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━━━案件66 聖獣モリン 渾身のネゴシエーション━━━


「……この資料を作成したのは卿か?」


 砂時計をひっくり返した事を、態度にも言葉にも出さず、ローファインは竜司郎に問うた。


「昔故郷で作成した資料を思い出しながら、私が作成しました。……この世界、じゃなかったこの国の法律にすり合わせるために、冒険者ギルドのイルゼチーフや、マシウス先生たち教会の皆さんにもアドバイスをもらいましたが」


「ふむ……」


 ローファインは、もう一度資料に目を落とすと、丁寧な動作で資料をトントン、と揃えた。


「この書類は当方が預かる」


「え……あ、はい」


 竜司郎は頭の中で首を傾げた。受理されたということかもしれないが、どうも物言いに違和感があったのだ。




「法務院の参考資料とする」


「「「……え?」」」




 竜司郎とモリンとマリーナの声が揃った。


 付与記憶によると、法務院とは、アイル・グレスト皇国において皇国中央の法務行政を司る官庁のことである。


 三権分立が未成熟なこの世界において、国の法律関連業務を一手に担う重要組織で、その法務院の参考資料とされるということは、すなわち、竜司郎の作成した資料が法務院の法務院予備審査に提出され、法案作成の参考にされることを意味した。




(なにげにドえらいことじゃないか、これ)




 竜司郎からすれば、7年と言うわずかな現場経験を必死で思い出しながら作成した拙いにもほどがある資料である。


 現役の頃を思い出しても、大抵は課長や部長に提出した資料は間違いなくダメ出しを二回は食らっていたのだ。




(……もしかして女神さまの補正で課長級部長級の資料になってんのかな?)




 付与記憶があまりにも自然なので、仕事の経験もアップデートされた可能性も疑ってみたほうがよさそうであるが、アップデートされた異世界竜司郎と、前世界の竜司郎と比較ができないので、比較作業は徒労に終わるものと思われた。






「……ちょ~~っと待ってくださいローファイン様」




 モリンだった。マリーナのトートバッグからローファインと対峙するように身を乗り出していた。


「……何か?」


「その書類は、御主人とイルゼさんとマシウス先生とルミーナさんとマリーナさんと、後、私とが一生懸命作ったものッス!」


「……」


「それをタダでもっていこうなんてのは、法律家としてどうなんッスか?」


「お、おい、モリン……!」


 モリンからすれば、ローファインは「人助けをした御主人を連れ去った仇敵」ともいえる存在である。結果として御主人は解放されたとはいえ、それで御主人に詫びの一つもなく、資料すら収奪しようというのか。


 御主人も御主人である。なぜこんな堅物に必死で作成した資料をわざわざ提出する必要があるのか。




「私に提出された書類は、受理した時点で公文書だ。保管することに問題はない」


「え……」


「私は領邦治安官として、資料を収集する権限を持っている」


「あ……」


「この書類を差し戻すというならそれも構わんが、そうなると道路を使った浚渫作業は許可できんぞ」


「……」


 早くも劣勢に立たされるモリン。マシウスでようやく五分、竜司郎ですら防衛に精一杯なのがローファインなのだ。




「で、でも、でも! その資料には私たちの著作権があるはずッス!」


「ほう……著作権」




 竜司郎は努めて表情に出さず、ローファインの表情の変化をとらえた。


 マリーナが竜司郎の洞察を察したかのように竜司郎の横顔を見た。モリンが苦し紛れに放った著作権という法律用語が、ローファインの鉄盾に文字通り一矢報いたようだった。


「では、主たる資料の作成者、飛野竜司郎に問おう。この書類の著作権とやらを主張するかね?」


 竜司郎は自分の資料にそこまでの価値があるとは思っていない。ローファインが必要だというなら、そのまま引き渡して役立ててくれればいい、くらいのものである。


 ただ、モリンの主人を思う心情と、なけなしの勇気を振り絞って主人の権利を守ろうとした心意気も、できれば汲み取ってやりたいと思っていた。




「そちらの資料について、著作権を主張させてもらいます」


「ごしゅじん……」


 真っ直ぐにローファインを見て、竜司郎は冷静に言った。それで、たぶん、ローファインには伝わるはずだ。


「分かった。では、正式な手続きを取ろう」


 ローファインは事も無げにそう言い、男性秘書を促すと、所定の書式であろう書類を用意させた。






「卿らの主張する著作権とは、我が国における作成者権に該当するものであると考えてよいな?」


「え……ええ。それで結構です」


 竜司郎が拘束されていた貴人室の書籍に、そんな話があったはずだ。その昔、自らのアイデアを模倣されたとある貴族が、そのアイデアに対して権利を主張したのが作成者権の始まりだったという。


「では、この書類に、作成者の名前を記入してきたまえ」


 ローファインが差し出してきたのは、作成者権の利用許可申請書だった。モリンとマリーナも覗き込む。


 申請書には、該当資料の複製・保管・参照について作成者の同意を得ること、最終的な権利は作成者に帰すること、作成者は必要な範囲において対価を請求できること、が記され……


 下段には、五行に渡って名前を記入する空欄が設けられていた。ローファインを見返す竜司郎をチラリとみて、ローファインはまた砂時計をひっくり返した。


「主たる資料の作成者は卿だが、複数の手を借りて作成されたと、先刻卿ら主従が揃って言っていたではないか。作成には、そこな聖獣モリンもマリーナ嬢も作成に参加していたのだろう?」


「はい、その通りです」


「ならば作成者全員の同意を得たうえで、我々が資料を利用するのが筋であろう。提出は一週間以内。直接私に届けるように」


「分かりました。ローファイン様」


 竜司郎は作成者権の利用許可申請書を受け取り、頭を下げ、頭を下げたまま、モリンに頭を向けてウインクした。涙目のモリンの顔がパアっと明るくなる。




「そこな聖獣モリンのサインは、聖者ジョージに仕えた聖獣クロウの故事に則り、前足の印章を認めるものとする」


 ローファインは気難しい表情のままモリンを見据えた。モリンはトートバッグに身を縮こまらせた。


「聖獣モリンよ、この申請書も法務院に提出される公文書となる。心して捺印せよ」


「あ、あの……なんか、話が大きくなってないッスか?」


「私と交渉を始めたのは卿であろう?」


「う゛……」


「私相手に法を語るなら、主人の冗談と同様に、もう少し見識を深めてからにしてもらおう」


「か、かしこまりましたッス……」


 モリンはますますトートバッグに身を縮こまらせた。


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