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━━━案件84 マリーナとセリーネ 出会う━━━


 しばらくの黙食。


 肉料理も終わり、あとはチャコお目当てのデザート、フルーツグラタンが来るのを待つばかりである。




「……でも、リュウとモリンが一緒だと、楽しいだろ?」


 ルークも手酌でワインを注ぎながら言った。ワインを注ぎ終わり、手に持ったゴブレット越しにマーカスを見てニヤリと笑う。


 マーカスは空になったゴブレットを持て余すようにゆらゆらと揺らしていた。


 揺れをゆっくりとおさめて、ゴブレットをことり、と置くマーカス。




 視線はゴブレットのまま、マーカスはクスリと笑った。




「……うん。楽しい」




 西域では珍しい東方人。初めて見るタヌキの聖獣。見たこともない魔法紋。途方もないスキル……。




 それだけではなかった。




 飛野竜司郎と聖獣モリンには、そのような目に見えるものだけではない”何か”が彼らの中にはあった。


 そしてそれは決して不快なものではなく、むしろ穏やかで、心地よく、マーカスの心にしみわたってくるのだ。


 竜司郎とモリンを知る者が、大なり小なり好意を抱き、ごく自然に彼らの周囲に集まってくるのも、その”何か”によるものではないか。




 だからこそ、マーカスは彼らの事が知りたいのだった。




「……で、そのりゅうっちとモリっちは今日なにしてんの?」


「予定は聞いてない。教会の寄宿舎にいるはずだが、あいつらのことだ。またどっか出かけた先で、面倒ごとに巻き込まれてるのかもな」


「あっはっは! あるある! ……で、あたしたちがまた巻き込まれるの!」




「……でも、それが楽しいんだよな」


 マーカスは穏やかな笑顔で言った。ルークとチャコも笑顔を返す。




 ルークの言う通り結論を急ぐことはない。


 今の所、竜司郎とモリンは西風団の仲間だし、ローファインの決裁で、向こう一年はこのロナーシアから離れることはできないのだ。


 その間に友誼を深められれば、その流れに乗る中で、彼らの背景も分かってくるのではないか。そして、そこに至るまで彼らと共に過ごす時間こそが、マーカスにとって重要な事ではないかと思えた。






 港に着いた竜司郎とモリンは、メルクス商会──バイテン・メルクスの経営する商会──の人々から熱烈な歓迎を受けた。


 なにしろ、この港からも見えるほどの巨大クレーンを沖合で展開し、自分たちの仲間を救ってくれたのだ。しかもほとんど諦めていたヴィクトーリア号も無事に帰港したのである。港はちょっとしたお祭り騒ぎであった。


 ルークが左岸のレストランで飛ばした冗談が、まさに左岸の港で巻き起こっていたのである。




「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「お嬢! よくぞ御無事で!」


「まさか船まで助けていただけるとは……」


「海にクレーンが出てきた時は何事かと思いましたよ」




 竜司郎とモリンは港湾関係者とメルクス商会の奉公人たちに取り囲まれていた。


 軽く挨拶をして残り少ない休日を、とはいかなかった。奉公人たちに取り囲まれているのもそうだが、セリーネが竜司郎の右手に抱き着いたまま、離してくれないのだ。




(いや~~羨ましいッスねぇ御主人。まるでお姫様を救出した勇者じゃないッスか)




 案の定、スマホ念話でモリンがからかってきた。


 竜司郎とて健全な男性である。妙齢の、しかも容姿のいい女性に手を取られて悪い気はしない。


 ただ、この衆人環視のなかというのはいただけない。セリーネとは、出会ってまだ数時間そこらである。互いを知るには短すぎる時間であった。


 妙な噂話のタネになるまえに、どうにかセリーネを振りほどけないものか。


 いや、竜司郎の背後にはあのリルヴィアがいるのだ。彼女に一部始終を見られているというのは、すでに色々手遅れと言っていいかもしれない。




(お姫様は、吊り橋効果でちょっとテンション高くなってるだけだよ。落ち着いたら相応の関係に戻るさ)




 竜司郎は思ったより冷静……ではなく、思考の基準が未だに前世界のままだった。


 つまり、容姿は十人並みで、土木建設職人として7年、職業ドライバーとしても7年、中堅とベテランの中間という、自己評価を高く保つには少々難があるスペック、というわけだ。


 異世界に転生した結果、エキゾチックな東方人のいい男で、魔導車両スキルというレアなスキルを多数抱えた高スペック男子になったという意識にまるで欠けているのであった。




 元々それほど自己評価を高くする傾向に無い竜司郎の性格に加え、その辺りの思考のギャップからくる言動が、竜司郎の恭謙さと誠実さを底上げしている原因でもあるのだが。




(御主人はもうちょい自信持ってもいいと思うんスけどねぇ……)


(30年以上生きてきて、そう簡単に意識をコロっと変えられたら世話ないさ)


(そうッスね。そこは気長にやりますか。御主人も私も10年くらい若返ってるんスからね)






 大騒ぎが一段落したところで、大きな木箱の上から、バイテンが大きな声を上げた。




「さぁさぁみんな! 本当の仕事はこれからだよ! 負傷者を収容する、ヴィクトーリア号をしっかり修理する、荷物の損害も計算する、スケジュールの調整もだ。よろしく頼むよ!」




 港湾関係者とメルクス商会の奉公人がバイテンの命令に声を上げると、次々と持ち場に戻っていった。そうして竜司郎の周りの人口密度が薄くなったところへ一台の馬車が到着した。




「どうも、お待たせしました」


 朗々たる、落ち着いた声。大きな体をかがめて馬車から降りて来たのはマシウス・ローズウッドであった。負傷者の救護のため、港湾関係者に招かれたのである。




「やぁやぁ! ご足労をおかけしますマシウス先生!」


 バイテンは木箱から降りると大慌てでマシウスの下へ駆け寄った。カイロンと執事さんも続く。竜司郎もセリーネと目を合わせて頷くと、マシウスの下へ歩き始めた。


 マシウスとて決して万能ではないのは分かり切っていても、竜司郎にとって、やはりマシウスの存在感、安心感は半端なかった。




「お待たせしました皆さん!」




 マシウスに続いて馬車から降りて来たのはマリーナ・ローズウッドであった。負傷者救護のための助手として彼女も同行していたのだ。


 儀式用のアイテムが入ったトランクを抱えて、父マシウスの後を追うマリーナ。父の背中の向こう側に竜司郎を見つけたマリーナは、我知らず笑顔になり、足を速めた。




 ……と、マリーナの視界に、竜司郎の右手に抱き着く少女が飛び込んできた。マシウスを追う足がパタリと止まる。




(あ、ヤバい……)


 モリンはトートバッグに顔をひっこめた。


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