと春陽の方向へ首を回す。



「春陽君、どういうことかしら? 担任の先生だなんて聞いてなかったわよ!」


「別に好きになったのが、たまたま担任の先生の綾香だっただけだよ。狙ったわけじゃないよ」


「そういう所は、お父さんと一緒なのね……」



 父さんと一緒にされるのは心外だな。 あんなに手は早くないぞ。


 睦美さんが綾香に問いかける。



「春陽君と交際を始めたのはいつから?」


「私が担任になって、すぐですから、約2カ月前ですね」


「手が早いのも父の敦さん似なのね」



 まだ手を出してない。キスだけだ。



「ちょっと待って! 父さんとは違う!」


「担任の先生に、会ってすぐに手を出すなんて、敦さんそっくりです。敦さんも私に手を出したのは私が秘書になって1週間でした」



 スゲー早業だな。



「俺はまだキスしかしてない! 手を出してない!」


「同棲していたら同じです! 変なところで敦さんと争わないの!」



 春陽は初めて父、敦と自分が似ていることを他人から指摘された瞬間だった。


 父、敦よりもマシな人間になろうと努力していた春陽にとって、とてもショックな出来事だった。


 綾香はニッコリと微笑んで睦美さんを見る。



「春陽君のお父様って愉快な方なんですね。今度、一緒にお食事でもしたいです」



 睦美さんがその言葉を聞いて、真剣な顔になる。



「綾香さんは春陽君のお父さん、敦さんに会うのは禁止。だって敦さん年下好きですから、綾香さんのことを絶対に気に入るわ」



 春陽も慌てて綾香を止める。



「綾香、父さんと会うのだけは絶対にダメだ。綾香が30歳を超えたら会わせる。それまでは絶対にダメだ。危険すぎる」



 春陽は父、敦の危険さを身をもって体験してきている。あの父親は危険だ。



「ハワワワ、何だかわかりませんが、わかりました」



 睦美さんが笑顔で綾香に話しかける。



「綾香さん、私は27歳だけど継母です。だから私と仲良くしましょう。一緒に晩御飯を作りましょう。今日は泊って行っていいかしら?」



「はい! お母様、喜んで!」



 綾香が寝室へ入って、部屋着に着替える。そして、2人はキッチンに立って楽しく料理を始めた。


 後ろから綾香に近づいた春陽は、綾香を後ろから抱きしめて、いつものようにお腹を撫でる。


 あー、落ち着く。至福の一時だ。



「あら、春陽君もお腹を撫でるのが好きなの。敦さんも私が料理していると、いつもお腹を撫でてくるのよ。やっぱり親子ね」



 その言葉を聞いた春陽は至福の一時から墜落した。


 あの父さんにそんな癖があったなんて! 絶対に似たくなかったのに!


 しばらくすると、リビングのテーブルにコンロが置かれ、鍋をセットする。


 そして砂糖と醤油で肉を焼いて下味を作っていく。


 今日はすき焼きだ。


 玄関の扉が開く。



「今日はすき焼きなのー! ラッキー!」



 京香先生が目を煌かせてリビングへ入ってくる。


 京香先生はいつものように妖艶な色香を漂わせ、艶やかに微笑む。


 それを見た睦美さんが目を丸くする。


 そして、春陽の顔へ冷たい視線を送ってくる。



「この色っぽい女性の人は誰かしら? 綾香さんが彼女さんのはずよね?」



 あー、これは完全に疑われているな。



「この方は坂本京香サカモトキョウカ先生、綾香の大学時代からの親友で、保険医をしてるんだよ。時々、泊りにくるんだ」



 睦美さんは確かめるように綾香を見る。



「ハワワ! 京香は私の親友です。 春陽君はウソを言っていません」



 京香先生が疑わしい目で春陽を見る。



「この和風美人な女性は誰なの?」


「俺の継母だよ」


「こんな若い継母がいるわけないでしょう。キチンと説明しなさい」



 ややこしくなってきた。


 春陽が助けてと言う目で綾香を見る。



「京香、春陽君はウソをついてないわ。本当に睦美さんは春陽君の継母よ。年齢が若いのはお父様の趣向らしいの」


「息子が年上好きで、父親は年下好き……正反対だけど、すごく似てるわね」



 すごく似てる……今まで父親と似ているとだけは言われたくなかった。


 京香先生は睦美さんの近くまで歩いていくと、ペコリと頭を下げる。



「私は坂本京香サカモトキョウカと申します。綾香の大学時代からの親友です。今はこの2人がイチャイチャし過ぎないように監視しに来ています」


「そうね。担任の先生と生徒だものね。エッチまでしちゃうと、春陽君の年齢だと止まらなくなっちゃうわね。監視をお願いします」



 なぜか京香先生と睦美さんが握手をして、意気投合している。


 睦美さんが京香先生をじーっと見つめる。



「すごく妖艶で煽情的な色気をもっている方ね。春陽君の父親、敦さんには会わせられないわ。絶対に狙われる!」


「そんなに春陽君のお父さんって危険なんですか?」


「危険! 年下好きで手が早くて、年下の好みを見つけたら猛獣よ。京香さんなら絶対に狙われるわ」



 それを聞いた京香先生は、なぜか春陽を見て胸を隠す。


 春陽は父親、敦と同類に見られている。


 とても心外だった。


 玄関のインターホンの音が鳴る。慌てて春陽がインターホンに出ると、渋い声が聞こえてくる。



「父さんだ! 見捨てないでくれー! 俺を1人にしないでくれ―! 春陽、睦美、俺が悪かったー!」



 ヤバい父さんだ。絶対に綾香と京香先生に会わせてはならない!


 睦美さんと目が合うと、睦美さんも真剣な顔をして、春陽に頷いた。

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