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━━━案件85 マリーナとセリーネ 歩み寄る━━━

 

 バイテンが負傷者のテントにマシウスを案内すると、マリーナとセリーネの間に誰もいなくなった。


 セリーネは何かを察したように、ゆっくりと竜司郎から手を離し、マリーナと正対する。


 モリンはトートバッグから顔を半分、そろ~っと出した。さすがに竜司郎も、ただならぬ気配を感じてその場に硬直した。


 周りの船員や奉公人は、与えられた仕事に邁進し、彼女たちの周囲で忙しなく動き回っている。




(なんか……有名な功夫映画で見たことがあるような……)




 この場にいる三人と一匹で、原因が竜司郎にあることを察知していたのは、モリンだけであった。


 ただならぬ気配を感じたものの、竜司郎は本当に訳が分からず、呑気に映画のワンシーンを思い浮かべた。


 マリーナは原因が分からない上に何となく面白くなく、逆にセリーネは好敵手の来訪を歓迎するかのように高揚していた。




 竜司郎とモリンが固唾を飲んで見守るなか、鮮やかな赤い髪の器量佳しと、深青色の髪の豪商令嬢は、同時に歩みを進めた。そして────






「マリーナ・ローズウッドと申します」


「セリーネ・メルクスと申します」






 二人は同時に、一部の隙も無い礼で、挨拶を交わしたのだった。




(ふぅ……まずは引き分けと言ったところッスねえ……)




 モリンが尻尾の毛を立たせながら胸中で呟いた。不意にモリンのトートバッグが揺れた。御主人が二人に歩み寄っていったのだ。御主人……!。




「やあ、マリーナさんも来てくれるとは心強いです」


 竜司郎の声は少し大きく、少しわざとらしかった。


 つい先刻、ヴィクトーリア号の救助作業の時、何故か思い浮かんだマリーナが、竜司郎を迎えるように港に来てくれたのだ。偶然とはいえ、竜司郎はどことなく気恥ずかしかった。




 ……しかし、マリーナの表情は何となくそっけない。




「……お父さんから一緒に来てくれって、頼まれたんです。丁度、教会北本部から帰ってきたところでしたし」


 マリーナの返事も何となくそっけない。が、竜司郎の手に目が行くとマリーナはにわかに目を丸くした。




「竜司郎さん、その手!?」


「こちらのセリーネさんの船を助けるのに、ちょっと無理しちゃってね……」


「……もう!」




 マリーナが、怒ったような心配したような顔をした。それはセリーネの船を救助する時、竜司郎が思い浮かべた顔と同じ表情だった。竜司郎は僅かに赤面した。




「聞きましたよ。大きなクレーンを出して船を支えてたって」


「それが俺のできる精一杯だったから……」


「本当に、ロナ川で出会った時から、無茶ばっかりしてるじゃないですか竜司郎さんは」


「……そう言われると言葉もない」




 竜司郎は申し訳なさそうに肩をすくめた。


 竜司郎が思っていた、いや期待していた通り、マリーナのお小言が始まった。怒ったような心配したような顔を見て、何となく竜司郎は期待してしまったのだ。マリーナのお小言を。


 マリーナが竜司郎の期待を察したのかどうかは分からない。ただ、マリーナは本気で心配してくれている。それだけは如何に鈍い竜司郎でも察することができたのだった。




「ほら、手、だしてください」


「ああ……」




 竜司郎は両手を、水を汲むように差し出した。マリーナは怒ったような心配したような顔のまま、小さな魔法陣を形成すると竜司郎の手にかざした。




「『治癒』!」




 魔法陣から翠玉光に似た緑色の光が照射され、竜司郎の指先から手首にかけての小さな傷と、チクチクとした痛みがみるみる消えていった。


 竜司郎はマリーナに笑いかけ、マリーナもようやく竜司郎に笑いかけた。トートバッグの中では、モリンが胸をなでおろしながら尻尾の毛を落ち着かせていた。




(ホントに……心臓に悪いッスよ御主人……)




 マリーナは竜司郎の治癒を終えると、セリーネに向き直った。




「……セリーネさん、顔」


「え?」


「怪我をしていますよ」




 マリーナは、笑顔をおさめ、キリリと表情を引き締めると、魔法陣を展開したままの右手を、セリーネの右頬にかざした。




 そうだ。大海蛇がヴィクトーリア号に体当たりした時、顔の側面に木片が飛んできたのだ。それで髪留めも飛ばされた。その時についた傷であろう。


 傷は耳と、耳に近い頬にあり、顔にはねた砂泥にも見えた。それがセリーネの髪に隠れて見えにくかったのだ。


 痛みは無い。まだ精神と肉体が高揚したままなのか、傷口がふさがり痛み自体が引いたのか。




「『治癒』!」




 マリーナは迷わずセリーネの頬に『治癒』の魔法を照射した。耳の小さな裂傷と、頬の擦過傷がみるみる消えていく。




「……よし!」




 セリーネが驚いた顔のまま、やや顔を上げてマリーナを見つめる。




「……ありがとうございます」


「どういたしまして!」




 ニッコリと笑い返すマリーナ。セリーネもやや遅れて笑い返した。






「ありがとうマリーナさん! 本当に助かった!」


 竜司郎はマリーナに治癒してもらった両手で合掌した。合掌を見て不思議そうに首をかしげるマリーナ。気づいた竜司郎が合掌した手を少し掲げて見せた。




「あ、これね。俺の国で、神様に祈ったり、お世話になった人に感謝したりするときにするんだ」




 どこか照れたような竜司郎。そしてトートバッグのモリンも、前足を合わせて合掌していた。大仕事を終えた後だというのに、まったく、この二人ときたら……。




 不意にセリーネが、マリーナの左手を取り、竜司郎の右手も取った。好敵手の攻勢をこれ以上黙ってみているわけにはいかなかった。




「マリーナさん、こちらへどうぞ! 私の家族を紹介しますわ!」




 セリーネは、やや強引に竜司郎とマリーナを連れて、負傷者用のテント近くで現場を指揮するバイテンの元へと向かっていった。




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