━━━案件69 西風団の溝掃除 偉い人を呼ぶ━━━
”先んずれば即ち人を制し、後るれば則ち人の制する所となる”
古代中国の言葉である。それ以外にも先手必勝だの、早い者勝ちだの、他人より先に動くことの有利さを説く格言、慣用句は多い。
異世界でもそれは同じと見えて、ロナーシア各所の溝掃除で大暴れした西風団一行の活躍を見聞きした者たちが、それぞれの組織に報告したのだ。
その報告を機に、竜司郎とモリンのレアスキルを獲得しようと、ロナーシアの各組織が一斉に活動をはじめたのだ。そこからこの状況になるまでは、各組織とも大慌てだったことだろう。
彼らは早速、竜司郎とモリンが所属する冒険者ギルドに話を通し、事の大きさを考慮したイルゼが冒険者ギルド上層部に上申し、かくのごとき集会と相成ったのである。
イルゼの説明を聞きながら、竜司郎は集まった錚々たる面子を見て困惑していた。
集まった組織は、主催の冒険者ギルド、工業ギルド、商業ギルド、物流ギルド、水路ギルド、盗賊ギルド、衛生組合、魔術師ギルド、フィーズ教会……。
居並ぶ面子で、フィーズ教会のマシウスは言うまでもなく、建設頭のボンゴス親方は知っていた。冒険者ギルド副ギルドマスターのファリソンは名前だけはイルゼから聞かされていた。
あと、水路ギルドの水路頭ロナルドと衛生組合のバレフは、側溝清掃の依頼をまとめて受諾したとの報告を聞いて、意思確認のため一度だけ打ち合わせで顔を合わせていた。
その他のギルドの人々も、それなりの肩書を持っている、前世界で言うところの役員級らしい。
ということは、あのボンゴス親方も役員級なのか……?。いや”あの”という言い方は甚だ失礼だが。
イルゼが長々と、そして淡々と参加する偉い人たちを紹介していったが、○○頭だの○○役だの似たような肩書と似たようなおっさんばかりだった。竜司郎は気乗りしない会議なこともあって、イルゼから聞いたそばから忘れてしまっていた。
ただ、退屈な教師の講義を聞いているように、露骨に眠たそうにしているモリンほど図太くなれず、竜司郎は神妙に聞いているふりをしつつ、心の中でイルゼに手を合わせたのだった。
……ともかく、ロナーシアを代表する民間組織のほとんどが、相応の役職持ちをこの場に派遣しているというわけだった。
(上場企業がやってる合同面接会とか役員面接ってやつか……?)
高等学校を卒業してすぐに働き始めた竜司郎にとっては新鮮な体験であった。
竜司郎は高等学校時代、就職活動らしい就職活動はしていない。
父龍三郎の知り合いの伝手で紹介された大森建設に面接に行き、大森社長と社長夫人の専務からあっさりと採用を貰ったのである。コネに近い面接とはいえ、一社で就職内定は、当時の高等学校でちょっとした話題になった。
大森建設が廃業し、OS物流に転職した時も同じような流れだった。OS物流に何度も出入りしていた竜司郎は営業所所長とも顔見知りで、従業員からの評判も良く、面接はほぼ形式的なものに終わり、こちらもあっさりと転職できたのである。
よって、竜司郎は就職活動で四苦八苦したことも、面接で困ったこともなかった。ところが今は……
(これ、どっちかっていうと、面接じゃなくてスカウトとかヘッドハンティングじゃないッスかね)
モリンが前カゴ収納スキルに納めているスマホから脳内に話しかけてきた。なるほど、竜司郎とモリンを採用するのは決まっていて、後は何処へどのような待遇で所属するか、という協議なわけだ。
(そうか。そっちのがピッタリくるな)
ということは、大森建設の面接も大森社長と大森社長夫人が面接官だったから、役員面接だったということではないか。ボンゴス親方とは違った意味で役員らしくなかったが。
(いや~~こんな錚々たるメンバーから引っ張りだこだなんて、いい気分ッスねえ~御主人!)
(お、おう……そうだな……)
モリンは性格からしてウッキウキであろうことは容易に想像できた。これから各界の重鎮たちがモリンを下にも置かぬ対応で勧誘してくるのだ。モリンの頬は緩みっぱなしであった。
だがモリンの主人の竜司郎は困っていた。困ったことがなかった就職活動と面接を足したようなこのシチュエーションで困っていた。どこを選ぼうが選ぶまいが、何某かの軋轢を呼び込むことは明白だったからだ。
それが自分の一存で決定するこの状況は、小市民な竜司郎にとっては甚だ胃に負担をかける立場なのであった。
竜司郎は右隣のモリンの隣のマリーナのさらに斜め隣のマシウスをチラリと見た。困った時のマシウス頼み、といういささか情けない心境が、その目線に表れていた。
「……さて、今回皆様に集まっていただいたのは、当ギルド所属の西風団と、西風団に所属する飛野竜司郎と、聖獣モリンへ、一方ならぬ期待をいただき、その具体的な提案を持ち込んでこられた、ということでよろしいでしょうか?」
会議の開催を宣言するように、冒険者ギルド副ギルドマスターのファリソンは、朗々とした声とともに一同を見渡した。
竜司郎とモリン、そして西風団をわざわざ上座に座らせ、当ギルド所属の、と、これもわざわざ宣言してみせているのは、手放してなるものかという、冒険者ギルドの方針を如実に表しているものだった。
それは、冒険者ギルドも、竜司郎とモリンのスキルに大きな可能性と活躍を期待していることに他ならならない。これだけの面子を動かしたという事実が、冒険者ギルド側の方針を一層強固なものにしたのは言うまでもなかった。
ボンゴスが挙手した。イルゼが指名する。
「そう最初から身構えられちゃ、こっちもやりにくいですな副マスター。俺たちゃ何も竜の字……いや、竜司郎とモリンの首根っこ引っ掴んで連れて帰ろうって集まったわけじゃねえんでさぁ。そこんところは理解してもらわねぇと困りますぜ」
各所から賛同の声が上がる。内心はどうあれ、理性的な協議を望む、というのが参加者たちの意向である。ファリソンは点頭した。
「ボンゴス親方のおっしゃりようは理解できます。こちらもいささか誤解を招く発言でありましたな。その点はお詫びいたしましょう」
ファリソンは理解を示したものの、恐らくこの程度の反撃は想定していたのだろう。お互い示し合わせたかのような、よどみのない応対であった。
ボンゴスの発言を皮切りに、各ギルドの重鎮たちが発言を開始した。
「飛野殿、モリン殿のスキルは我がギルドにとっても有益であるのは明白。レアスキルであるならなおさら、冒険者ギルドだけで独占は如何なものかと」
「飛野殿、聖獣殿はまだギルド登録は一か所のみと仄聞しております。ここはいくつかのギルドに登録していただき、適性を見るのが望ましいのではありませんか」
「お二方のスキルを見聞した限りでは、冒険者というよりも、土木、運送、荷役向きのスキルであると考えます。より有効なスキル活用の面からも、ご一考いただきたいものですな」
……言いつくろってはいるが、要するに「俺の所へよこせ」である。
期待され、求められているのは確かに嬉しいし、期待され、求めている彼らの役に立ちたい、助けてあげたいとも思うのは竜司郎の美点と言える性格であった。
それはそれとして、彼の去就が定まるまでに、こうしてごっつい肩書をぶら下げた大人たちが、理性の皮をかぶって拳ではないゲンコツで殴り合っているのは、見ていて胃が痛い。やはり人は戦いを経なければ分かり合えないのか。
向かいの下座に座っている、アルドとノルドがはらはらした顔で会議の紛糾を見守っていた。アルドとノルドの周りに座っている他ギルドのお付きの皆さんたちも、大なり小なり似たような様相であった。
(長くなりそうっスねえ御主人……)
モリンがまたスマホで退屈そうに話しかけてきた。多分モリンは「モリン様ぜひウチに!」とか「いえいえ聖獣様は我々のギルドに!」みたいな展開を予想、いや期待していたに違いない。
それが、御主人も自分もそっちのけで、オッサン同士がわちゃわちゃとやりあっているのだから、退屈になるのも仕方がない。今少しの辛抱だぞモリン。……たぶん。
一仕事終えてからの会議は大森建設でもOS物流でもあった。仕事終わりのもう一仕事は、座しての会議でも地味なダメージを精神と肉体に与えたものだった。
しかし、どちらの会議も、タイムカードは会議後に打刻したので残業代は計上されたし、大森建設時代は軽食の差し入れもあったのが救いだった。
……この会議はフロント係のみなさんが用意した水だけだった。
(残業なんて概念はないだろうからなぁ……)
竜司郎は、手元に用意された水に、喉と胃の渇きを潤す以外の目的も混ぜ合わせて、長い時間をかけてチビチビとすすった。




