━━━案件06 魔導バイク オフロード仕様 展開━━━
「よし! 早速お前のスキルが役に立つ時がきたぞ!」
「はいっサ―御主人! ……オフロードバイク……展開!」
狸がふわりと浮き上がり、狸の下にカレー皿に似た楕円形の座席が現れた。どうやら燃料タンクに位置するパーツのようで、そこから魔力の光線が放射状にのび、中空に次々とバイクのパーツを描いてゆく。
光線が閉じられた部分は半透明でクリアパーツのプラモデルのようにも見える。魔力のパーツは次々と描かれ、閉じられ、ほどなくして魔力で編まれたオフロードバイクが形象化された。
「どうッスか? 御主人」
ヘルメットをクイっと上げて誇らしげな狸。竜司郎は素直に感動の声を上げた。
「すげえ……マジで魔法でバイクが作れるのな!」
付与記憶として、竜士郎自身の重機、トラックスキルに加えて狸が行使する二輪スキルに関する知識も一通り付与されていた。
それでも実際に形象化魔法として発動した、搭乗可能な乗り物スキルを目の当たりにするのは新鮮な驚きだった。
「……けど、大丈夫か? 使いたいのは森を抜けられるオフロードバイクだぞ? これじゃあ大型バイクサイズのオフロードバイクだぜ」
一般的にオフロードバイクといえば軽量、細身、大径ホイールとブロックタイヤ、といったアイコンが並ぶ。
が、狸が形象化した異世界版オフロードバイクは、一般的な中型オフロードバイクではなく大型エンジンを搭載したマッシヴな大型バイクサイズの重量感である。
エンジンはいうまでもなく、サスペンションやフレームは、さながらスチームパンク映画に登場するような骨太の骨格であった。
同様にホイールもタイヤも通常のオフロードバイクよりも一回り太く形象化されており、サイズに関して言えばまったくの舗装道路仕様で、原野山林を走破するには不向きと思われた。
「御主人の心配はごもっとも。ですが論より証拠。少し走らせてみればこの外観の意味が実感できると思いまッス」
「よし分かった。やってみよう」
竜司郎はタブレットをキャビン収納スペースに格納すると、形象化されたオフロードバイクにまたがった。
意外や意外。バイクは魔力で編まれているにもかかわらず、スロットルの樹脂の感覚から座席のクッションの柔軟さまで再現されているのだ。
……魔導バイクに跨る時、竜司郎はまた身体に妙な違和感を覚えた。その理由が分かるのはもう少し後になってからである。
「ここまできてなんですが御主人、バイク乗れるんスか?」
「16の時に原付を取って18で大型免許を取って、以来俺のメイン交通手段はずっとバイクだぜ。免許がいる乗り物で一番キャリアがあるんだ。任せとけって」
「それは頼もしいッスね!」
「おっとその前に……」
竜司郎はキャビン収納スペースからバイク用のヘルメットを召喚した。
肉体労働用のヘルメットとは別に、バイク用のヘルメットもキャビン収納スペースに収められていた。竜司郎が魔導バイクに乗るのを見越して女神さまが用意した”特権的アイテム”である。
形状は耳まで覆うジェット型ヘルメットで、竜司郎が愛用していた黒のヘルメットである。そして当然のごとく異世界仕様の外観変更が施されていた。
顔を大きく覆う透明なバイザーとサンシェード機能つきのインナーバイザーはそのままに、騎士か戦士の兜の意匠をブレンドしたような、男性の少年心をくすぐるデザインとなっていた。
脳内でキャビン収納スペースからヘルメットを検索する時に、竜司郎はもう一つの装備を見つけた。
「バイク用プロテクター……?」
トラックキャビンに収納した覚えはなかった。
オフロードバイクから750ccのネイキッドバイクに乗り換えた時期から使用頻度が下がり、今は借家備え付けの倉庫にしまっていたはずだ。
語尾を疑問形にしつつも、竜司郎はキャビン収納スペースに保管されていたバイク用プロテクターを召喚した。
プロテクターは竜司郎の手元ではなくそのまま竜司郎の体に召喚され装備された。
背中、胸、肩、肘、前腕、手甲、膝、脛、足甲を覆うプロテクターは、竜司郎が前世界でオフロードバイク時代に購入したそれとよく似ていた。
黒地の各所に銀のパイピングと反射材をあしらったプロテクターは、ヘルメット同様、こちらも元の外観を踏襲しつつ、騎士か戦士が身にまとう鎧のデザインに寄せられていた。
ヘルメットとセットで運用するよう、こちらも女神さまが用意した”特権的アイテム”である。これで長剣を構えてマントをはためかせれば、軽装の黒騎士と言っても違和感のない出で立ちである。
狸が感嘆の声を上げた。
「いいじゃないっスか~御主人!」
「すごいぞこいつは。ヘルメットからもプロテクターからも魔力を感じる。まだよく分からんが防御力でもアップしてるのかもな」
「デザインだけじゃなくて機能も異世界仕様になってるってことッスね」
「よし! まずはこの広場で完熟運転だ」
竜司郎は魔導バイクのスロットルを何度か軽快に回すと、スロットルを大きく回し、勢いよく大岩から飛び降りた。
なぜか『この程度の段差ならいける』と、確信があって、竜司郎はその確信を全く疑問に思わなかった。
竜司郎の腕前もさることながら、魔導バイクの性能も大したものだった。
タイヤだけでなくホイールもサスペンションも、さながら漫画のようにたわんで衝撃を吸収し、魔導バイクは高さをものともせず着地した。
竜司郎は、そのまままっすぐ森の手前まで走って急旋回すると、自分が目覚めた大岩と狸が目覚めた小岩の周りを走り始めた。
はじめは大岩と小岩の周りを大きく周回し、何度目かに大岩と小岩を利用した八の字の周回に変更した。
ギヤ操作は完全オートマチックで、内燃機関特有の重低音ではなく、ハイブリッド車の低速モーター音に似た高めの音は、マニュアル嗜好ガソリンエンジン好きの竜司郎をいささか落胆させたが、乗り心地は前世界のバイクより快適だった。
魔力で編まれたごついタイヤが、地形を瞬時にトレースして形状を変化させているのだ。この仕様は未舗装地帯がほとんどの異世界に対応した仕様だった。
それでいて車体バランスの保持、地面へのグリップ、ブレーキ時の制動など、本来のゴムタイヤの機能も違和感なく、的確に再現されていた。
そしてサスペンションが地形から加わる振動、衝撃、摩擦といった負荷を搭乗者の魔力を利用して減衰させ、減衰に利用された魔力はマフラーから排出される仕組みなのだ。
(なるほど、マフラーから出てるラメっぽい白煙は、排気ガスじゃなくて減衰に使った魔力ってことか……)
竜司郎は納得した。これはつまり、地形が険阻になればなるほど、負荷を減衰させるために使用される魔力は大きくなるわけで、走行ルートの選定、速度の調整、燃費ならぬ魔力費の逆算が、前世界よりも重要になってくるのだ。
そのルート選定を補助するのがナビゲーションシステムである。
ナビゲーションシステムは走行不可ゾーンが赤色、過負荷ゾーンが黄色、走行可能ゾーンが青色で表示され、それぞれの中間は赤~橙~黄~緑~青のグラデーションで表示されていた。
現在竜司郎たちがいる大岩小岩の広場をナビゲーションシステムで見ると、大岩小岩の上部が青~緑の円形で表示され、その境界部分の段差が、細い赤いラインで岩上部の走行可能部分を囲むような円で表示されていた。
大岩小岩を囲む草木の無い広場は、青から緑の卵型のエリアで、さらにその周囲の森エリアは赤と橙と黄のまだら模様で表示されていた。通行不可の赤い部分は樹木であろう。
前世界のバイクのナビゲーションシステムは大抵が後付け、あるいはスマホで代用するのが主流であった。
一方、狸が形象化したオフロードバイクは消費魔力、速度、残魔力など各種メーターはナビの周りを取り囲むようなデザインである。
運転者からも見やすく、また燃料タンク部分を座席に変換して搭乗している狸からも見やすい構造になっていて、走行時には竜司郎と狸の、息の合ったコミュニケーション技術が問われるものと思われた。
「いいッスねえ!これいいッスねえ!」
狸も実際にバイクに乗るのは初めてなのだろう。運転を完全に竜司郎に預けている狸はご機嫌で周囲を見渡していた。
よく見ると狸の座席にも小さい狸用のハンドルが形成されており、人間の運転者がいなくても、狸だけでも操縦できる仕様のようだった。
「どうだ? 俺の運転もなかなかのもんだろ?」
「なかなかなんてとんでもない!いい腕してますよ御主人!」
「お、嬉しい事言ってくれるな。じゃあもう少し調子に乗るぞ」
竜司郎は岩の周りの樹木地帯にまで範囲を広げ、木を一周したり、木の何本かを縫うように走ったり、敢えて凹凸のエリアを通ってみたり、段差を利用してジャンプしてみたりと、障害物を利用した走行を試してみた。
「御主人、私のバイクには、車体についてるカウルとは別に、バイクを大きく覆う見えない障壁もありますよ」
「なるほど。それでさっきから虫が当たる気配が無いのか」
「その通りッス。少々の葉っぱとか枝とか、虫なら蚊や羽虫なんかも、見えないカウルで追っ払えますんで安心してください」
「そいつは本当か…………本当だ!」
竜司郎はわざと枝の近くを通ってみた。狸の言う通り不可視の魔力障壁がアーモンドのような形状を成し、カウルに似た機能を果たしているのだ。
「もちろんカウル本来の風防の役目もありますよ。でも物理的なカウルよりは弱いんで、一定以上の風圧や質量は完全排除できないッス。そこんとこは気を付けてください」
「ってことは……カナブンはダメか?」
「カナブンはダメッスねぇ……」
「カナブンぱねぇな……」
異世界でも、魔法を駆使したバイクでも、カナブンはバイク乗りにとって鬼門のようであった。
小休憩の前に、竜司郎と狸は大岩を大きくもう一周した。




