━━━案件79 浮きクレーンと極太スリングベルト 展開━━━
(……俺のスキルは、随分と欲張りさんだな!)
竜司郎は浮きクレーンの”挑戦”を受けることで、軽い怒りを問題解決への高揚感へ昇華した。
現場トラブルを何度も経験するうちに、竜司郎が身につけた精神のスイッチ切り替え方法だった。
ネガティブな感情を抱えたままで仕事を続ける。
それはより重大で致命的な事故を誘発する要因なのだ。竜司郎は不確定要素を擬人化し、肯定したうえで”彼”と対決する姿勢を示すことで、精神が悪感情に滑り落ちるのを食い止めているのだった。
……竜司郎自身、父龍三郎の落命に関わったクレーンという重機に思うところが無かったわけではない。
しかし、竜司郎は”坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”とはならず、必要に応じて現場でもトラッククレーンはわだかまりなく使用していた。
むしろ、竜司郎の事情を知っている周りが、彼に気を遣ってクレーン作業を代わろうとするほどだったのだ。
そんなクレーンが、竜司郎に挑みかかるように彼の魔力を吸い上げる。竜司郎の意志を試しているのか、使いこなすにふさわしい力量を試しているのか。
(……おもしれぇ!)
竜司郎の視界と思考が浮きクレーンに収束する。
ぶっつけ本番。未経験。予期せぬ出来事。いつでも、どこでもある。準備万端整えて事にのぞめる方が珍しいのだ。なら、今ここで自分の限界まで魔力を込めた揚重機を試して何の不都合があろうか。
次善の策として浮き輪だって用意している。安心して、魔力を込めろ。
竜司郎は、浮きクレーンを展開し切るまで、船員救出の使命感も、バイテン、カイロンに家族を託されたことも忘れた。
「な……なっ……!」
セリーネは言葉もないほど驚嘆して、聳え立つトラス構造のジブを見上げた。
甲板の船長は拾い上げた帽子を両手で絞るように掴み、救命ボートの護衛団は一様にあんぐりと口を開け、セリーネに倣うように聳え立つジブを見上げた。
ヴィクトーリア号はミューラ半島の西海岸、湾口都市リュイーガとロナーシアを一か月半かけて往復する航路の帰路であった。
セリーネも、船員たちも全員、竜司郎とモリンの存在も、彼らが駆使するスキルも知らなかったのだ。
「要するに、港にあるクレーンです! それのデカいのを魔力で編んで展開しただけです! 安心してください!」
海風に乗せて、大声で、手短に事態を説明する竜司郎。
(我ながらおかしなことを言っているな……)
湾口にある木製クレーンよりもはるかに大きいクレーンを、魔力で編んで展開した”だけ”とは。しかも安心しろ、とは。
そのレアスキルを取り合って、先日御大層な肩書のお歴々が会議で丁々発止のやり取りを繰り広げたのではなかったか。
とは言っても、他に説明のしようもないし、湾口で馴染みがあるクレーンであることを理解してくれたなら、挙動も、これからしようとする意図も分かってくれるはずだ。
真っ先に驚愕から解放されたのはセリーネだった。決断力も並ではないが、胆力も並ではなさそうだ。
「もしや竜司郎さま、あなたのクレーンでこの子を吊り上げようというのですか?」
船を”この子”という、可愛らしい言い草に竜司郎は思わず笑みをこぼした。無事に浮きクレーンを展開して、少し緊張もほぐれていたからかもしれない。
「流石にそれは無理です。ですが、沈まないように姿勢を直して、浸水を防ぐことならできるかもしれません」
竜司郎はそう言って水上バイクのサブコックピットからモリンを抱え上げた。
それに合わせて、モリンは水上バイクの展開を解き、魔力を体内に還元した。これからありったけの魔力を使う必要があるのだ。水上バイクの魔力を再利用しなければならないほどの魔力を。
「俺の相棒が、吊り具を設置します。できればフォローお願いします」
ラグビーボールを投げるスクリューパスの要領で、竜司郎はモリンを両手で放り投げた。ただし回転はかけない。
セリーネは肩で抱っこするようにモリンをキャッチした。
「ナイスキャッチセリーネさん。モリンと申しまッス。あらためてよろしくお願いしまッス」
「うふふふ……。可愛らしい相棒さん、よろしくお願いね」
「早速ですがセリーネさん。御主人がメインマストを使って吊るそうなので、そちらでフォローをお願いしまッス」
セリーネは笑顔で頷くと、モリンをメインマストのふもとに案内した。といっても今いる所は船の中央付近である。振り向けばすぐそこにメインマストは屹立していた。
モリンは前カゴ収納スペースからヘルメットを取り出す。インナーゴーグルを展開してメインマストをチェックする。目に見える損傷こそないものの、マストの色は緑に近い黄色。微妙なところだ。
「セリーネさん、コレに『強化』の魔法をお願いできませんか?」
「メインマストに?」
「メインマストにッス」
『強化』は生活魔法でもあり、錬術魔法でもある。そして物質から魔法から、あらゆるモノを強化できる極めて汎用背の高い魔法なのである。
当然、使用者の力量、込める魔力、対象の本来の強度、様々な要因が絡み万能の強化とはいかない。今回の場合だと、御主人が浮きクレーンでマストを吊り上げて船の姿勢を直し、救援の船が駆け付けるまで船体を保持できればよいのだ。
メインマストを矯めつ眇めつしながら説明するモリンに、セリーネはしゃがみ、できるだけ同じ目線を確保して聞き入った。
「分かったわ聖獣さん。任せて」
セリーネは立ち上がり、右手でマストに触れ、左手に魔石を保持する。左手の魔石がわずかに光った。セリーネはマストに、魔石から変換した魔力を通す。そして……
「『強化一段』!」
マストに通した魔力が、青白い光を放ってマストを上下に伝い、青く鈍い光を宿した。モリンがインナーゴーグルでマストを見る。マストの色は青に近い緑色。申し分ない。
「御主人! セリーネさんに『強化』かけてもらいました!」
竜司郎が見えるところまでマストによじ登って、モリンは竜司郎に状況を報告した。
「よくやってくれたモリン! ありがとうございますセリーネさん! それじゃあモリン、ありったけの魔力を込めて、マストにスリングベルトを巻いてくれ」
「はいッサー!」
モリンはマストのふもとに降りると、両前足でマストを押すような姿勢を取った。そして……
「魔導スリングベルト展開! 魔力……最大ッス!」
再び魔力の衝撃波がおこった。またしても飛ばされる船長の帽子と、たなびくセリーネの深青色の長い髪。
マストの根元に太く、厚いスリングベルトが巻き付いていた。
魔力で編まれているがゆえに、メインマストに巻き付けられているが、実体のスリングベルトとして再現すれば、ろくに曲げることすらできないのではないか。そう思えるほどの太さと厚さであった。
スリングベルトは展開した時点で、片方のアイ部にもう片方が通してあり、マストを絞って吊り上げるように展開されていた。これで船を吊る準備は整った。




