━━━案件93 竜司郎の女性観 セリーネの男性観━━━
馬車に乗り込んだ竜司郎とモリンは、メルクス商会総出で見送られ、セリーネとヴェスタと共にフィーズ教会南支部へと帰路についた。
セリーネは彼女の髪を明るくしたような深青色のストールを巻き、竜司郎の隣に座っていた。
(……どうも落ち着かないなぁ)
向かい側にモリンとヴェスタが座っているとはいえ、妙齢の御令嬢が隣に座っているというのは、竜司郎の心を座らせなかった。
行きの馬車ではセリーネが向かい側に座っていたのだからなおさらである。しかも三人掛けの馬車のはずなのに、竜司郎とセリーネの距離は妙に近い。もしや、勧誘の流れはここからはじまるのか……?
竜司郎がセリーネの行動を勘繰り始めた時、
「随分と緊張してましたわね」
セリーネは少しだけ竜司郎に向いて、楽しげに言った。向かいの護衛団団長ヴェスタも、どこか安穏とした雰囲気を漂わせている。
晩餐会は終始、和やかに進み、和やかなまま終わった。メルクス一家の思惑通りにすすんだのが理由なのか、竜司郎とモリンがそつなく応対した成果なのか、その辺りはよく分からない。
しかし、折角招待された晩餐会で、険悪に進んで険悪なまま終わるよりははるかに良い。こうしてセリーネが楽し気なだけで、竜司郎は満足だった。
「ああいう場は苦手で、場数も踏んでいないもので……。お見苦しい所をみせてしまいました」
竜司郎はセリーネの向かいで縮こまった。
嘘ではない。元々苦手なうえ、大森建設時代は若手で、上位者と直接相対する時は必ず大森社長だの部長だのが傍にいてくれた。
OS物流時代は文字通り下っ端で、転生するまでの7年間ずっと地方営業所勤務であったため、社長の顔は写真だけで、役員の顔など見たこともなかった。せいぜい本社からの監査役にすれ違いざまに挨拶した程度だ。
これが同年代のベンチャー企業の若社長あたりなら、競合の社長やら取引先の役員やらと火花を散らしているのであろうが、竜司郎にはついぞその機会は無かった。その割には異世界の業界役員たちにはっきり物申していたわけだが……。
ともかく、竜司郎が自らを小市民と称するのは、自嘲でも謙遜でもないのだ。
セリーネはニコリと笑うと、二呼吸ほど置いて、不意打ちのように身を寄せて来た。肩が触れ合う。近い。
「……勧誘されると思われました?」
馬車内の『光源』に照らされたセリーネの端正な顔。悪戯っぽい笑みを浮かべた魅力的な少女が竜司郎のすぐそばにいた。
竜司郎は誤魔化そうとして失敗した。失敗した理由の三割は、身を寄せて来たセリーネに心を乱されたからである。
「……お察しの通りです」
竜司郎は観念したように頭をかきながら、努めてさりげなく馬車の扉側に身を寄せた。
……竜司郎はこういう時、どうにも女性との距離感が分からなくなる。セリーネと、実年齢が離れているから、という理由だけではなかった。
竜司郎とて前世界で全く女っ気が無かったわけではない。
中学校時代は、彼女というか悪友というか、そんな少女と付き合っていた。高等学校時代にも社会人になってからも、それなりのお付き合いも経験してきた。
だが、どうにも続かないのだ。
見かねたのだろう。「ヒノっちゃんは、流石にもうちょっと空気読まないと」と、割と真顔で注意してくれたのは、セイやんだったかケンちゃんだったか。
竜司郎の根底にあるのは、おそらく両親の相次ぐ死、である。
”人生なるようにしかならない”という、竜司郎の、どこか達観した死生観が確立したのはこの頃だった。
中高生時代、思春期の少年らしく、それなりのお付き合いも、同年代の異性との交際があったにもかかわらず、交際は長続きしない。達観した死生観などでは、夢や希望に心をときめかせる思春期の少女を繋ぎ止められなかったのだ。
両親がいないという事実は、成人してからますます重くのしかかった。
婚約者を紹介することもできない。結婚式で泣かせることもできない。孫を見せることもできない。そんな未来を思えば、男女のお付き合いそのものに、人並みに意味を見出せなくなっていった。
やがて、達観した死生観の、いまいち空気の読めない小市民が、どうにも続かない男女交際を経るうちに、成功体験をはるかに上回る失敗体験を積み重ねてしまった。
以来、竜司郎は何となく女性への積極的なアプローチを避けてきたのであった。
竜司郎のリアクションに満足したのか、セリーネは再び元の位置に戻った。
「不思議なお方ですね、竜司郎さまは」
「不思議……? まぁ……おかしなスキルやアイテムをあれやこれやと会得してますし、へんちくりんなタヌキも相棒にいますし……」
向かい側の席で「そういうとこッスよ御主人!」と、むくれるモリンを見てクスクス笑いながら、セリーネは訂正した。
「いえ、そうではありません竜司郎さま。竜司郎さまは、私が今まで出会ったどの男性とも違う、それもいい意味で違うお方だ、ということです」
セリーネは語る。
かつて出会った子息たち、紹介された殿方たちの大半は、セリーネの知勇と、容姿と、彼女に繋がるメルクス商会の富を求めるあまり、自らを誇示し、虚勢を張り、居丈高に振舞った。
そうではない男性たちは、あまりに卑屈で、阿諛が過ぎ、何より、セリーネと、セリーネの才知を対等に受け止めてくれる者は、ほとんどいなかった。
そして、「これは!」と思った少数の紳士は、セリーネがアプローチをかける間もなく、平民のセリーネではなく、貴族の御令嬢を娶ってしまったのだった。
「……上手くいかないものですね」
竜司郎の、実のある返答はセリーネの心に届いた。そして竜司郎は、心情がうまく伝わったことを喜ぶと同時に、身構えてもいた。この流れは、あるいは交際宣言の前振りか。
「ですので、竜司郎さまと、モリンさまとは、今後ともよいお付き合いをしていきたいと思っております。セリーネのお願い、お聞きいただけますか?」
真剣な表情で竜司郎を覗き込むセリーネ。言葉選びも絶妙だった。いつもは私と言っているところを”セリーネ”と言っているあたりが特に。
男性女性としてお付き合いするという意味にもとれる。モリンにも言及しているのでレアスキルを当てにしているともとれる。ビジネスパートナーという関係にもとれる。しかも、最後の決定はこちらに委ねてくる。
竜司郎は沈黙した。
マリーナといい、リルヴィアといい、このセリーネといい、この異世界の竜司郎と関わる女性は、どうしてこうも強いのだろうか。




