━━━案件95 敏腕記者リルヴィアの事実陳列無双━━━
「何よ、これぇ!?」
「何だ、これぇ!?」
竜司郎とマリーナは、同時にうわずった声を上げた。原因はご近所さんが遠慮がちに差し出してきた昨日のロナーシア通信夕刊である。
朝に開催されるフィーズ教会南支部の日課であるディフォード戦闘術演武。その後に開かれる井戸端会議での出来事であった。
今日集まってくれた人たちは、最初から何となく歯切れが悪そうで、それでいてどことなく微笑ましげな気遣いがあって、竜司郎もマリーナも訝ったのだ。
「マリーナちゃんと竜司郎さんが仲がいいのは知ってるけど、ちょっとこれはねぇ……」
「竜司郎さん、あんまり気にしない方がいいよ。ロナーシア通信の芸能・文化面はいつもこんな感じだから」
「東方帝国の情報誌も、こんな感じなのかい竜司郎さん?」
「異国の情報誌だってどこも一緒さ。いい男といい女の噂話が一番花が咲く話題だし」
「またマシウス先生と、ルーク坊やに一肌脱いでもらったほうがいいんじゃないかい?」
ご近所さんの気づかいがありがたい。
野放図に囃し立てられるかと思っていた竜司郎は、先日のメルクス一家に続いてまたしても肩透かしを食った気分だった。
日頃のローズウッド一家へのご近所さんたちの敬意が、このようなところにもにじみ出ていた。
「絶妙な記事ッスよねぇ……。どこにもホレれたハレたなんて書いてないのに、読むとそんな感じに読めるんスから」
モリンが木箱の上に広げられたロナーシア通信の前に胡座(?)をかいていた。記事を見下ろしながら真面目くさって考察している様は、詰め将棋のお題を考えるお父さんのそれだ。
「……とにかく、今度あのリルヴィアさんに会ったら、俺がガツンと言ってやりますよ」
ロナーシア通信を見下ろすモリンを見下ろしながら、竜司郎は腕を組んで勇ましく言い放った。そこへ……。
「何をガツンと言うの?」
やや高いトーンの、はきはきとした明瞭な言葉遣いには聞き覚えがあった。
「リ、リリリルヴィアさん……!?」
先日湾口通りでしてやられ、またしても彼女の神出鬼没にしてやられた竜司郎であった。
流石のマリーナも呆気にとられ、井戸端会議のおっちゃんおばちゃんのざわめきが大きくなる。ご近所さんの何人かは彼女を知っているようだった。
「……リルヴィアさん、なぜこちらに?」
警戒心もあらわに竜司郎が尋ねる。モリンは木箱から降りて半ば身を隠していた。
「昨日の夕刊記事は、私の後輩に書かせたの。で、どんな出来栄えか、直接ネタにした本人たちに会って確認しておこうかな~? と」
臆面もなく言い放つ亜麻色の髪の敏腕記者。竜司郎は大げさに口をへの字に曲げて、鼻息を吹いた。
「丁~度良かったです! その後輩に言っておいてください。こんな根も葉もない記事をばらまいて、マリーナさんや俺のおかしな噂を立てないでください、と!」
ガツンと言ってやった! と、小柄なリルヴィアを見下ろすような竜司郎。よくぞ言ってくれたと言わんばかりのマリーナ。
「……根も葉もないんですか?」
「……え?」
「……え?」
意外なほど冷静な返しに、竜司郎は二の句が継げなかった。マリーナは「速攻で切り返してくるの?」と言いたげだ。
「竜司郎さんとマリーナさんが、(病毒看鑑のみだけど)差し向かいで三鑑定の儀を執り行ったのは事実ですし、それ以来同じ敷地で暮らしてるのも事実ですし、西風団という今を時めく冒険者パーティーに所属しているのも事実ですし、先だっての溝掃除の終わりには互いに『浄化』の魔法をかけあうほどの仲なのも事実じゃないですか?」
「……いや」
「……その」
ぐうの音も出ない竜司郎とマリーナ。
「付け加えるなら、竜司郎さんの皇国臣民証の発行を同行して手伝ったのはマリーナさんですし、竜司郎さんがローファイン卿の所に書類を提出するのに秘書のように一緒だったのはマリーナさんですし、竜司郎さんにヴィクトーリア号救出の後『治癒』をかけてあげたのはマシウス先生じゃなくてマリーナさんでしたよ?」
「…………」
「…………」
(ワンサイドゲームじゃないッスか御主人&マリーナさん……)
モリンはむしろ竜司郎を憐れむような眼で見ていた。さきほどガツンと言ってやると息巻いていた御主人は何処へ行ってしまったのか。
リルヴィアは打ちひしがれる竜司郎とマリーナに、いっそ気づかわし気な笑顔を向けた。
ここらが引き時であろう。あまり追い詰めては教会内のマシウスやルミーナを呼ばれる。ローズウッド夫妻を向こうに回してしまっては、さしものリルヴィアも些か分が悪い。
「さて、あとは若い二人に任せて、年長のお姉さんは退散するとしましょう!」
後輩ジェフトの記事は思った以上の成果を上げたようで、収集した情報を一任したリルヴィアも鼻が高かった。
リルヴィアは、皇都で話題の流行歌を口ずさみながら、路地裏に消えていった。竜司郎とマリーナの面白い様子が、リルヴィアにとっての追加報酬となったのは疑いない。
リルヴィアは去り、フィーズ教会南支部に三呼吸ほどの沈黙が周回した。
「……マリーナちゃん、さすがの私たちでもリルヴィアさんは手に負えないよ」
「あの人、元々皇都でバリバリやってた人らしいし、田舎もんの俺らじゃ、なぁ?」
「とりあえず、今のところは様子見にしておこうかね……?」
「でも本当に困ったら、ちゃんとマシウス先生に相談するんだよ」
並んで立つ竜司郎とマリーナは、何となくお互いを意識しながら、ご近所さんの慰めの言葉を聞いていた。
真摯な心配の言葉を、申し訳なくも曖昧に受け応えながら、今日のディフォード戦闘術演武と井戸端会議は終了したのであった。
フィーズ教会南支部で大暴れしたリルヴィアは、教会からほんの二区画隣の路地裏で、後輩のジェフトと密談していた。予めスケジュールは密に打ち合わせているうえに、お互いが所持する魔導具の双報石で、位置は確認済みである。
「……傑作だったわよ、竜司郎さんとマリーナさんの慌てぶり!」
「ホントっすか!? 俺も力入れて書いたんすよ。リルさんの集めてくれた情報は最高でしたよ!」
童顔を紅潮させて興奮気味に語るジェフト。文面は所々に悪乗りもあったものの、言質をとられず、それでいて取得した情報を適切に利用した記事は、まだまだ伸びしろを感じさせるものだった。
「……特に力入れたところは、このセリーネさんと竜司郎さんが手を組んでる様子で……」
そこまで言いかけてジェフトは、リルヴィアの目線にハッと気づいて、大きめのトートバッグをリルヴィアに差し出した。
「いい感じよジェフト。自制もちゃんとできるようになったじゃない」
「リル姐さんの薫陶を受けてますからね。……それじゃ、今日の第二段階、始めますか?」
トートバッグには変装道具が納められていた。




