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━━━案件96 竜司郎 芸能人の心境を垣間見る━━━

 

 モリンの魔導サイドカーに乗って冒険者ギルドへ向かう道中、竜司郎とマリーナはロナーシアの人々の視線が気になった。


 昨日まで特に気にもしていなかった人々の視線や、声掛けやハイタッチに、どこか違った色彩が混じっているようなむず痒い感覚があるのだ。


 もちろん全員が全員、昨日の夕刊記事を知っているわけではないし、全員が全員、昨日の夕刊記事に興味を持っているわけでもないのは分かっている。自意識過剰なのは自覚しているが、かといってこちらが対処できる有効な方法があるわけでもない。


 せいぜい泰然自若を装って、笑顔の仮面で受け流すくらいであろうか。




(芸能人ってスゲエんだな……)




 稀有な才能、華やかな交際、贅沢な私生活……。


 一般庶民が羨む眩いばかりの絢爛な彼らの背後に伸びる影。その影に潜む苦悩や辛労や重圧をわずかながらにも実感して、芸能人に対する認識を少しだけ改めた竜司郎であった。




 いつも手を振ってくる道中の人々に、元気に手を振り返すマリーナの笑顔もどこか硬い。


「いっそ別々に出勤するか」と言った竜司郎の提案に反対したのは他ならぬマリーナであった。




「ここで私たちがいつもと違うことをし始めたら、それこそリルヴィアさんの思うつぼですよ。いつも通り、モリンくんのバイクで出勤しましょ?」




 ……とは言ったものの、である。まさかただの出勤が、このような労苦を強いられる道中になろうとは。




(なるほど、だから芸能人はサングラスをかけているのか)




 いささかズレた感想をいだいて、竜司郎は魔導バイクのスロットルを少しだけ回した。今日の魔導バイク運転担当は竜司郎なのだ。






「「おはようございます」」




 冒険者ギルドに着いた二人と一匹は、覚悟していた以上の視線の強さに耐えるのに、少なからぬ労力を費やすことになった。


 情報の速度と精度が死命を分ける冒険者たちである。当然のことながらロナーシア情報会は冒険者ギルドとも契約していて、件の夕刊が、彼らの”既読”となっているのは一目瞭然であった。




 竜司郎に向けられる冒険者たちの、とりわけ若手の男性たちからの視線が痛い。冒険者ギルドの若手フロント係の何人かからも向けられている気がする。




 そもそも「フィーズ教会の器量佳し」というのが、かつてロナーシア通信が流布したマリーナのキャッチコピー……ではなく人物評価なのである。


 整った容姿、さっぱりとした性格、神依魔法、ディフォード戦闘術という高スペックが揃ったマリーナの魅力は、ロナーシアの男性たちの知るところとなった。


 その結果、冒険者ギルドやフィーズ教会南支部には、彼女に熱を上げた男性たちが押しかける事態になったのだ。


 冒険者ギルドからは”大剣のファリソン”が、フィーズ教会南支部からは”豪拳のマシウス”が出張り、過熱した報道に対する謝罪と鎮静化を促す記事を掲載させて、現在はまず大きな火種になっていなかった。




 それが先日の夕刊で再燃する形になったのだ。


 元をたどれば公私にわたって我田引水を企むセリーネが、ロナーシア情報会きっての敏腕記者のリルヴィアと結託したのが原因なのだが、この時点で彼女たちの不埒な同盟関係を知る者はいない。




 マリーナへの過剰なアプローチは表面上、沈静化しているとはいえ、彼女に対して好意をいだく者、潜在的なファンの数は多い。


 大剣のファリソンと豪拳のマシウスの威風に恐れをなした男どもの間で、いつの間にか、抜け駆けを慎む紳士協定のようなものが結ばれていたのだ。それを竜司郎があっさりと破った形となってしまったのが、今回の夕刊の影響であった。


 しかも竜司郎は、野趣あふれる容姿、恭謙で誠実な性格、多くの乗り物魔法、聖獣との契約者という好条件がそろった魅力的な男性である。


「あの竜司郎なら仕方がないか……」という諦念と、「俺たちの方が先にマリーナと会っているのに……」という嫉妬心がもつれあって、マリーナを取り巻く男どもの周りで渦巻いていた。






「お、おう、リュウ、マリーナ……おはよう」


 半個室の中から手を上げるルークが、どことなくよそよそしい理由はすぐに分かった。




「おはようルーク。……その様子だと、アレ見たな?」


「見た。災難だったな」


 ルークは竜司郎の諦め口調に半笑いで応じた。半個室の奥にいるチャコとマーカスも微妙な表情をしていた。


「まぁ、マリーナさんと仲がいいのは事実だけど、ああも芸能人的な扱いされるとなぁ……」


 困惑したように首をかしげる竜司郎と、トートバッグから顔を出して、マネをして首をかしげるモリン。




 ……身近にいるモリンとしては、人間たちの困惑をよそに、見た目にも性格的にも相性がいいんだから、さっさとくっついてしまえばいいのに、くらいに思っていた。


 まぁタヌキと違って人間の番いというものは、そう単純にいかないものなのかもしれないが。




「行き過ぎるようなら、またマシウス先生と俺が直談判に行ってやるから、な? マリーナ」


「ありがとう兄さま。今のところは大丈夫だから……」


 マリーナは苦笑するしかない。下手に拒否すると竜司郎との関係も否定することになる。かといって全面的に記事を肯定するのもはばかられる。返す返すも巧みな記事であった。




 意外にもルークは、竜司郎とマリーナの関係に、拒否どころか見守るような姿勢を示しているのだった。


 ルークが参加した時の朝のディフォード戦闘術演武など、マリーナ目当てで参加した若者が、下手にマリーナに声をかけられず遠巻きにしているくらいなのだ。


 兄貴分として、竜司郎とマリーナの関係を半ば公認しているようにも見えるが、ルークにも二人の関係に対する不安材料があった。それは……。






「みなさま、おはようございます! 竜司郎さま、おはようございます!」


 セリーネの、音楽的な声が冒険者ギルドのホールに響いた。背後には護衛団団長のヴェスタと、竜司郎が言うところの大番頭さん、総代理のボルトンと手代らしきお付きの若手が二人。


 再びざわめきに満たされるホール。そのざわめきはたちまち大きさを増した。セリーネがざわめきをものともせず、竜司郎に飛びつくようにして右手を取ったのだ。




「みなさまお揃いで丁度良かったですわ! 西風団の皆様、メルクス商会の者として本日ご相談したい仕儀があって参りました」




 丁度良かった理由は、セリーネが手代たちに竜司郎とマリーナの出勤タイミングをあらかじめ確認させていたからである。


 彼女の登場を劇的に演出するための戦略であった。後から竜司郎と出会った立場として、この程度の場外戦略は許されてもいいだろう。


 総代理のボルトンと手代さんたちが、フロントに事情説明に向かうと、セリーネは、メルクス商会と西風団の関係と、竜司郎との親交を公然化するような態度で、来訪の理由を語り始めた。




(背後からの視線が痛いぞ……)




 冒険者ギルドに入場した時は強い視線だったものが、今の視線は明確に敵意と嫉妬を乗せて向けられていた。




(((竜司郎のやつ、マリーナさんだけでなく、豪商の令嬢セリーネさんまで……)))




 男どもが放つ背後からの無言の圧力に、竜司郎は闘争ではなく逃走を決断した。




「セ、セリーネさん……。立ち話もなんなんで、とりあえず席へ……」




 竜司郎は、彼らの視線を避けるように、半個室の奥に身を隠した。



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