━━━案件82 竜司郎 リルヴィアの突撃取材を受ける━━━
ヴィクトーリア号に、三隻の船が近づいてきた。
バイテンの座乗船ヴィクトーリア二世号は最新のガレオン船である。
バイテンは自らヴィクトーリア二世号と子飼いのキャラック船二隻を率いてやってきたのだった。
ヴィクトーリア号に接舷した三隻の船は、備え付けの木製クレーンでヴィクトーリア号を吊り、ロープを張り、タラップがかけられ、船員は修理資材を抱えて次々とヴィクトーリア号に乗り移っていた。
救援作業が進むにつれて、浮きクレーンのモニターに示された数字は20tを切った。
それで竜司郎の両手にかかる負担は無くなった。なるほど、このあたりが竜司郎が展開できる浮きクレーンの定格加重、いや、限界加重らしい。
それで100t近いキャラック船を浮かせようとしたのだから、完全な労働安全衛生法違反である。いや、持ち上げようとしたわけではない。姿勢を直そうとしただけだから、ギリギリ言い訳になるか?
(ローファイン卿には、バレてないよな?)
竜司郎は心中で軽口をたたき、大きく息を吐くと、浮きクレーンのレバーから手を離した。モリンはメインマストに巻きつけられた魔導スリングベルトから前足を離し、マストに体を預けるようにへたり込んだ。
毛細血管からの出血は既に止まっていて、竜司郎は、安堵の笑顔を浮かべながらウエスタンシャツの腹で乾きかけた血をぬぐった。
もう一度大きく息を吐いた竜司郎は、脱力したように座席に身を預けた。
(助かった……)
竜司郎がヴィクトーリア号を吊り、沈没を先延ばししたことで、救援船が駆け付ける時間を稼げたのである。それでも竜司郎の感覚は”助かった”なのだった。
浮きクレーンの反対側。ヴィクトーリア二世号の大きな船体の上で、バイテンとカイロンが何やら指示を出している。手旗信号で状況は分かっていたとしても、何だかんだで心配だったのだろう。
精霊魔法による水の汲み出しを終えたセリーネが甲板に上がってくると、バイテンとカイロンは人が変わったようにタラップを駆け渡り、セリーネに抱き着いた。
ひとしきり無事と再会を祝ったのち、セリーネはモリンを大事そうに抱え上げ、彼の武勲を褒めたたえるように、父と兄へ引き合わせていた。
父と兄と妹と、モリンが竜司郎に目線を投げかけた。彼らの安堵と感謝の笑顔に、竜司郎は操縦席から右手をゆっくりと、大きく振って応えた。
(よかった。これにて一件落着……だな)
竜司郎は、キャビン収納スペースに保管していた缶コーヒーを取り出した。救出の成功祝い、というわけである。
ステイオンタブを開ける軽快な音。グイっと一口。口の中に広がる砂糖たっぷりの甘みとコーヒーの香ばしい香り。飲み慣れているはずの缶コーヒーが実に美味い。
缶コーヒーを飲みながら、竜司郎が目まぐるしく動き回る船員たちのキビキビとした姿を感心しながら見守っていると、ヴィクトーリア二世号からタラップを渡り、バイテンの横をすり抜けて来た者がいる。
後ろでまとめられた亜麻色の髪と、ライトブルーのジャケットの女性。さっき見たぞ。
「竜司郎さん!」
ロナーシア情報会の記者、リルヴィアがヴィクトーリア号から浮きクレーンに飛び乗ってきた。怖いもの知らずか。いや、そもそもどうして船に乗っている?。
竜司郎は慌てて飲みかけの缶コーヒーをキャビン収納スペースに戻した。モロに前世界の品物だ。リルヴィアに目ざとく見つけられてはどのような詮索を入れられるか知れたものではない。
西風団の誰かがこの場にいれば、リルヴィアの身のこなしが、戦士や盗賊のように一定の身体訓練を受けた者のそれであることを看破したであろうが、素人の竜司郎は身のこなしの凄さには驚いても、その背景までは気づかなかった。
竜司郎は操縦席の窓を半分だけ開けた。リルヴィアの動きは、ドアを開ければ操縦席に乗り込んでくるかのような勢いだったからである。
「見事な救助活動でした竜司郎さん!」
キャビン横の手すりにしがみ付いて人好きのする笑顔を向けるリルヴィア。
大仕事が一段落して、周囲の安全と人命が確保されたのを確認して、早速行動に移したようだ。竜司郎は流石にうんざりして目線だけをリルヴィアに向けた。表情は非友好的な相手へのそれである。
「リルヴィアさん……さすがに空気読んでくださいよ……」
竜司郎は座席から身を起こしもせずに応じた。芸能人やプロスポーツ選手は、毎日のように彼女のような人間を、何人も相手にしていたのか。
前世界でも会ったことがない、そして異世界にいる自分が二度と会う可能性がない相手に、竜司郎は同情した。
リルヴィアも竜司郎の露骨な態度に、さすがにバツが悪そうに肩をすくめてみせた。あまりに取材対象の機嫌を損ねては仕事にならない。それでいてすごすごと引き下がっても仕事にならない。記者の仕事も大変なのだ。
「ごめんなさいね竜司郎さん。でも新鮮な情報を収集するにはこうするしかなくて」
殊勝な態度と言葉をあらわすも、窓に取りついたまま引こうともしないリルヴィア。竜司郎はコーヒーの甘さと香りで活力を取り戻した脳細胞で反撃に転じた。
「モリンのバイクに追いついた”技”で、ヴィクトーリア号に先回りすればよかったんじゃないですか?」
竜司郎はカマをかけた。魔導バイクのスピードに物理的に追いつくのは不可能だ。だとすれば魔法か、スキルか、あるいは魔法のアイテムか。
このままリルヴィアの餌に誘われつつ、餌だけをかっさらう、もしくは食いついて釣り竿も、本人も、そのまま竜司郎の懐に引き込むのも一興か。
「救出作業のお邪魔になるわけにはいきませんからね。そのくらいは”空気を読んで”ますよ、私だって」
やはり食いついてきた。
リルヴィアは内心ほくそ笑んだ。竜司郎に、しっかりと釣り針は刺さっている。もちろんそう簡単にタネは明かさない。強かなものである。だが竜司郎とてただあしらわれたままではいなかった。
「そうですか。それじゃあ俺も取材に応じるわけにはいきませんね。御覧の通り、まだ救出作業中ですし」
竜司郎は乾いた笑顔をリルヴィアに向け、窓を閉めた。
「あっ」
というリルヴィアの顔と窓を掴み損ねた手に、竜司郎はわずかな勝利を感じた。




