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━━━案件76 竜司郎とモリン リルヴィアと会う━━━

 

 ロナーシアの街中を魔導バイクで闊歩する竜司郎とモリンは、溝掃除で一層人脈(?)を広げたようで、行き交う人々が挙って手を振り、笑顔を向け、語り掛けて来た。


 ゆっくりと魔導バイクを走らせながら、人々に気さくに応じる一人と一匹。




 ここは異世界の街中である。


 二輪車の存在が人口に膾炙している前世界とは違い、速度と挙動をほしいままに動かせば、いかな魔導バイクといえども、二輪車を知らない異世界人を巻き込んでの事故は免れない。


 竜司郎もモリンもそこはしっかり心得ていて、速度は精々10~15km/h。


 あの女神さまの心遣いにしてやられ、涙腺を緩まされた、何ともいえない気分を払拭するには物足りない速度である。


 だが、そこは異世界。まだまだ見慣れない異世界の街並みの中で異世界の人々と交流するだけでも、彼らの心は十分踊るのだった。




「先日は本当にありがとうございました」


「あの西風団を手足のごとく使われるとはお見事ですな」


「聞きましたよ。銅二級昇級記録を大幅に塗り替えたとか」


「流石は聖獣様の御主人です!」




 竜司郎とモリンは笑顔を保つのに多少の苦労を要した。町人たちの間に、もう銅二級昇級が伝わっているのだ。




(朝にご近所さんが持ってきた、ロナーシア情報会の朝刊通りだな……)


(そッスね。つ~~か、私たちですら昇級を知ったの昨日の夕方五時ごろッスよ。この様子だとあの場に誰か潜ませておいて、大急ぎで夕刊にも載せたんじゃないッスか?)


(ありうるな。夕刊と朝刊で二度美味しい旬のネタってわけだ)


(これじゃ、回らない寿司でも奢ってもらわなきゃ割りが合わないッスよ。ネタだけに)


(あ、それいいな。次に取材に来たらガッツリ奢ってもらおうぜ)




 ……寿司はともかく、この世界に生魚を食べる習慣はあるのだろうか。


 何気なく言ったモリンの寿司発言に、竜司郎はにわかに懐かしい故郷──前世界──の味覚の記憶を思い出した。




(寿司はダメでも、刺身みたいな料理くらいはあるんじゃないか……?)


 マリンスポーツを趣味にしていただけあって、竜司郎は魚介料理にも一家言を持っていた。日本料理に似た料理が存在するなら、あるいは東方の大晨帝国から伝わっているなら僥倖というものだ。




 ロナーシアの町はおあつらえ向きに港町である。そして今いる区画は、あのルークが少年時代に悪名を轟かせた湾口通りである。今日は異世界の海と船が楽しめるこの辺りを探索するグルメ遊歩としゃれこむべきか。


 町人たちとの交流が一段落し、バイクのナビゲーションシステムで店でも探せないか、と操作している竜司郎に小柄な女性が近づいてきた。元野生動物の勘というべきか先に気づいたのはモリンである。


 女性は敵意が無いことを証明するようにニコリとモリンに笑いかけ、一人と一匹と等距離の位置に立った。




「初めまして、飛野竜司郎さん、聖獣モリンさん」


 やや高いトーンの、はきはきとした明瞭な言葉遣いは竜司郎の気を引くのに十分だった。竜司郎がナビから顔を上げると、亜麻色の髪を後ろでまとめた二十代後半と思しき女性が目の前に立っていた。


 ライトブルーのショールカラージャケットと同じ色のゆったりとしたズボン。身長は、女性にしては長身なマリーナよりやや低いチャコよりもさらに低い。


 女性──リルヴィア──は、竜司郎とモリンの応答を待たず、小さな木札を差し出した。




(……名刺?)




 竜司郎とモリンは顔を見合わせ、同時に薄い木の名刺に目を落とし、同時に眉をしかめた。


 件のロナーシア情報会の記者ではないか。しかも記者長……キャップというやつか?




「ロナーシアとその周辺地域に、毎日新鮮な情報をお届けする情報組織です。今日はその取材の一環でお二方にお目見えを、と伺いました」


 リルヴィアは人好きのする笑みを浮かべた。溌溂とした所作で、眉目も悪くない。この笑顔でグイグイ来られたら、大抵の男は何でも喋ってしまうのではないか。




 幸い竜司郎は事前にロナーシア情報会の風聞を知っていたおかげて、ある程度警戒して対応することができたのである。


 竜司郎も健康な男性である。前もって知識と心の準備をしていなければ、リルヴィアのこの笑顔にどう転がされていたか……。




「……そりゃどうもご苦労様です」


 表情にも口調にも警戒心をあらわにして竜司郎は応えた。リルヴィアは堪えた様子もない。


「御苦労ついでに、少しお話を伺いたいんですけど、今日の予定を何とか調整できませんか?」




 竜司郎は黙って名刺を懐のポケットにしまった。言葉は丁寧だが態度と口調は「今日の予定を私のために空けろ」である。


 彼女が担当だったのかどうかは知らないが、マリーナがうんざりし、マシウスとルークとが本気で取材の拒否を談判したのも納得の押し出しだった。




「あ~~……なるほど。周辺から拾う情報がなくなったんで、そろそろ直接俺たち本人から情報を絞ろう、ってわけね」


 竜司郎の皮肉はリルヴィアの健康そうな面の皮にはじかれ霧散した。


「おぉ! さすが話が早い! では早速あちらの海と渚と夕日亭にしましょう。湾口通りでも指折りの海鮮レストランですよ」


「海鮮レストラン!?」


 案の定モリンが食いついた。さっきまで、割りが合わないだの、奢ってもらう! だのと息巻いていたのにこれである。まさに獅子身中の狸。




「美味しいですよ聖獣さん。もちろんお代はこちら持ちですから安心してください」


 すかさず畳みかけるリルヴィア。魔導バイクのサブコックピットから身を乗り出すモリン。すっかりアチラさんのペースである。




(……しかし、奢ってもらうとなると、断りづらくなるし、かといって奢れば奢ったで懐に招き入れたと思われるな)




 さすがは報道畑の人間。異世界でも強かで弁が立ち、厚顔で押し出しが強いのは共通のようであった。ここは多少強固に出てもきっぱり断るべきか……






「……港の方が騒がしいッスよ御主人」


 今にも海鮮料理に釣られそうだったモリンが我に返って竜司郎に振り向いた。遠くから男たちの声が聞こえてきた。異世界に転生して早々、同じような声を聞いたことがある。




「既視感のある光景だな」


 リルヴィアに向けていた、やや芝居がかっていた竜司郎の気難し気な表情が、急速に真剣なものに変わった。


 リルヴィアはハッとした。このまま取材を続けようとする意図を見合わせるほどに、竜司郎の表情と、そこから溢れる意志は圧倒的だったのだ。




「行きますか御主人?」


 言葉は疑問形だがモリンは既に魔導バイクのサブコックピットに座ってハンドルを握っていた。




「リルヴィアさん、予定が入った。取材はまた今度」


 言うが早いが竜司郎は魔導バイクをフルスロットルで発進させた。




「あ──!、ちょ、ちょっと……!」


 魔導バイクが巻き起こした風が、リルヴィアのジャケットを翻した。



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