━━━案件70 西風団の溝掃除 お偉方を白熱させる━━━
案の定、会議は次第にヒートアップしていった。
感情的な応酬の二歩手前、といった白熱ぶりは、竜司郎を辟易させ、モリンをますます退屈させた。
(現代人と異世界人の認識の違いと言ってしまえばそれまでなんだけど……)
竜司郎は謙虚さも、卑屈さもなく、異世界人のお歴々ほどに、自らのスキルに万能感や過剰な期待を感じてはいなかった。
膨大な魔力を使用して再現される重機やトラックは、確かに異世界人からしてみれば希少で、便利で、有益なものであろう。
だが、竜司郎にとって、重機はどこまでいっても重機だし、ダンプはどこまでいってもダンプなのである。天を割り地を裂く大魔法や、魔獣や巨竜を一刀両断する勇者の剣のほうがよほど驚天動地ではないか。
しかも竜司郎とモリンが同時に操れるのは重機が一台、車両が一台、そしてモリンのバイクが一台、の三台でしかなく、活動範囲すら限定的だった。
本来、今回の溝掃除なら最低二台のダンプは欲しいところだ。一台を満タンにして浄化場に走らせているうちに、もう一台に汚泥を積み込む。そうすることでバックホウもダンプも時間的なロスなく現場を稼働させられるのだ。
今回の側溝清掃の依頼は、竜司郎とモリンのスキルの構造的限界を知る良い機会でもあったのだ。
(ないものねだりをしてもしょうがいないのかなぁ)
竜司郎は周囲の意見を聞くふりをして、両隣に目線を泳がせた。
案の定ルークとチャコは、最低限の礼節のギリギリでとどまりながら、退屈そうな顔を押し殺すのに苦労していた。
マーカスは出席した魔術師ギルドの幹部と、なにやら目で語り合っていた。もしかしたら竜司郎とモリンが、収納スキル内のスマホとタブレットでテレパシー会話しているように、内密の会話をやり取りしているのかもしれない。
マシウスは予想通り泰然自若としたものである。時折主張者の方を向いて拝聴しているような態度を取っているが、泰然自若とした顔からは内心を察することはできなかった。
マリーナもそれにならって泰然自若と……し損ねていた。視線を泳がせた竜司郎と目が合い、やれやれ、とでも言わんばかりに乾いた笑いを浮かべて肩をすくめてみせた。
意外にもボンゴス親方は抑え役に回っていて、時々吹きこぼれそうになるお偉いさんに差し水をそそぐ役目を買って出ているのが驚きだった。
ボンゴス親方は、このお偉方の中では格段に竜司郎と懇意だったから、こういう不毛なやり取りが竜司郎のお気に召さないことを察しているようであった。言うまでもなくボンゴス本人もこういう不毛なやりとりはお気に召さないのである。
(あの江戸っ子カタギからは想像つかないけど、ちゃんと大人の力学もわきまえている人なんだな)
竜司郎はボンゴス親方に感心しつつも、ボンゴスが推察した通り、この状況をお気に召してない自分の心に気づいた。
議題は完全に「竜司郎とモリンのスキルをどう活用するか」から「竜司郎とモリンをどこが囲うか」に変わっているのだ。しかも本人らをそっちのけにして。
(ちょっと不健全だよなぁ、いい年こいた大人が集まって)
多少の苛立ちを抑えながら、竜司郎が「自分が何が言うべきか……」と思い始めたところで、マシウスが控えめに、かつ明確な意志を乗せて挙手した。イルゼが少し大きめの声で指名した。周囲からざわめきが引き始める。
「みなさんのご意見は拝聴させていただきました。どの御方のご意見にも一理あり、であるがゆえに、なかなか結論を出しかねる議題であると思いますが……」
そう言ってマシウスは竜司郎とモリンを見た。
「……ただ、皆さん、肝心の竜司郎さんとモリンさんの意思確認を、お忘れではいませんか?」
ざわめきが再び大きくなった。
流石はマシウス先生。困った時のマシウス先生。竜司郎の心境をピタリと察したうえで発言するタイミングも見事だった。竜司郎はイルゼの時とは違った意味で、心の中で手を合わせた。
「どうですか? 竜司郎さん。モリンさん。皆さんのご意見を聞いたうえでの所見を、お伺いしたいのですが」
マシウスから指名された竜司郎は、モリンに「俺が言うよ」と目で語ってから、竜司郎は後頭部をなでながらゆっくりと立ち上がった。
「いや……どうも鉄もありませんよマシウス先生」
「俺たちのスキルは確かにレアかもしれませんが、所詮は一個人の技術にすぎません。俺がダンプやバックホウを100台同時に展開できるなら話は別ですが、俺とモリンが少々お手伝いしたところで、皆さんの組織が大変わりするとは思えません……」
竜司郎はそこでいったん言葉を切って、周りを見渡した。ここははっきり言っておいた方がいいのではないか、と思ったのだ。マシウス先生の後ろ盾を得て、立場が強化されたことも大きかった。
「ここに出席された皆さんは、相当な経験と技術をその手に得て、今の地位を勝ち取った方々だとお見受けします。その方々が、俺の理屈を存じないはずはないと心得ます」
「それでも俺たちを躍起になって手に入れようとしてるというのは、皆さんの地位や立場から見て、ちょっと大人げないし、不健全かな、と」
お偉方が静まり返る。何人かは愉快ならざる表情を浮かべかけていた。少々レアなスキルを持っているからと言って若造が何事か、と。
それでも敢えて物申さなかったのは、竜司郎とモリンを獲得するにあたって、感情的な発言は他者を利するだけで、竜司郎とモリンにも悪印象を与えてしまうのが分かっていたからだ。
「なんというか……今の議論だと、どうも俺たちを勲章かトロフィーのように扱ってるように思います。単に俺たちを囲って他のギルドにドヤ顔したいだけなのかな、と」
「そうじゃなくて、皆さんが欲しているのは、俺たちのスキルや俺たちの助力なはずです。そこのところを今一度顧みてもらえたらと思います」
西風団の面々が息を呑んでいるのが分かった。意外なほどの竜司郎のはっきりとした主張は、マシウスの目をわずかに見開かせるほどのものだった。
大きく豪快な笑い声が会議室に響いた。ボンゴスだった。
「みなさん、この若いのにちょいと一本取られたんじゃありやせんか? 俺たちが集まったのは、あくまで紳士的に、竜司郎とモリンのレアスキルをどう活用していくかを相談するため、ですぜ」
ニヤリと笑って一同を見渡すボンゴス。マシウスに続いて頼もしい味方が、竜司郎の援護に回ってくれた。竜司郎は緊張をほぐすように、大きく息を吐きだした。
お偉方の方々から、唸り声と、苦笑いと、感嘆の声が上がった。
会議室の空気が和らぎ、少し気が楽になった竜司郎は、ボンゴスと目を合わせた。ボンゴスは竜司郎に向かってもう一度ニヤリと笑うと、手元の水入りゴブレットを掲げて見せた。




