━━━案件83 ヴィクトーリア号 無事帰路につく━━━
ヴィクトーリア号は応急修理を完了し、バイテンの座乗船である、最新のガレオン船ヴィクトーリア二世号に曳航されていた。ヴィクトーリア号の左右には、お付きのキャラック船が万が一に備えて並走していた。
負傷者の治療、船体の修理、各部の点検、曳航準備……。
それらが一段落し、四隻の船がロナーシアへ航路をとった頃、バイテン、カイロン、そしてセリーネを先頭に、主だった船乗りたち──特にヴィクトーリア号の船員たち──は、ヴィクトーリア二世号の甲板で、竜司郎とモリンを囲んでいた。
船乗りたちは、竜司郎のスキルと技量、モリンの意志と義侠心に、賞賛と感謝を惜しみなく浴びせていた。
「この度は、本当に……何と御礼を申し上げてよいのやら……」
バイテンは帽子を執事に預け、握った竜司郎の手を何度も振って謝意を示した。竜司郎もバイテンの感謝を素直に受け止めた。モリンは竜司郎の左手に抱えられ、鼻高々だ。
一時はどうなることかと思ったが、誰も死なず、船も沈まず、頼もしい家族が救援が来るまで持ちこたえられたのだ。まず、これ以上ない結果と言えるだろう。
殊に、浮きクレーンをぶっつけ本番で操った竜司郎は、今更ながら振り返って背筋にひやりとしたものを感じていた。
例え浮きクレーンを思いついたとしても、どうして乗ったこともない重機で救出しようと思い至ったのか。竜司郎は、そこに至るまでの思考の過程をどうしても思い返せなかった。
「お父様、そろそろ……」
インテリ眼鏡さんのカイロンが父を制した。バイテンは苦笑いを浮かべて、ようやく竜司郎の手を離した。竜司郎がホッとして手を戻す前に、今度はカイロンが手を握ってきた。
「船を、部下たちを、そして妹セリーネを救っていただき、本当にありがとうございました」
カイロンの落ち着いた口調に、万感の思いを込めているのが伝わった。冷静に努めようとする情熱家、とでもいうべきか。竜司郎も思わずカイロンの手を握る指に力がこもった。
「ヴィクトーリア号の皆さんが、頑張って近くまで来てくれたからですよカイロンさん。どうか船員の皆さんにも、十分報いてあげてください」
「お気遣いありがとうございます。それにしても、お噂通り恭謙な御方ですね」
「そのおかげか、皆さんには大変良くしてもらっています」
「飛野さまの、人徳と技術の賜物ですよ」
「ありがとうございます。あ、俺のことは竜司郎で結構ですよ。ウチのリーダーからは、リュウなんて呼ばれてもいますし」
「わかりました。それでは竜司郎さん、どうか今後ともよいお付き合いを」
竜司郎とカイロンは目で意思を合わせると、仁義を切るように同時に握手を離した。
「お父様! お兄様! 竜司郎さまは、本当にすごいのですよ!」
戻そうとした竜司郎の右手に、今度はセリーネが抱き着いた。竜司郎のすぐそばで、深青色の髪がふわりとゆれた。
「えっ」
と戸惑う竜司郎に構わず、セリーネは竜司郎の武勲を、まるで我が事のように語り始めたのだ。
「竜司郎さまは自信をもって私たちを救うと宣言なさって……」
(違います。吊って時間を稼ぐだけですと言いました)
「事も無げにあの大きなクレーンを展開なさって……」
(それも違います。浮きクレーンを展開するだけでも必死でした)
「そして涼しい顔で、お父様とお兄様が来るまで、あの子(ヴィクトーリア号)を守ってくださったのです」
(大違いです。魔力の過負荷で、血まみれ汗まみれで必死でした)
どよめく一同。
なるほど伝説とはこうして出来上がっていくものか。
竜司郎は妙に感心した。それでも、ここで水を差すのも野暮だと思える程度には冷静で、竜司郎は気を利かせて船員たちの賞賛に曖昧な笑顔で応じたのであった。
……竜司郎の背後で、リルヴィアが事の詳細を逐一記録していることを知っていたら、竜司郎も笑顔のままでいられたかどうか。
ロナーシアの港はもうすぐである。
竜司郎とモリンが、異世界の海上で魔力の限界に挑んでいる頃……。
ルークと、チャコと、マーカスは、ロナーシアの左岸、山の手の麓にある、ちょっとお高いレストラン「海の幸山の幸亭」の個室で昼食を楽しんでいた。
ここはかつて、ルークの銀一位昇進記念で会食したのをきっかけに、西風団が贔屓にしているレストランである。
ちょっとお高いと言っても、山の手の中腹にある「楡と赤煉瓦亭」のように立ち襟ジャケットとスカーフが必要な店というほどでもない。
物々しい冒険者の装備ではなく、小奇麗な平服を着ていれば平民でも歓迎される、むしろ庶民派なレストランなのだ。
「ふぁ? ふぉれをひっっふぁふぉおりふぁふぉ?」
「……ルーク、お行儀悪い」
白パンと焼き魚を頬張りながら喋るルークに、チャコが野草茶を差し出した。
「……な? 俺の言った通りだろ? リュウもモリンも、おかしな所は何もないんだって」
ルークはチャコに野草茶のゴブレットを返しながら言った。
言われたマーカスは不本意げにチーズを一口齧った。
「竜司郎を試してみよう」と言ったのはマーカスである。
竜司郎が操る魔導車両の魔法紋への興味とは別に、竜司郎とモリンの背景も、彼の興味の対象であったのだ。
興味というといささか語弊がある、と、マーカスは思う。
竜司郎とモリンが時々見せる、ちぐはぐな言動や経験の偏り、何よりも他に類を見ない形象化魔法の数々……。
聖獣とその契約者だから、というだけではどうにも納得しがたいのだ。
今の所、竜司郎とモリンの不可解な部分は、西風団に不利益や害をもたらすものではない。ものではないが、マーカスにとっては、放っておくにはどうにも引っかかって仕方がない事柄なのだった。
「リュウとモリンと出会って、付き合い始めてからまだ一か月そこそこだぜ。結論を急ぐ必要もないんじゃねえか?」
ルークはチャコの小言を避けるように、今度は白パンと焼き魚を小さめにしてフォークに刺した。
「ルークはその辺、引っかからないんですか?」
「俺はお前みたいに頭よくないからな。細けえ事はあんまり気にならないよ」
細かいこと、と言われてマーカスは押し黙った。
確かに細かいことかもしれない。竜司郎とモリンの為人は、三鑑定の儀だけでなく、実際に付き合って仕事をこなして実感していた。彼らが偽らざる善人であることを。
神の御業である三鑑定の儀で翠玉光の光を纏った者を、これ以上あれこれ詮索するのは、やはりマーカス個人の興味本位でしかないのか。
「それにさぁ~~、冒険者っていろいろ一癖二癖抱えてるヤツが多いじゃん? 詮索し始めたらキリがないって」
チャコがチーズにフォークを刺したままで言った。
「ルークだって小さい頃は悪童だったし、あたしだってルークに冒険者になろうって誘われてなかったら、身売りするか野垂れ死にしてたかだし……」
それにマーカスだって、と続けようとしてチャコは自制し、口に出さないようにするためか、チーズと白パンを頬張った。
それを察したマーカスは、ワインボトルを手酌でゴブレットに注ぎ、彼らしくもない些か雑な動作で、それを一気に飲み干した。




