━━━案件71 西風団の溝掃除 紳士協定を取り持つ━━━
夕刻六時の鐘を合図に休憩をはさんで、会議は再開された。
再会された会議は実に紳士的で理性的で、前半の会議とはうって変わって和やかな雰囲気で進んだ。
イルゼが甘い焼き菓子と、気持ちを落ち着かせる香草茶を用意したのが功を奏したのと、お互いヒートアップして言いたいことを言い合ってすっきりしたことが、建設的な会議に繋がったようである。
ロナーシア組織の重役たちは、(容姿から察して)息子ほどの竜司郎に「大人げない」と言われ、流石に反発も覚えた。一方で、自らの言動を顧みて自制する理性も兼ね備えていた。
図らずも竜司郎が言った通り、彼らは相当な経験と技術をその手に得て、今の地位を勝ち取ったのである。己が属する組織を天秤にかけてまで、若造に感情的になるわけにはいかない立場なのだ。
一度休憩をはさんで頭を冷やしたことで、彼らも元々の地位と実力にふさわしい理性と判断力をよみがえらせたのであった。
……取り決めは、魔導契約書を用いた正式な契約ではなく、あくまで”紳士協定”というところで竜司郎とモリンの立ち位置は決定した。
正式な魔導契約書への署名は、今後、各組織で竜司郎とモリンへの対応が決定され、また、情勢の変化や実際の運用後に発生する諸問題を解決したうえで、ということに相成った。
決定事項は上座の背後にある黒板に書き出された。
冒険者ランク銅三級の竜司郎とモリン個人への依頼は、依頼内容の”格づけ”により、低難度、低報酬の仕事しか依頼できない。よって竜司郎とモリンへの依頼は、彼らが所属する銀級冒険者パーティーの西風団を指名する。
統一ギルド法に基づく指名回数制限を厳粛に履行する。よって統一ギルド法での禁止事項。同一組織から別ルートを迂回した依頼、別組織を挟んでの依頼の禁止。
当初の依頼目的、あるいは契約期間を逸脱した、特定の冒険者・技能者の継続的な拘束を目的とした依頼の禁止。契約外報酬による心証操作、金品、接待による利益誘導の禁止。
緊急の仕事は各組織が紳士協定に基づき理性的かつ協力的に対応する。係争が生じた場合は冒険者ギルドが仲介し暫定的に裁定する。竜司郎とモリンへの仕事の依頼は冒険者ギルドを窓口とする。
ギルド法と重複する部分も多々あり、それを再確認するような体裁になったのはやむを得ない。大人たちはそのあたりを持ちつ持たれつで”上手く回してきた”のである。
ただ、竜司郎とモリンのケースについては、そこは改めて意思統一を図っておかないと、今後”上手く回らない”のだ。そのための会議なのである。
それらの取り決めが決定され、上座の背後に書き出された条項について、全員の了承を確認すると、ファリソンがイルゼを促した。イルゼが明瞭な口調で一同に告げた。
「……以上の取り決めをこの場にて決裁いたします。ご意見のある御方はいらっしゃいますでしょうか?」
「異議なし」
「こちらも」
「同意する」
「承知した」
方々から賛同の声が上がった。少なくとも表立って反対を表明する者はいなかった。
「西風団のみなさん、竜司郎さん、モリンさん、よろしいですか?」
「オッケー分かりました」
「あたしも納得~」
「かしこまりました」
「はい。承知しました」
ルーク、チャコ、マーカス、マリーナが宣言し、竜司郎にイルゼの目線が移った時……
「……ちょっとだけ、いいですか?」
「どうぞ」
竜司郎は子供用の椅子に座っていたモリンも立たせると、一同を見渡した。
「まず、先ほどは、生意気なことを言って申し訳ありませんでした。そして、皆さんが俺たちに寄せる期待の大きさが嬉しくもあり、身が引き締まる思いもあります」
竜司郎はモリンの背に手を添えた。
「俺たちの力がどれだけ皆さんの役に立つか分かりませんが、依頼を受けた時には、俺たちの力の及ぶ限り、ご期待に沿えるよう精一杯お手伝いをさせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします」
「いたしまッス」
竜司郎とモリンは、参加者一同に向かって深く頭を下げた。会議室を、暖かい拍手と笑い声が満たした。
会議場を後にする各組織の重役たちを、竜司郎はモリンと共に出口で見送った。一人一人に声をかけ、握手を交わす竜司郎とモリンを会議室の奥から見守る冒険者ギルドの面々。
ファリソンとイルゼがやろうとしたことを、竜司郎とモリンに先にやられてしまった格好だった。西風団の一同も、慌てて竜司郎とモリンの後を追って見送りに加わったのだった。
「……正直少し肝を冷やしたぞ」
ファリソンはマシウスに笑いかけた。ファリソンは、誠実で恭謙と聞いていた竜司郎が、まさかあの居並ぶ重役たちを「大人げない」だの「不健全」だのと言い放つとは思っていなかったのだ。
「私も驚きました。ですが、あの見送りの様子を見ると、結果として正解だったのでしょう」
マシウスすら驚いたのだ。他の面子はいわずもがな、である。
「なんと言いますか……。大人との対話に慣れていますよね飛野さんは」
イルゼの率直な感想に、マシウスも、ファリソンも頷いた。彼らは一様に竜司郎の大人への対話の如才なさに違和感に近いものを感じていたのだ。
「それに見てみろ。銀級の西風団が銅三位の竜司郎に、まるでリーダーのように付き従っているじゃないか」
ファリソンは苦笑するしかない。見た目は同世代で、冒険者ランクがはるかに低い竜司郎が、銀級冒険者を向うに既にリーダーの貫禄を見せているのだ。そしてそれを自然に受け入れている西風団のメンバー。
「本当に不思議な人ですよね、竜司郎さんは」
イルゼとファリソンに、少しだけ楽しそうにマシウスは同意を求めた。イルゼは笑いながら眼鏡を直し、ファリソンは苦笑を微笑に変えて応じた。
「そういえば、あの”石頭”とも渡り合ったのだったな、あの竜司郎は」
「及ばずながら、マシウス先生の情状請願には、私も参加いたしましたわ」
イルゼが誇らしげに言った。イルゼがここまで好意的で積極的な相手というのも珍しい。
「俺も決裁を見に行けばよかったな。あの石頭が、ぐらついていたのだろう?」
「ええ。ローファイン卿も、竜司郎さんに何某か思うところがあるようで、色々と気にしているようです」
「ロナーシアに、新しい風が吹いているな」
かつての冒険者仲間、”大剣のファリソン”と”豪拳のマシウス”は、新しい風を呼び込む竜司郎とモリンに、同時に視線を向けた。




