━━━案件97 大海蛇退治と野良猫退治━━━
マリーナは竜司郎の左側に、セリーネは竜司郎の右側に座っていた。
西風団の正メンバー、ルーク、チャコ、マーカスは、無言のうちに連携して、竜司郎の左右を譲るように座ったのだった。
……もっとも竜司郎の右側は、竜司郎の手を取ったセリーネによって、自動的に席を押さえられていたようなものであったが。
向かいの席に、チャコに抱かれたモリンがいて、ニヤニヤ顔で御主人の様相を楽しんでいた。
スマホ念話こそ無かったが、「いや~~、モテモテじゃないッスか、ごっしゅじ~~ん♪」という表情の翻訳は、まず一字一句間違っていないはずだ。
マリーナと同じく竜司郎も、今朝から余計な心労を抱えて手一杯で、いつもなら自らのタブレットを通じてツッコミ返しているところだが、今はその気にもならない。
手こそ組んでいないが、セリーネは今も竜司郎の隣にベッタリなのだ。
「……セリーネさんのお話はよく分かりました。では、我々西風団は、その大海蛇退治を正式な依頼として考えてよい、ということですか?」
セリーネの依頼に、ルークが質問した。西風団暫定メンバーの竜司郎と懇意とはいえ、セリーネとは事実上の初対面であり、依頼主でもある。
ルークの対応は、いつものざっくばらんな口調ではなく、ローズウッド夫妻に仕込まれた礼節に則った、銀級冒険者に相応しいものであった。
「ギルド間の調整は、現在兄のカイロンが駆け回ってくれています。間違いなく近日中に正式な依頼として西風団に指名が入ります。その点はどうか兄の手腕を信頼して下さい」
セリーネはすぐに竜司郎からわずかに離れ、さっきまで竜司郎と手を組んではしゃいでいたとは思えない、落ち着いたたたずまいで応じた。
「セリーネさんのお兄さんは、かなりのやり手なんだルーク。だから大海蛇退治の依頼は、受理したものとして動いていいと思う」
竜司郎のフォローにセリーネは嬉しそうだった。
「分かったリュウ。丁度銀級の依頼が手薄で、どうしようかと思ってたところなんだ。大海蛇退治なら渡りに船ってもんだ、な?」
ルークは左右のチャコとマーカスに同意を促した。
「ですね。話に聞くモリンさんの水上バイクがあれば、海の上で騎馬戦のような戦い方ができるはず。そうなれば大海蛇もずっと確実に退治できます」
「さんせーっ! じゃ早速モリっちの水上バイクの練習にいこ!」
「練習なら廃村のカリキルを使おう。あそこなら天幕じゃなくて、屋根の下で寝泊まりできるし海にも近い。リュウのトラックとモリンのバイクを使えばすぐだ」
盛り上がる西風団+セリーネの作戦会議。
そのすぐ近くのオープン席に、一人の小柄な商人風の男が座っていた。
冒険者ギルドの一階は酒場、飯屋も経営しており、一般人でも利用可能である。
もっともメインの客層はこのギルドを拠点にする冒険者たちで、荒くれ者の多い彼らがたむろする一階ホールで、彼らと隣り合って飲み食いしたいものはそれほど多くない。
そういう意味では彼は目立っていたが、今日は冒険者たちの嫉妬、いや、関心が飛野竜司郎という男に向いていたため、「小柄な商人風の男」は安心して席を確保することができたのだった。
小柄な商人風の男──リルヴィア──は、特等席を確保できた喜びにほくそ笑んだ。つけ髭がわずかに動く。
半個室の中が最もよく見渡せる席から、リルヴィアは視線を走らせた。ここなら読唇術だけに頼らなくても、直接目と耳から情報を得ることが可能である。
(おっけおっけー……。水上バイクの練習場所は廃村カリキル……っと)
自分用にカスタマイズした紙束のメモ帳に黒鉛筆で書き記すリルヴィア。
「……いらっしゃいませ。ご注文は?」
小柄な商人風の男に変装したリルヴィアの接客を担当したのは、ブルネットの髪を丁寧にまとめた中年の女性、イルゼだった。
「あ、エールと焼き物メインでつまみを適当に。この予算で」
変装したリルヴィアは小銀貨を二枚、スッとイルゼに差し出した。視線はキャスケットの下から西風団の口元に注がれ、耳は半個室に向けられたままだ。リルヴィアはイルゼに気づかなかった。
「……かしこまりました」
イルゼはクイッと眼鏡を直すと、カウンターに注文を伝え、若手のフロント係に何事か指示した。それから、そのまま二階へ上がっていった。
……リルヴィアは冒険者ギルドに何度も潜入して有益な情報を得て来た実績があった。
先だってのギルド非公式会議でも、やり手のフロントチーフのイルゼと、大剣のファリソンを見事騙しおおせたのだ。……そう思っていた。
加えてセリーネとの同盟が成立してこの方、竜司郎絡みの情報収集、ジェフトの原稿、情報誌の売り上げ、そして西風団の作戦会議のすぐ横という席まで、上手くいきすぎていたのかもしれない。
普段のリルヴィアなら、情報収集対象に意識を集中しつつも、周囲への警戒を怠らない。若手のフロント係をイルゼが制し、接客を交代した時点で、異変に気づいてもおかしくなかった。
だが、この日は違った。さらなる成功を得んと、作戦会議の内容を聞き取ることに夢中で、目の前の変化を見逃してしまったのだ。
……そしてイルゼは、先だってのギルド会議で、自分とファリソンを騙せたと味をしめたリルヴィアが、再び冒険者ギルドを訪れるであろうことを予測していたのだった。
(……なぁるほど、カイロン兄さんがギルド間を調整して、ボルトン総代理が船、人員、物資を調達するまでの間に、カリキルで合同訓練するってわけね。ってことは日数的には……)
ウッキウキでメモを取るリルヴィア。西風団の半個室へ向けていた視線が、不意に遮られた。誰かが彼女と半個室の間に割って入ったのだ。
「……え? 何?」
顔を上げようとしたリルヴィアは襟をつかまれた。リルヴィアはイルゼに、内職が見つかった生徒のように、そのまま椅子から立たされた。
イルゼの身長は、170センチを超えるマリーナとほぼ同じ目線。対してリルヴィアは160センチに届くかどうかの身長である。その身長差からくる構図は、そのままこの場の力関係をも表していた。
「いたたたた……! ちょっと何すん──あ……イルゼチーフ……」
「わたくしの顔を覚えていてもらえたとは光栄です、リルヴィア記者長」
「「「えぇっ!? リルヴィアさん!?」」」という声が複数、西風団たちがいる半個室の中から聞こえた。
「えぇっと……わたしは、リルヴィアさん、などというものではなく、今日は非番の倉庫番で──」
「冒険者ギルド副マスタ―、ファリソンからの伝言です」
イルゼは問答無用とばかりに、変装したリルヴィアの言い訳を遮った。
「依頼主と冒険者の契約。それは神聖なる魔導契約書によって執り行われます。その神聖なる契約の場で、呼ばれもせんのに嗅ぎまわる野良猫をつまみ出せ、との仰せです」
イルゼの顔は冷静沈着そのものであった。そしてその瞳の苛烈さは、彼女を知る何人かの常連冒険者たちにとって恐怖に値するものであった。常連冒険者たちは揃って目線を逸らした。
「あの……注文がまだ来てないんですけど……」
この状況からイルゼに言い返せるあたり、リルヴィアもただ者ではない。
だが、彼女の抵抗もそこまでだった。若手のフロント係が見計らったように、蓋つきのエールジョッキと、油紙に包まれた焼き物のつまみを持ってきたのだ。
「……ご注文は以上ですね? 出口はアチラです」
イルゼは左手でピシャリと、出口を指さした。




