━━━案件68 西風団の溝掃除 人だかりが増える━━━
側溝清掃の見物人は、日を追うごとに増えていった。
西風団にその日の予定を聞く者や、冒険者ギルドに側溝清掃のスケジュールを問い合わせる者すら出始めているのだ。
噂の東方人と聖獣を仲間に加えた銀級冒険者の西風団が、およそランクにふさわしからぬ側溝清掃の仕事を一手に引き受けた話は、彼らを知る住民たちの間で大きな話題になったのだ。
魔導車両を召喚する飛野竜司郎は注目の的だった。
現場では懸命に仕事をこなし的確に指示を出すその姿は、フィーズ教の教えである三善の一つ「勉励」を体現するものであった。国教たるフィーズ教信徒が圧倒的なロナーシアの民の好感があがるのも宜なるかな、であった。
さらに、東方人らしい異国情緒溢れる整った顔立ちと、三鑑定の儀で示した翠玉光通りの誠実で恭謙な人柄も相まって、竜司郎の周りには自然と人々が集まった。
そして、やはりモリンは大人気だった。特に子供たちは親にせがんででも彼の姿を見たがった。
西方皇国には生息していない東方の珍しい獣で、聖獣という触れ込みもさることながら、トテトテと現場を歩き回り甲斐甲斐しく働く姿と、社交的で機知にも富んだ語りは、ロナーシアの町民の笑みを誘い、和ませていた。
そのおかげか、行く先々の現場近隣住民は一様に好意的で、時には差し入れすら持ってきてくれる人気ぶりだった。
「ただの溝掃除が、ここまで注目されることになるとはなあ……」
「ほ~~んと。皇都の舞台で注目を浴びるのって、こんな感じなのかも」
昼休憩の時、ルークとチャコは住民たちに囲まれながらしみじみとつぶやいた。ロナ川から伸びた支流の川べりで休憩を取っているのだが、仕事が休憩というだけで、集まった住民たちへの応対で大わらわだった。
見物人の対応には、主に竜司郎とモリン、そしてマリーナがあたってくれていた。こういうところに骨惜しみしないところも、人気の一つなのでしょう、と、マーカスは穏やかな笑顔で語ったのだった。
「旦那様、お忙しいところをありがとうございまッス」
「ちびっこさん見学ありがとうございます。お母さんのお手伝い頑張るんスよ」
「これはこの間の行商人さん、商売が順調そうで何よりッス」
モリンは元々こういうシチュエーションが得意且つ好きなのだろう。
休憩にもかかわらず、むしろ積極的に見物人たちと語り合っていた。時折差し出される果物や焼き菓子がモリンの社交性と積極性を一層推進させていたのも確かだが。
竜司郎もできるだけ見物人の要望には応えるようにしていた。魔導車両に触れてみたい大人たちを案内し、魔導バックホウに子供を座らせ、時には操作方法も実演しながら語った。
ここでロナーシアの人々の心を掴んでおけば、という打算も多少はあったし、竜司郎自身もそれなりに社交的で、実に献身的で、人が喜ぶ姿を見るのが好きなのだ。
マリーナは、そんな彼らをさりげなくサポートする位置に納まっていた。
元々フィーズ教会南支部から冒険者ギルドにそろって出勤する関係であったのが大きい。
先だってからの側溝清掃仕事の段取りを決めるに際し、南支部へ帰ってからも、ローズウッド夫妻を交えてあれやこれやと相談する、という日が続くうちに、マリーナはいつの間にか竜司郎とモリンのそばにいるのが自然になっていた。
先日ローファインのもとに竜司郎とモリンと共に同行したのも、そのような流れからだったのだ。
「さ~~ぁ! 午後からはバックホウのチャコール様の出番だよ!」
チャコは、舞台から観客の声援に応えるように、魔導バックホウから両手で大きく手を振った。見物人たちから大きな歓声と拍手が起こる。竜司郎は展開時に増設した魔導バックホウの後部座席で苦笑しながら小さく片手を振った。
昨日の夕方、冒険者ギルドで進捗状況と明日の予定を再確認していた時、増えていく見物人に我慢できなくなったのか、チャコは竜司郎に訴えたのだ。「あたしもみんなにイイとこ見せたい!」と。
令和最新式のバックホウと違い、バケットの甲を側溝の底面と平行にしたまま稼働させるのは操縦者の手腕次第である。一抹の不安を覚えたものの、竜司郎はチャコの意欲を買うことにした。
チャコは魔導バックホウの適正がある。ここは慎重を期するを優先するよりも、チャコの意欲と経験値稼ぎを優先するべきではないか、と、判断したのだった。
……チャコの訴えを聞いて、竜司郎は前世界の記憶を思い出した。
「いつかはやらなきゃいけねえんだから、今やったらいいじゃねえか。いざとなったら俺がケツもってやるから」
「けど、社長……」
「相手は人じゃねえ。壊れたら直せばいいんだ。それよりも竜司郎がここで経験を積んでくれる方が、俺にとっても会社にとっても大事なことだぜ」
かつて、大森社長は当時の竜司郎の身に余るバックホウ作業を任せるにあたって、そう言って竜司郎を叱咤したのだ。
あの時は大森社長が竜司郎のバックアップをしてくれた。今度は竜司郎が後進のバックアップをする番、というわけだ。
三鑑定の儀の時もそうだったように、ロナーシアの民は相当に理性的で、今の所安全を脅かす行動をとる者はいない。これにはゴードン隊長率いるロナーシア警備隊の存在も大きかった。
ならば、と、交通誘導員はマリーナと警備隊に任せて、竜司郎はそのままチャコのサポートに回ることにしたのである。
「おうチャコ! 気負って側溝を壊すんじゃねえぞ!」
ルークが魔導ダンプからチャコに笑顔を向けた。チャコは笑顔とサムズアップを返すと、慎重にバケットを翻した。
モリンとマーカスが、杖と誘導棒を上げて合図する。側溝の蓋は空けられていた。チャコはゆっくりと側溝にバケットを差し入れた。ここが終われば今日の浚渫現場は終わりである。
「あ、西風団のみなさん! 待ってましたよ!」
「竜司郎さん、お帰りなさい!」
依頼の進捗状況を報告するため、冒険者ギルドに帰った西風団一行を、ボンゴスファミリーのアルドとノルドが門前で待ち構えていた。
アルドとノルドは竜司郎よりも年上であるが、彼ら兄弟は先だっての切通し復旧作業を通して、竜司郎を魔導バックホウの師匠として扱い、敬して立ててくれているのであった。
竜司郎は、面映ゆいから、とやんわり断っても彼らは止めず、竜司郎が根負けする形で現在の関係になったのである。
「どうしたんです、アルドさん、ノルドさん、こんなところで」
工業ギルドならともかく、冒険者ギルドに二人がいるのは珍しい。冒険者ギルドに登録しに来たというわけでもなさそうだ。
「みなさんの活躍を見て、お話を聞きたい、いや、お話をしたい方々が集まっています」
困惑する竜司郎と西風団一行に、アルドとノルドは冒険者ギルドへの入場を促した。
「応! やっと帰って来たか。今日も一日お疲れさん!」
二階の大会議室にボンゴス親方の大きな声が響いた。
大きな室内には、長方形に並べられた長机を、ぐるりと椅子が囲み、両側にそれぞれ10人ほどが着席していた。上座の中央に座る中年の男は、確か副ギルドマスターの一人、ファリソンだったか。
ファリソンの傍らにはイルゼが立っていて、入室した西風団一行に一礼した。
西風団一行が着席している面子に視線を移していくと……
「お父さん!?」
マリーナが素っ頓狂な声を上げた、ルークも「えぇっ!」とマリーナに続いた。
「やあ、みなさん、お仕事お疲れ様です」
特に驚かせたつもりはないように、マシウスはニコリと笑って片手を上げた。なぜマシウス先生がここにいるのか。
「お待ちしておりました西風団の皆様。事情は私から説明いたしますので、こちらへどうぞ」
フロントチーフのイルゼが案内したのは、副ギルドマスターのファリソンが座る上座の両側だった。




