━━━案件75 異世界ナイズされた財布の中身━━━
ルミーナ・ローズウッドの朝ごはんで、昨日の暴飲暴食を振り払い、今日のスタートエネルギーを十分に蓄積した竜司郎とモリンは、勇んで冒険者ギルドに……行かなかった。
「仕事を終えた翌日は、キッチリ休む。それも冒険者の仕事のうちだぜ」
と、西風団のリーダーであるルークに言われて、今日の竜司郎とモリンはお休みなのだ。チャコもマーカスも、それぞれの休暇を楽しんでいるはずだ。
朝食の後、竜司郎とモリンは間借りしている巡礼者用の寄宿舎へ戻っていた。
モリンはボンゴスファミリーのデリオ職長が作ってくれたケージで身を休めている。大抵は教会の子供たちと一緒に寝ているので、タヌキ用のベッドを使うのは久しぶりなのだった。
マリーナはマシウスの補佐として、ロナーシアの左岸、アンセル伯爵城の山の手にあるフィーズ教会北本部に出向いていた。定期報告と、次の巡礼の予定を確認するためである。北本部と南支部は、巡礼を持ち回りで担当しているのだ。
ロナーシア近隣村落への巡礼は、フィーズ教教会にとって重要な仕事である。
フィーズ教の教えを説き、信徒を増やし、信徒を繋ぎ止めるという最優先の仕事の他にも、役所ではなかなか吸い上げられない平民たちの陳情を集めて領主に報告したり、病気や怪我の治療に従事したり、学問を講義したりと業務内容は多彩である。
普段は所属人数の多い北本部が担当し、北本部のスケジュール調整役を南支部……つまりマシウスが預かっている教会が担っているのだった。
竜司郎がマシウスたちに助けてもらったタイミングは、巡礼を終えてロナーシアへの帰路であった。確かマシウスは巡礼の予定は一週間から二週間と言っていたはずだ。
(巡礼についていけば、ロナーシア以外の村落も見て回れるんだよな)
マシウスは巡礼の護衛を「あまり旨味のある仕事ではない」と言っていた。元々この世界の冒険者にとってはそうだろう。だが竜司郎にとってはロナーシア以外の外世界を見て回る絶好の機会にも思えるのだ。
竜司郎のトラックスキルや、モリンのバイクスキルとも実に相性のいい仕事でもある。
(お世話になってるんだから、次の巡礼には是非とも付き合いたいな)
竜司郎が腕時計の地図を眺めていると、足元からチャリンチャリンと音がした。
「なにやってんだモリン?」
竜司郎は身を起こした。モリンはケージの中のタヌキ用の机で財布を整理していた。モリンの全財産が入ったガマ口財布と、革袋と紐を通してまとめられた中銀貨がそこにあった。
「昨日もらった報酬を財布に入れなおしてるんス。報酬の中銀貨って中央の穴に紐を通してるじゃないッスか。それを外して使いやすくしておこうかと」
「なるほど。俺もそうしておくか」
竜司郎もベッドに胡坐をかくとキャビン収納スペースから、メイン財布とサブ財布と、側溝清掃の報酬が入った革袋を取り出した。
そういえば転生してこの方、ボンゴス親方の依頼でもらった報酬で十分暮らせていたため、メイン財布は手付かずだったのを思い出したのだ。
メイン財布には万札、免許証やクレジットカード、技能講習や特別教育の修了証が納められていた。サブ財布には総計数千円の札と硬貨、そして二枚ほどの電子マネーカードである。
無くしたら困るメイン財布はできるだけ肌身離さず身につけ、使わなくても会計ができるように、竜司郎なりに工夫したライフハックであった。これにスマホのアプリ決済があれば日常の支払いにはまず困らなかったのだ。
「……やっぱりか」
竜司郎愛用のメイン財布の長財布。やはり異世界ナイズされていた。
この世界の硬貨は全体的に大きめである。それを収納するためなのか、長財布はデザインも経年劣化も傷もそのままに、セカンドバッグに近い大きさに異世界ナイズされていたのだ。
「ごっつい財布ッスねえ。女神さまの計らいで、めっちゃ入ってるんじゃないッスか?」
モリンが興味津々にベッドを覗いていた。
「あの女神さまだからな。異世界仕様ででかくなっただけってオチだよ」
竜司郎はモリンの前足を引っ張ってベッドの上に引き上げてやると「こっちを頼む」と、昨日の報酬の中銀貨の束を手渡した。
「お任せください御主人」
お互い、魔力によるアシスト『擬人補正』にも慣れたものである。竜司郎も、モリンが紐をほどけることに何の疑問も抱かずに中銀貨の束を手渡していたのだ。
竜司郎はサブ財布の中に入っているカードやお金を広げていった。サブ財布には中銀貨、小銀貨、そして大・中・小の銅貨と鉄貨。電子マネーカードは無くなっていた。
そしてメイン財布。
小銭入れのファスナーを開け、の大・中・小の銅貨をジャラジャラと落とす。札入れに入っていた四枚の大銀貨を取り出して軽く歓声を上げる竜司郎とモリン。
だがクレジットカードポケットに入っているカードを見て、歓声は驚愕に変わった。クレジットカードポケットには、黄金のカードが二枚差し込まれていたのだ。
「……っ!!」
「札金貨ッスよ! 札金貨!」
モリンがクリクリ目を丸く見開いていた。
黄金のカードには、偽造、変造防止のための魔法防御がかけられていて、触れた竜司郎の指先は、薄い魔力の力場を感じ取っていた。
札金貨とは、この世界の貨幣の最上位である。大金貨のさらに上位に位置する金貨で、どちらかと言えば有価証券に近い。平民ならまずお目にかかれない代物で、もっぱら貴族や大商人が取引に使用していた。
その札金貨が二枚も入っていた。異世界ナイズされて大きくなった財布には、モリンの言う通り本当に”めっちゃ入っていた”のだった。
「……誰から譲られた札金貨だ、コレ?」
異世界に転生して約一か月。このような大金を譲渡してくれる心当たりは、竜司郎には無かった。付与記憶によると、札金貨には金銭の流れを証明するために、譲渡人と受取人が刻印されているはずだった。
竜司郎は慎重に札金貨を取り出し、裏面を確認した。モリンも覗き込む。
受取人は飛野竜司郎。譲渡人は二枚とも連名だった。
飛野龍三郎
飛野芳司江
小松泰紀
小松由基子
竜司郎は沈黙した。覗き込んだモリンも沈黙した。竜司郎の様子と刻印された名前から、事情を察したからである。
「ホンっトに……あの女神さまは……」
嬉し泣きを堪えながら、竜司郎は二枚の札金貨を財布に戻してキャビン収納スペースに格納した。
「なんか、ちょ~っと使いづらいッスねぇ……」
気を使って冗談めかすモリンの頭を竜司郎は撫でた。
「使わないのはかえって申し訳ない。だから、取って置きってことにしておこうか。な?」
「さっすが御主人!」
「……モリン、ちょっと町を一回りしてくるか? 溝掃除で色々回ったけど、まだまだ通ってないところもあるだろ?」
「お任せください御主人!」
モリンは後ろ足で立ち上がって胸を張った。




