━━━案件99 古代文明の遺産は経年劣化と整備不良━━
「マリーナさーーん! モリンちゃーーん!」
セリーネは魔導トラックと並走する魔導バイクのマリーナに、身を乗り出しながら手を振った。マリーナは笑顔とサムズアップで、モリンは前足を振って応じる。
竜司郎とモリンはそれぞれの魔導車を展開し、西風団とメルクス商会のセリーネ、ヴェスタを乗せて廃村カリキルに向かっていた。
ダブルキャブトラックは、運転が竜司郎、前列シートにルークとチャコ。後列シートにマーカス、ヴェスタ、セリーネ。
……セリーネは竜司郎の隣を熱烈に希望したが、体格の大きいルークとヴェスタを前後に分けるためと、ヴェスタがセリーネを護衛する必要性、そしてルークとチャコに運転技術を教授する、という名目から、それぞれの座席は決定された。
それなら前列シートにヴェスタとセリーネでいいようにも思われるが、セリーネに隣に座られて、運転手の竜司郎と必要以上に接触されては運転に差し支えるのだ。
ヴェスタはそれを察し、西風団と無言のうちに連携を取ってたのである。それでもなお竜司郎の後部座席に陣取ったのは、セリーネの押しの強さと交渉力のなせる業であろう。
セリーネが後部座席で、年頃相応の少女のようにはしゃいでいるのが可愛らしい。もしかしたら、メルクス商会のセリーネではない一人の少女としてのセリーネは、こちらが素なのかもしれない。
護衛団団長のヴェスタも普段の沈着な態度を崩し、目を白黒させながら落ち着かなげに顔を左右にしていた。
廃村カリキルまでの道程は、旧街道を九割がた使用することができるため、交通上のトラブルさえなければ二時間もかからず到着できる。
カリキルは前回の重機練習の時に登録してあるのでナビゲーションシステムのサポートも万全である。
竜司郎は荒天による街道の破損や、土砂崩れを心配していたが、カリキルまでの旧街道は全て青~青緑。トラックもバイクも通行可能な安全色を示していた。実に幸先がいい。
「こんなに軽快に進む魔導車に乗ったのは初めてですわ竜司郎さま!」
セリーネが声を弾ませる。
そう。この世界にはかつてアーク文明という魔法と科学が高度に発達した古代文明が存在していたのだ。
アーク文明は、かつて千年以上の栄華を誇り、現在から千年以上前に滅びた。竜司郎が領都治安長官ローファインに拘束されていた時に、部屋にあった書物から得た知識である。
魔法と科学の融合によって生み出されたものの中には、魔力を動力にして稼働する魔導車も存在していた。それらは僅かながら、冒険者の探索や国家の大規模発掘計画によって発掘され、不完全ながらも現在進行形で稼働している個体も存在するのだ。
「セリーネさんは、魔導車に乗ったことがあるんですか?」
「竜司郎さまの魔導車には及びもつきませんが、皇国学院時代に、貴族の方々のお誘いで、何度か同乗したことがありますわ」
魔導車両は、希少価値が極めて高い発掘遺物である。
厄介なことに、希少な遺物にもかかわらず、魔導車両は大型馬車にも匹敵するサイズである。ゆえに、遺跡やダンジョンから拠点に持ち運べるよう、地上にまで運び出すのが困難なのである。
そのうえほとんどの魔導車両が、魔法紋は散逸、消失、摩耗しており、運よく稼働できても正規の運用は甚だ困難な状態であるのが常であった。
ダンジョンの奥で、折角見つけた魔導車両を運び出せず泣く泣く諦めた、といった冒険者の話は「冒険者たちの鉄板ネタ」として人口に膾炙していた。
そのような希少品の、さらに稼働できる個体を所有しているのだから、流石は皇都の御貴族様といったところか。
ただ、セリーネの言葉通り、彼ら貴族が所有する品質の魔導車をもってしても、竜司郎のダブルキャブトラックには遠く及ばないそうである。
曰く、貴族の邸宅内をほんの一周するだけでも魔力を大量に消費し(エンジンの不具合か?)、走行中に何度も停止し(点火不良か?)、馬車よりも揺れる(サスペンション不良か?)など、かなり散々な代物のようであった。
魔術師ギルドも日々の研究、研鑽を続けてはいるものの、現在の研究レベルでは「発掘したままよりは、いくらかマシ」程度にまでしか修復できないそうである。
「第一、自らの行動と才覚で手に入れたわけではない魔導車両を自慢げに披露されても、私はどう対応していいものやら……」
不満と皮肉を交えてセリーネは苦笑した。
……要するに貴族のお坊ちゃまたちは”パパの車”を持ち出してセリーネをナンパしていたというわけで、それでは自立心と向上心の旺盛なセリーネの心をときめかせることはできまい。
竜司郎はセリーネの言葉に、押し黙ったまま小さく頷いた。
自らの行動と才覚で手に入れたわけではない、という意味では竜司郎のスキルも同様ではないか、と思う。
竜司郎と、モリンが所持する数々の乗り物スキルは、女神さまという超常の存在から与えられた文字通りの”特権的スキル”である。
竜司郎にそのような意志は無かったとしても、その特権的スキルが結果的に、豪商の令嬢の気を引くことになった。
それは、セリーネの気を引けたかどうかの違いなだけで、”パパの車”を持ち出してセリーネをナンパしていた貴族のお坊ちゃまと変わらないのではないか。
貴族のお坊ちゃまたちといえど、権力と財力に胡座をかいて安穏としていられないのは竜司郎とて知っていた。
家格に相応しい品格の獲得、親類縁者との家督相続争い、貴族間の政治的暗闘、同年代貴族との出世競争……。
だからこそ彼らは、アイル・グレスト皇国における最高学府の頂点に君臨する皇国学院に入学し、勉学に励んでいるのではないか。
家門を背負い、民を導く。それにふさわしい者たらんと刻苦勉励する彼らに比べたら、女神さまから下賜されたスキルで、少々人助けをしてちやほやされている自分は、もっと不届きな存在なのではないか。
(細かいことはいいんッスよ! 私たちのスキルで助かった人が大勢いるんスから、それでいいじゃないッスか!)
竜司郎の、いまいち煮え切らない自己評価ぶりに、モリンならそうツッコミを入れてくるだろう。
容易に想像できて、竜司郎はちらりと魔導バイクのモリンを見た。タヌキ用ヘルメットをかぶり、燃料タンクの位置に展開したサブコックピットで楽しげに風を受けるタヌキ。
そしてそのすぐ後ろに座って、前世界風のヘルメットをかぶり、やはり楽しげに風を受けるマリーナ。
(……たぶん、マリーナさんも、同じようなツッコミ入れてきそうだよな)
その時、竜司郎と、マリーナの視線が交差した。ドキリとする竜司郎。マリーナは知ってか知らずか、先ほどセリーネに返したのと同じように、笑顔で親指を立てる。
竜司郎は同じように親指を立てて笑った。
今は運転中だ。細かいことを気にしていては事故につながる。竜司郎は気持ちを切り替えるように、意識して前を向いた。
ロナーシアを出発してそろそろ一時間。休憩と席替えの頃合いである。




