━━━案件74 現場終わりの慰労会は気前よく━━━
冒険者ギルドは陽気な声と、アルコールと、料理の芳香に満たされていた。
竜司郎とモリンは、昇級報酬をそのまま左手のカウンターにもっていくと、居合わせた全員に酒と食事を振舞うと宣言したのだ。
「おい、いいのかリュウ。こういうのは銀級以上が、ギルド一丸となってこなした合同依頼の時くらいだぞ」
ルークは本当に心配そうに竜司郎に駆け寄った。
昇級祝いの報酬は、大抵は内輪だけに奢って、残りは武器や防具や装備品、パーティーの共用備品のために、というのがセオリー通りの使い道なのだ。
ましてや竜司郎とモリンは銅級。次の仕事に備えて、少しでもいい武器や装備に、それなりの投資をしなければならないはずだ。
「装備は(女神さまからもらって)一通り揃ってる。俺たちが恙なく仕事をこなせたのは、西風団のみんなが俺を信頼して任せてくれたからだし、溝掃除の報酬はキッチリもらってるから、当分の生活には困らないし、な?」
「御主人の言う通りッスよルークさん。それにボンゴス親方も言ってたじゃないっスか。おめでたい時には飲んで騒いで喜びを分かち合うもんだって!」
モリンがトートバッグから嬉しそうな顔を出す。もっともらしくボンゴスの言葉を引き合いに出しているが、モリンは単にみんなと飲んで食べてはしゃぎたいのがダダ洩れであった。
「ルークったらいっちょ前に先輩風吹かしてるけどね、りゅうっち、ルークだって銅二級の昇級祝いを全額教会に寄付しようとしてマシウス先生を困らせてたんだから!」
チャコが半笑いでルークの初心者時代のやらかしを暴露すると、ルークはとたんにしどろもどろになった。
「あ、あれは俺も冒険者のセオリーを良く知らない時期だったからだな……」
あの時マシウスは、ルークの気持ちを汲んで三分の一を受け取って子供たちの衣食代にし、残りは装備の充実に充てるようアドバイスしてくれたのだ。
「なんだ、ルークもそうだったんなら、俺たちも遠慮することはないよなモリン」
「そうッスよね! 教会に寄付するのも、パーッと使うのも”載徳”ッスよ!」
したり顔の竜司郎とモリンにルークは困ったように頭をかいた。まったくこの異邦人と聖獣はなにからなにまでセオリーを外してくる。それがルークにとっては実に愉快な事だったのだが。
竜司郎は改めて、ホールにいる全員に言い聞かせるように声を大きくした。
「今回の仕事は、ここにいる皆が、異邦人の俺たちを受け入れてくれて、いろいろ気を回してくれて、それで無事に仕事を終えることができたと考えてます。ですから皆さん遠慮なく飲み食いしていってください」
ホールのざわめきが一層大きくなった。
「それではみなさん、今後とも俺とモリンと、西風団をよろしくお願いします」
「お願いしまッス」
そう言って一人と一匹は頭を下げた。
「じゃあ俺はエールの大ジョッキと灰色牛の串焼きを遠慮なくいただくぜ!」
ゴードンが太い声で、竜司郎とモリンの心づくしに応じた。それで全体の流れが決まったようなところがあった。
ゴードンの注文をきっかけに、西風団はもちろん、居合わせた冒険者たちも、警備隊の面々も、次々とフロント係たちに注文をはじめたのだった。
「ほら、乾杯だリュウ!」
ルークがゴツンっとエールのジョッキを合わせて来た。冒険者たちも競うように、竜司郎のジョッキに杯を合わせてきた。
「溝掃除で昇級かよ!」
「お前らどんだけ溝掃除したんだ!」
「これからも頑張れよ!」
「聖獣の銅二級昇級に乾杯!」
「なんの、東方のいい男に乾杯!」
竜司郎は手荒い乾杯を受けながら、異世界ナイズされた愛用の時計をチラリと見た。時間はまだ十八時を過ぎたばかりだ。
(マシウス先生やボンゴス親方も呼べばよかったかな)
そう思って一瞬だけスマホを取り出そうとした右手をごまかすように、竜司郎も焼きたての串焼きに手を伸ばした。
「竜司郎さん! 竜司郎さん! 朝ですよ!」
フィーズ教会南支部に、マリーナの声が響いた。倉庫の二階。竜司郎が間借りしている巡礼者用の寄宿舎である。マリーナの左手にはあきれ顔のモリンが抱えられていた。
子供たちと一緒に起床したモリンは、なかなか起きてこない御主人を起こすために、マリーナの力を借りることにしたのだ。
「まったくしょうがない御主人っスねえ……」
モリンはぼやきながら前カゴ収納スペースから合い鍵を取り出した。少しためらってから、マリーナは扉を開けた。
竜司郎は靴のままベッドに突っ伏して眠っていた。アチャーと前足で顔をぺちっと叩くモリン。
昨日、気前よく冒険者ギルドに居合わせた人々に酒と食事を奢った竜司郎は、お酌を希望する人々に勧められるがまま酒を過ごし、かくのごとき醜態を晒すことになったのである。
モリンはマリーナから降ろしてもらうと、無様な御主人に駆け寄ってをゆすり始めた。
「御主人! 御主人! 朝ッスよ! ここまで近くでも聞こえないんスか!」
「んだよモリン……こっちはひゅつか酔いなんだ……もう少し寝かせてくれよ……」
アルコールで混濁したまま、寝ぼけ眼で喋る竜司郎にマリーナは困り顔で近づいた。
「『浄化』」
さも当然のようにマリーナは『浄化』の魔法陣を形成し、ベッドの突っ伏している竜司郎の被せた。魔法陣はゆっくりと回りながら、竜司郎を蝕む毒素──アルコール──を浄化していった。
魔法陣が竜司郎のベッドに消えると、アルコールが抜けた竜司郎は、たちまち状況を把握した。
「マ、マリーナさん……!」
昨日、冒険者ギルドを後にしたときよりも顔を赤くして竜司郎は身を起こした。斜め後方からのモリンの視線が痛い。
「まったく、『浄化』もせずに眠って二日酔いになる人なんて初めて見ましたよ……」
マリーナは腰に手を当てて叱るように言った。
そうだ。この世界は『浄化』の魔法で体内のアルコールも消し飛ばせるのだ。飲み過ぎ食べ過ぎで自分が『浄化』の魔法を使えることすら忘れていた竜司郎は、ますます顔を赤くした。
この世界の人たちが割と遠慮なく酒を飲んで飲ませてくるのは『浄化』でアルコールを飛ばせるからなのだ。
「えっと……ご近所のみなさん、下でお待ちですか……?」
「お待ちです。みんな銅二級に昇級した竜司郎さんにお祝いを言いたいって待ってるのに、主役がこれじゃまるで締まらないじゃないですか」
「お手数をおかけして申し訳ない……」
ゆっくりと立ち上がった竜司郎を見て、ようやく安心したようにマリーナは笑った。
「さ、今日も私が演武指導担当だから。身体を動かして、シャキッとしましょ!」
マリーナは遠慮なく竜司郎の手を取って外へと歩き出した。モリンが嬉しそうに二人の後を追う。
(まるで登校前に起こしに来た幼馴染みたいだなあ……)
竜司郎の脳内には、まだわずかに浄化しきれないアルコールが残っているようだった。




