━━━案件67 西風団の溝掃除 人だかりを作る━━━
ローファインの背後で、秘書二人が控えめな歓声を上げた。
二人の秘書が窓から見下ろす先では、モリンが魔導バイクを展開していた。竜司郎とマリーナは慣れた動作で搭乗して駆け去っていった。
「……彼らは帰ったのか?」
ローファインの冷静な質問に、慌てて応えると二人の秘書は自らの執務卓へ戻った。ローファインは白いカップの茶を飲みほした。
(……工業ギルド総出の大規模な工事計画なら、ここまで詳細な工事計画になるだろう。それはいい。問題はこの安全面、対人面での配慮だ)
(近隣住民への周知と聞き取り、商店への配慮、作業時間の調整、衛生面への対策、交通への影響の確認、車両の進入・退出経路、交通誘導員の配置、歩行者の安全確保……)
(想定されるリスク、事故をあらかじめ洗い出し、それらに現実的な対策を講じてある)
(飛野竜司郎が作成したこの安全計画をそのまま様式化して運用すれば、現場作業中の事故は格段に減少させられるはずだ)
ローファインは苦い記憶を思い出した。
「そんな煩雑な法律など、平民が理解できるものか」
「平民にそこまで慮る必要はない」
「そもそも平民がそのような面倒な法手続きを望むと思うかね」
「我らの仕事が無駄に増えるだけだ」
法曹界主流派の重鎮に、改革案、修正案をのらりくらりと退けられ、若手グループで何度無念の酒をあおったか。
あの時と同じ轍を踏まぬためには、今少し、伯爵の言う味方と、決め手となる手札が必要だろう。
(……味方? 手札? 俺は、何をしているのだ)
ローファインは自らの思索に眉を寄せた。どうも、あの東方人の男と関わってからというもの、調子を狂わされてばかりだ。
「……次の面会予定は誰だ?」
「ロナーシア情報会のリルヴィアが、毎週の定期報告のため来訪しております」
女性秘書官が言った。ローファインは一瞬間を置いてリルヴィアの入室を手配した。
「追加で仕事を頼んでおくか」
翌日の朝。
冒険者ギルドでは西風団が複数の冒険者に絡まれていた。いや、あの側溝清掃の仕事を一手に引き受けた西風団に、好奇と心配と興味を次々と投げかけていたのだ。
西風団は、朝食もそこそこに彼らの矢継ぎ早の問答に追われる羽目になったのである。
「ようルーク、本当にあの仕事を全部引き受けたのか?」
「おうよ。久しぶりに初心に帰って溝掃除だ」
「当て込んでるのは、あの東方人の召喚魔法だなチャコ?」
「ざっつらい! さっすがに勝算がなかったらあたしたちだってやんないよ」
「オレはてっきりマーカスが『浄化』の『強化』でゴリ押しすんのかと」
「流石に3km超えの距離でそんなことやってたら、いくら私でも持ちませんし、効率も悪いですからね」
「そういえば冒険者ギルドの近くにも現場があったと思ったが……」
「おうよ。今日の予定にあるからぜひ見に来てくれよ。俺のダンプの腕前を見せてやるからよ!」
ようやく同僚冒険者の対応が一段落したころ、竜司郎とモリンとマリーナがやってきた。
「「「みなさん、おはようございます」」」
「おう、おはよう! 待ってたぜリュウ。早速仕事にかかろうぜ!」
立ち上がったルークに、マリーナが手提げ袋を掲げた。
「お母さんから、臭い消しの野草を染みこませたタオルを預かってきたの。作業の時、首に巻いていれば側溝の臭いも軽減できるはずよ」
「ええっ!? アレ高いっしょ?」
あのチャコが驚くくらいだから結構なお値段なのだろう。事も無げに娘に託してきたルミーナさんの太っ腹ぶりは親心の賜物か。
「そろそろ鮮度が落ちるから、ちょうどよかったって言ってたから気にしないで」
「ありがたい差し入れですね。お気遣いありがとうございますと、マーカスが言っていたとお伝えください」
「おっけーマーカスさん! それじゃ最初の現場に行きましょ、兄さま!」
マリーナが元気よく手提げ袋を掲げた。
「……なんか、すげえことになってるな」
魔導ダンプの運転席で、ルークは呆れたように周りを見渡した。溝掃除現場を半円に、次々と町民が集まってきたのだ。無論、お目当ては竜司郎の魔導車両と、聖獣モリンである。
ご近所さんらしき一団がそこかしこでグループを作っていた。どうやら声をかけあって現場に詰めかけたようで、好奇心と驚きとを混ぜ合わせた表情を浮かべて魔導車両を眺めていた。
通勤中と思われる人々も、時間の許す限り立ち止まっては、思い出したように慌てて仕事場に向かっていた。わざわざ子供を連れた来た親子もいて、親子そろって西風団の仕事に釘付けであった。
無邪気に手を振る子どもたちに、竜司郎もルークも、ニコニコ顔で手を振った。
(異世界でも子供たちのこういうところは変わらないんだなあ……)
少しだけバックホウの操作に気合が入る竜司郎であった。
「俺たちに声をかけて正解だったぜマリーナお嬢ちゃん」
「ホントですね。周り凄いことになってますもん」
西壁区警備隊長ゴードンは、各区域の隊長と連絡を取り合って予定を調整して、西風団の警備を買って出てくれたのだ。
ゴードンは、交通誘導員のマリーナとチャコの間隙を埋めるように隊員を配置し、ますます増え続ける観客の誘導に当たっていた。
区域を離れた仕事を心配した竜司郎に、ゴードンは笑って答えた。
「ロナーシアの民に、十分な周知がされていない魔導車を使って公共の道路で作業するのだから、安全のために我々警備隊が彼らの警備に出張るのは当然だ」
また、
「我々、西壁門警備隊が、今の所一番魔導車両の扱いには詳しい。よって我々西壁門警備隊が彼らの警備に出張るのは当然だ」
というわけである。
「ホントは間近で魔導車両を見たかっただけなんじゃないッスか?」
「思っててもそういうことは言うんじゃねえよ!」
モリンのツッコミに豪快に笑いながら、ゴードン隊長は同じ理由で参加を希望する西壁門警備隊の隊員に、選抜メンバー選出のくじを引かせたのであった。
竜司郎は、ルーク搭乗のダンプをバックホウの左斜め前に、バックホウは側溝を跨ぐように配置していた。この位置関係なら、掬った汚泥はバックホウを45°程度の旋回で積み込めるので効率がいいのだ。
ある程度積み終わったらバックホウを後退させる。短くクラクションを鳴らしてルークのダンプを後退させる。ダンプがバックホウと同じくらい後退したあたりでもう一度短くクラクションを鳴らして停止させる。
このサイクルタイムは先日、冒険者ギルドの訓練場で予行演習した通りだ。後方を確認しつつ、チャコの誘導に従うルークの姿はすっかり現場のダンプ乗りである。
そして浚渫作業が終わった側溝の汚泥の残りは、マーカスが杖の先に展開した『浄化』を照射して次々と浄化していった。
モリンもダンプに同乗しない間はマーカスの補佐である。モリンは見様見真似で誘導棒の先に『浄化』を展開し、ダブルチェックの役目を買って出て、マーカスのフォローにあたっていた。
モリンが側溝の蓋の最後をパタリと閉じた。竜司郎に向かってブンブンと誘導棒を振る。竜司郎はグッとサムズアップを返した。
「この現場はこれで掃除完了しました。ご近所の皆さん、作業へのご協力ありがとうございました!」
竜司郎がバックホウのスピーカーで終了宣言をすると、人だかりから拍手が起こった。西風団は手を上げて応え、モリンは堂々たるボウ・アンド・スクレープである。
竜司郎も、照れくさそうに手を上げて、ご近所さんの拍手に応えた。




