━━━案件07 森林脱出前の腹ごしらえ━━━
「さて、あまり練習に時間もさけない。できれば日が暮れる前に、何とか町か人家をみつけないとな……」
「ホントはもっとじっくり練習したいところッスけどね」
竜司郎と狸は、魔導バイクを傍らに、小岩に並んで腰かけて小休憩を取っていた。
展開した魔導バイクは術者がある程度近くにいれば、そのまま格納されずに姿を保っていられるのだ。これは竜司郎のトラック、重機スキルも同様である。
(トラックや重機を展開したままどこまで離れていいのか、俺も後で確認しとく必要があるな……)
竜司郎は、キャビン収納スペースに収納してあった缶コーヒーとブロックタイプの栄養補助食品を、狸と分け合った。
配送業務が忙しい時期は、トラックキャビンに買い置きしていたこの缶コーヒーと栄養ブロックが昼食だったことも珍しくは無かったのだ。
缶コーヒーも栄養ブロックも、箱買いして間もない時期だったのが幸いした。細く食いつなげば一週間は持ちそうだった。
缶コーヒーは250ミリリットルのロング缶で、竜司郎は三分の二ほどを自分用の保温用タンブラーに入れ、三分の一が入ったコーヒー缶を狸に手渡した。
森林脱出作戦決行前の腹ごしらえというには侘しい。とはいえ食料の調達がままならない状態で、無計画な食料の消費は控えるべきだった。
「美味しいか?」
「美味しいッス!」
狸は本当に美味しそうに栄養ブロックを頬張り、CMにでも使われそうなほど堂に入った姿勢で缶コーヒーを飲みほした。
「「ごちそうさま」」
「……ホレ」
竜司郎は狸に空缶を渡すよう促し、食べ終えた栄養ブロックの包装と、空缶と、タンブラーをキャビン収納スペースに収めた。
「ポイ捨ては、俺の主義じゃないんでね。ゴミ捨て場がある所まで、キャビンに保管だ」
「さっすが御主人!」
キャビン収納スペースは外部の干渉を受けない特殊スペースである。
付与記憶によれば、熱々出来たてラーメンを保管したら、竜司郎が再び取り出すか、あるいは死ぬまで麺は延びず、スープは冷めず、もちろん腐敗もせず、熱々出来たてラーメンのまま保管されているという。
加えて収納スペース内のアイテムは互いに干渉しない。よって栄養ブロックの包装内に残った食べかすがこぼれて他のアイテムに付着することも、缶コーヒーの残りが他のアイテムに染みることも無いのだ。
一応詰めすぎの時は脳内に警告が鳴るそうだが、現在の所、竜司郎のキャビン収納スペースは、まだまだ十分な収納余地があった。
「キャビン収納スペースに車中泊用の寝袋はある。ただ、何が起こるか分からん森の中で一泊できるほど俺も心臓は強くない」
「御主人のトラックスキル発動して、トラックで車中泊はどうっスか?」
「それは非常手段ってことにしておこう。一晩中トラックスキルを発動させて、それに俺の魔力が持ちこたえらるのか、実際に確認できてないからな」
「車中泊できても、遅かれ早かれこの森は脱出しないといけないッスからね」
「そういうことだ。さて……もう一度地図を確認しとくか」
「はいッサー」
竜司郎と狸は展開したままの魔導バイクに乗り込んだ。揃ってナビゲーションシステムを見る。
配送前のルート確認はドライバーの重要な業務である。
配送するトラックのサイズ、配送する荷物の形状、利用道路の選定、道路交通状況、天候、本人のドライブ技術、それらをバランスよく考慮した安全ルートを算定する。
その毎日の不断の心がけが、竜司郎の無事故無違反記録を更新し続けていたのだ。
……前世界の最後の最後で崖から飛び出すまでは。
今回は、バイク歴十六年の竜司郎が、オフロード仕様魔導バイクで、人間と狸を、好天の下、異世界の森を通って川まで抜けるのが安全運転の勝利条件だ。
目的地とした地点まで、イレギュラーな植生地帯は無さそうで、樹木はまんべんなく群生している。
大岩小岩の広場から目視する限り、オフロード魔導バイクで走行すれば、さほど問題なく通過できそうであった。
……そう思われた中、ナビゲーションシステムが示す、赤と黄のまだら地図を拡大&スワイプしていた竜司郎は、思わず声を上げた。
「……おい、ここ!」
「青エリアじゃないッスか!」
川と街道が近くなる目的地点へのルートから、わずかに西に逸れた地点に、現在エリアと同じような円形の青エリアが表示されていた。
言うまでもなく青エリアは魔導バイクが過負荷無く走行できる平坦な地形エリアである。そして青エリアの中にはぽつぽつと侵入不可の赤い丸と赤い長方形も表示されていた。これはもしや……。
「森の中の村っスかね?」
「この赤部分が家だと考えれば、村の可能性は高いな」
「行ってみますか?」
「おうもちろんだ。思ったより早く異世界人に会えそうだ」
竜司郎と狸はにわかに活気づいて進路の変更を決定した。
「そうだ。異世界人と出会う前に俺たちの立場をすり合わせておくぞ」
「どういうことっスか?」
「いいか、俺たちは何某かの理由で記憶を失った旅人で、森をさまよった末に辿り着いた……って筋書きでいく。俺たちの事情、特に転生云々の告白はこの世界の情勢を十分に知ってからだ」
「なんででスか?」
「元世界の小説や漫画でな、異世界に転生した現代人が、うっかり転生者だとゲロったばっかりに世界の異分子として迫害されたり捕まったりするストーリーがあったからさ」
「それはヤバい展開ッスね……いや、でも、女神さまはアイル・グレスト皇国は平和な国って言ってませんでした?」
「女神さまは平和だって言ったがな、お前を問答無用で転生させたり、お前の転生を俺に知らせなかったり、あんな素っ頓狂なメールよこす女神さまの発言だぞ。ウラや行間の一つや二つ疑ってかかるべきだろ」
狸は確かにその通りだと言わんばかりに大きく頷いた。
……が。
「待ってください御主人。さっき御主人は自分の要望を聞いて前世界の人たちに善処してくれたって感謝してたじゃないッスか?」
狸のツッコミは中々に鋭い。
仮契約の期限を忘れていたのは何かの手違いかもしれない。あるいは人のことは良く覚えている性質か。
だが竜司郎も折れなかった。関わって間もないわりに、女神さまには言いたいことが雪だるま式に積もっていっているのだ。
「だからこそ余計にタチが悪いんだよ。信用させるなら信用させる。振り回すなら振り回す。どっちかにしてもらいたいもんだぜ」
「御主人御主人! 話が脱線してますよ!」
「お、おう……スマン。話を戻すとだな、もしこの国がガチガチの管理国家だったり、迷信狂信が支配したうえでの平和(笑)な国だとしたら、どうだ?」
「……見せかけだけの平和ってやつッスね」
「そう。もしそんな国家なら、俺みたいな怪しげな異世界人なんてあっと言う間に市中引き回しからの磔獄門、お前はよくて実験動物、悪くすると狸汁と毛皮の刑だぞ」
「た、狸汁は勘弁ッスよ! せっかくチートスキル貰って転生してきたのに……」
「そうだろ?。分かったら言うことを聞け。俺だって転生して早々死にたくないんだから。用心するに如くはなし、だ」
「りょ、了解ッス。私と御主人は、記憶が抜け落ちた旅人ッスね」
「余計なことを言うんじゃないぞ。これはフリじゃないからな」
「任せてくださいよ。御主人!」
「どうも心配だなぁ……」
女神さまといい、この狸といい、初見から竜司郎の情緒を振り回しっぱなしである。
そうは言うものの、存在を当然のものとして女神さまを身近に語り、喋る狸と人間同士のようなやり取りをしている自分の順応性に、我ながら感心する竜司郎だった。




