━━━案件72 西風団の溝掃除 無事完了す━━━
冒険者ギルドの非公式会議が解散したのは、夜の八時前であった。
空はすっかり暗く、月の神ウールカはその光を三分の一ほどにとどめ、人々を家路へと急がせていた。
平日の今日は『光源』を灯した街灯も、その魔力は夜九時を目安に使い切るよう調整されているのだ。屋台は店じまいをはじめ、大通りを歩く人々もまばらである。
冒険者ギルドからは各ギルドの重鎮と、お付きの者たちが次々と出てきた。
彼らは待たせていた馬車に次々と乗り込んで帰路につく。その中で一人だけ、キャスケットを深くかぶった小柄な髭の男が、そそくさと冒険者ギルドから脇道へ隠れた。奥には小柄な若い男が一人。
小柄な若い男は、待ってましたと言うようにもたれていた壁から身を起こして小柄な髭の男と合流した。周りを憚るように小声で話しかける。
「どうでした? 姐さん?」
「だから姐さんは止めなさいって」
「すんません姐さん」
姐さんと呼ばれた小柄な髭の男は、変装に使っていた髭を煩わしそうにむしり取り、キャスケットを小柄な若い男に被せた。キャスケットの下から艶やかな亜麻色の髪がふわりと広がる。ロナーシア情報会の記者、リルヴィアであった。
リルヴィアはギルド関係者のお付きの人を装い、冒険者ギルド開催の非公式会議の、文字通り末席に座って一部始終を見聞きしていたのだった。
「こっちはバッチリよ。さすがの”大剣のファリソン”も、フロントチーフのイルゼも、私の変装は見破れなかったみたい」
「流石ですリルさん!」
「……で、そっちの仕事はどう?」
「案の定、どのギルドも会議の決定如何に関わらず、飛野さんと聖獣さんの予定をいち早く抑えようと、それっぽい仕事をあちこちから探し回ってるみたいですねぇ。とりあえず各ギルドとフィーズ教会には人を張りつかせてます」
「上出来よジェフト。あんたの班はそのままギルド関連の情報を集めていって。連絡はこまめにね」
ジェフトと呼ばれた若い男は自信ありげに笑ってキャスケットをかぶり直した。
「リルさんは?」
「ローファイン卿から直々にね、飛野竜司郎と聖獣モリンの動向を探るように言われたの」
「……ってことは今まで通りじゃないっすか」
「情報会の方針プラス、正式な筋からの依頼なんだから今まで通りじゃないでしょ。報酬も入るし、お偉いさんのお墨付きをもらったのは大きいわ」
「これからは堂々と飛野さんと聖獣さんに取材に行けますね」
「周りの連中がちょっと手ごわいけどね」
「マシウス先生に西風団に、後ボンゴスファミリーもついてますよ」
言葉とは裏腹に、どこか楽しそうにも見える二人だった。
「それじゃ今日はここで解散。連絡はマジでこまめにね」
「分かってますよ姐さん」
「だから姐さんは止めなさいって!」
リルヴィアはジェフトの鼻面に人差し指を突き付けた。
冒険者ギルド大会議室。
フロント係の若手たちが机や椅子、ゴブレットや皿を片付ける中、副ギルドマスターのファリソンとフロントチーフのイルゼは今日の議題を上座で取りまとめていた。
「……ファリソンマスター、ロナーシア情報会の件はどうなさいますか?」
「リルヴィアの事か? 構わんさ。非公式の会議だが非公開というわけでもない。いずれ各組織が動き始めれば詳らかになる話だしな」
リルヴィアの非公式会議への潜入は、当然のように彼らの知る所であった。
ギルドの内情や機密事項を探りに来たのなら相応の礼節をもって対応するが、情報の収集対象は竜司郎とモリンだろう。
ならばことさらに咎めだてするには及ばない。無料で、せいぜい派手に宣伝してもらい、”竜司郎とモリンが所属する冒険者ギルド”に恩恵をもたらしてもらいたいものだ。
「ですが招待されていない者が身元を隠して出席したというのは、十分抗議に値する行為だと思いますが」
イルゼは性格的にも立場的にも、煽情的で無責任な噂話を喧伝するロナーシア情報会の週刊誌……ではなく情報誌によい印象をもっていないのだ。
「マシウスも言っていただろう? あまりにもガチガチに規則を運用してしまうと、かえって誰も守らなくなる。ローファイン卿が功績の割りに忌避され評価されていないのはそういう理由だ、とな」
「かしこまりました。ではロナーシア情報会の件は、一応覚えておくだけ、覚えておきましょう」
イルゼはキラリと眼鏡を光らせた。
会議の翌日。側溝清掃仕事は最終日を迎えていた。当初の予定としていた一週間よりも二日早い。
見物人も輪をかけて多く、しかも今日は水路ギルドの水路頭ロナルドと衛生組合の衛生頭バレフまでもが視察にやってきているのだ。
いや、視察というのは適切ではない。彼らは現場を指揮している西風団の仕事ぶりもそこそこに、魔導重機と魔導車両、そして人語を語る聖獣への好奇心を満たすのが目的であったからだ。
そうとは知らない竜司郎とモリン、そして西風団は、彼らの視察を額面のまま受け取り、微妙な緊張感を強いられて仕事をこなすことになったのである。
(まさか、異世界に来てまで、お偉いさんの現場視察があるとは思わないだろフツー……)
昨晩、そのお偉いさん相手に堂々と主張したくせに、竜司郎は別人のようにかしこまってバックホウを動かしていた。
あの会議はいわば特別な立場での発言だった。
マシウスの後ろ盾とボンゴスの援護があり、レアスキルを有する竜司郎とモリンと、そのレアスキルを獲得しようと欲する各組織の重鎮たちとの力関係が有利だったからできた発言にすぎないのだ。
「レアスキルを笠に着て、人生の先輩方になんて言い草だ!」と、大森社長が居合わせていたら間違いなく叱られていたところだろう。
(……いかんいかん! 仕事に集中だ!)
万が一に備えて、最終日のこの最後の区間は竜司郎が担当していた。
昨日のミーティングで大トリを務めたがったチャコを説き伏せるのは大変だったのだ。説き伏せた竜司郎がへまをやらかすわけにはいかなかった。
最後の一掬いをダンプの荷台に空け、クラクションを短く二回鳴らす。ルークがそれに応えてダンプのクラクションを一回鳴らした。
それを合図にモリンと、ゴードン配下の警備隊員二人が、いそいそとダンプに乗り込む。
警備隊員が二人、ルークのダンプに乗り込むのにはそれなりの理由があった。
浄化場までの道中、ダンプのサイズや動きに慣れていないロナーシアの町民たちを統率するためと、ゴードンが特別任務として、魔導車に乗りたがる子飼いの隊員たちに魔導ダンプに搭乗させる理由をでっちあげたからである。
ルークのダンプを現場から逃がすため、ゴードン自ら人だかりを引率してくれた。ルークがダンプの窓から手を振りながら大通りの角を曲がったところで、竜司郎は魔導バックホウのバケットを置き、操縦席から降り立った。
「これで、24か所全ての側溝清掃は完了しました。俺たち西風団の仕事にご協力いただき、本当にありがとうございました」
竜司郎は舞台挨拶のように、角度を変えて何度も見物人たちに頭を下げた。
拍手と喝采と歓声が大通りに響き渡る中、竜司郎は心地よい満足感とともに、魔導バックホウを格納したのであった。




