━━━案件90 竜司郎とモリン 豪商のお嬢様に迎えられる━━━
セリーネがアーゾリア海に誓いを語った翌日の夕刻。
フィーズ教会南支部に一台の馬車が止まった。波と帆船と二つの太陽がデザインされた紋章はメルクス商会のものである。
馬車の中からフィーズ教会を見るセリーネ。馬車の来訪に気づいた子供たちが教会の中に駆けていくのが見えた。
セリーネは今一度自らのコーディネートを確認する。
深青色の髪は丁寧に上げ、銀と真珠の髪留めで飾り上げる。
裾の広がりを控えめに誂えたローブ・デコルテに似たドレスは、髪留めの真珠と同じパールホワイト。
大胆に開けたデコルテにはシンプルな銀の首飾りが輝き、深青色の髪を明るくした色のストールが首元と首飾りを際立たせる。足元のヒールはやはりパールホワイトで、恭謙で誠実な竜司郎に合わせて高さを抑えた。
セリーネが航海中に商会の者たちが知り得た竜司郎の情報。ロナーシア通信のバックナンバー。そして短い交流中に感じ取った竜司郎の為人。
それらの情報を基に、竜司郎がチョイスするであろう色を想定して組み立てたコーディネートである。
(……完璧ですわ)
セリーネがパールホワイトを選んだのは、竜司郎が寒色系、後退色系の色をチョイスする、という予測であると同時に、フィーズ教会の濃紺の法衣……つまり、マリーナに対するものでもあった。
竜司郎と同系色のマリーナの法衣に、このパールホワイトのドレスで臨むのだ。どちらが竜司郎と並んでふさわしいかは火を見るよりも明らかである。
教会からローズウッド夫妻が現れ、その後に竜司郎とモリンと、マリーナが続く。さらにその後ろには、興味津々な子供たちの顔が見え隠れしていた。
遠目からも分かる竜司郎の立ち襟ジャケット姿を見て、セリーネは会心の笑いを浮かべた。濃い青のジャケットに白のスカーフ。白いドレスを纏ったセリーネと、まさにお互いが示し合わせたような色合わせである。
セリーネは余裕の足取りで馬車を降り、竜司郎を出迎えた。
「お迎えに上がりました。飛野竜司郎さま、聖獣モリンさま」
教会の人たちに、完璧な礼を披露するセリーネ。父バイテンから「貴族の御令息に嫁いでも恥ずかしくないよう」幼少の頃から仕込まれていたセリーネの”武器”の一つである。
上昇志向の強い平民にとって、持って生まれたモノの有無は、文字通り今後の人生を左右する。
平民の子女でも、相応の財産と、教養と、学識と、才能と、眉目が備わっていれば、それらを武器に、貴族の子女と縁が結ばれ、身分の壁を越えて、名誉と栄達を手に入れる足掛かりにすることも可能なのである。
その武器を、セリーネは「レアスキルを会得した大晨帝国出身のいい男」に対してふるうことになったのである。
「本日はお招きいただき、また、わざわざのお迎え、誠にありがとうございます」
竜司郎のボウ・アンド・スクレープは慣れていない者のそれであった。
経験不足の竜司郎に乗じて、ここは一気呵成に精神的な優位性を確保したい所ではあるが、教会関係者の目もある。セリーネは慎重に事を進めることにした。
「……まぁ、竜司郎さま。そのジャケットとスカーフとの取り合わせ、とてもよくお似合いですわ」
馬車の窓からじっくり観察していたくせに、セリーネは今気づいたかのように竜司郎の服装を褒めた。
竜司郎は着慣れぬ服に戸惑っているようで、照れくさそうに頭をかいた。
「いや~~……、折角ご招待されたのに、着ていく服が無かったんで、昨日急遽、教会に寄付された服からお借りすることになって……」
「そうでしたの。よいチョイスをしておいでですわ竜司郎さまは」
「実は、マリーナさんに選んでもらったんですよ。このジャケット」
(ごっ……ごごごごしゅじ~~んっ……!!)
まったく悪意のない口調で言い放つ竜司郎に、蒼白になるモリン。蒼白になるモリンに気づかない竜司郎。
よく見るとお付きの護衛さんも顔面を硬直させている。なにもこの場面で致命的なセリフを選択せずともよかろうに御主人。
「……まぁ、そうでしたの。とてもよくお似合いですわ」
にこやかな笑顔を湛えてはいるものの、僅かに返答が遅れ、機知と教養に富んでいるはずのセリーネが、ほとんど同じセリフを繰り返したことが、彼女の心境を如実に表していた。
竜司郎の背後の、さらにローズウッド夫妻の背後で、マリーナも鋼鉄のような笑顔を顔面に貼り付かせていたが、やはり竜司郎は気づかなかった。
「……それでは竜司郎さま、モリンさま、どうぞこちらに」
お付きの護衛、ヴェスタが緊迫した空気に文字通り風穴を開けるように、竜司郎とモリンを促した。
セリーネは動揺を隠すように、いそいそと先に馬車に乗り込み、竜司郎に手を差し伸べる。もちろんこの役回りも計算づくである。
本当は馬車に乗り込む前に、もう少し小粋で機知に富んた会話で竜司郎の心をつかみ、止めとばかりに竜司郎の手を取る姿をマリーナに見せつけてやるつもりであったのだ。竜司郎の爆弾発言さえなければ……。
竜司郎は先にモリンを乗せてやると、素直にセリーネの手を取った。そして竜司郎は、馬車の乗り口でセリーネとは反対方向の教会に振り向くと……。
「それじゃあ、行ってきます」
竜司郎の、まるで実家から出かけるような、あまりにも自然な「行ってきます」に、セリーネの笑顔は僅かに揺れ、闘争心と対抗心は燃え上がった。
「「でっかぁ……」」
竜司郎とモリンは揃って同じセリフを発した。
ロナーシア左岸。商業地区から少し離れた富裕層の居住区画。メルクス一家の邸宅は、周囲の邸宅と比べても頭一つ抜きんでていた。
竜司郎の身長の三倍、いや四倍はあろうかという門柱。門の奥に進むと、聳え立つ近世風の大邸宅。アーゾリア海を臨める広大な庭。厩舎だけでも平民の家の何件分であろうか。
フィーズ教会南支部も大きな施設ではあるが、あちらはどちらかというと公共施設に近い。そう考えるとメルクス一家の財力と、その財を手に入れた商才が如何に巨大なものであるかが分かるというものであった。
「ようこそおいでくださいました。飛野竜司郎さま、聖獣モリンさま」
邸宅の門前で、メルクス商会商会長バイテンが竜司郎とモリンを出迎え、満面の笑みで歓迎の意を表した。背後には若旦那のカイロンと、総代理のオルドン、そして三女のアイラ・メルクスが控え、バイテンに合わせて一礼した。
竜司郎とモリンも返礼し、メルクス一家一人一人と丁寧に握手した。竜司郎もモリンも、圧倒的な場違い感と、分不相応な扱いに困惑を隠せなかった。
「さあ竜司郎さま、こちらへどうぞ」
彼らの心情を察したセリーネは、余裕綽々といった動作で竜司郎と腕を組むと、一人と一匹を邸宅へと案内した。
広い廊下を歩きながら、竜司郎とモリンは緊張感と警戒心を高めていた。
今日の招待はヴィクトーリア号救出の御礼、というのが建前であることくらい竜司郎でも理解できた。今夜の宴はそれを利用した竜司郎とモリンの勧誘となるだろう。
そしてここはまごうことないアウェイである。そのアウェイで、これから百戦錬磨の豪商一家と、西風団も、マシウスも、マリーナも抜きで相対することになるのだ。料理や酒を味わう余裕などあるまい。
(まいったなぁ……)
ローファインに連行された時とは違う意味の困難を竜司郎は感じていた。トラックスキルも、バックホウスキルも、特権的アイテムも、今夜の宴では役に立たなそうだった。




