━━━案件05 人間と狸の森林脱出作戦会議━━━
「……ここを抜け出すには俺のトラックスキルじゃ無理だ」
森は、鬱蒼と繁茂する密林、と言うほどでもなかった。しかし、竜司郎が展開可能な最小のトラックは2トントラックである。
十年以上トラックや重機に搭乗してきた車両感覚で森の密度を見るに、2トントラックではまず無理、リフトアップされたオフロード仕様の軽自動車でどうにか……という目算だった。
「御主人のバックホウスキルとかブルドーザースキルでなぎ倒しますか?」
狸が物騒なことを言い始めた。
竜司郎としては不必要な環境破壊はしたくないし、森の規模も分からず人家集落の当てもないままスキルを行使するのはリスクが大きすぎた。
仮に重機スキルで森を切り拓きながら抜けるとして、果たして何日かかることやら……。
第一、この岩から見て視界が通って森の向こうが見えるなら、歩いて森を脱出すればいいのだ。
「現実的じゃないなぁ……」
「……ということは、私のスキルの出番みたいッスねえ」
嬉しそうに狸が言う。狸は後ろ足で立ち上がり、前足を前に突き出してバイクに乗るような姿勢を取った。
「御主人は四輪車とか重機の乗り物スキルを付与されたとお聞きしました。私は二輪車を筆頭にした跨って乗る乗り物全般を付与されたんです」
「ってことは水上バイクとかスノーモービルとかもか?」
「モチのロンです御主人。空以外の場所ならどこへでも、御主人をご案内できますよ!」
「そいつはいいな!」
竜司郎はがぜん興味を持った。
バイクは16歳の時に原付免許を取って、18歳の誕生日を迎えて直ぐに大型バイクの免許を取得しに行ったほどに竜司郎の生活の一部であった。
スノーモービルは未経験だが、水上バイクは、マリンスポーツが趣味だったセイやんとタカくんに誘われて、サーフィンと共に夏の趣味として楽しんでいたのだ。
……サーフボードはともかく、水上バイクに関しては経済的な事情から現地レンタルであったが。
「ちゃんと私用のヘルメットも、女神さまが用意してくれてます……ほら!」
狸は右前足のスマホと入れ替えるように、左前足にヘルメットを召喚した。女神さま謹製の狸サイズのオーダーメイドヘルメットで、ご丁寧にゴーグルまで付属している。
狸は器用にヘルメットとゴーグルをかぶり、これ見よがしにゴーグルをクイっと押し上げてみせた。
「……お前なんでそんなに人間っぽいの?」
竜司郎は狸と出会ってからずっと気になっていた質問を投げた。
人語を語るのに加え、二足歩行といいスマホの取り扱いといい、本来の四つ足の獣の動きと、中に人が入っているかのような動きが混じった狸の挙動は、竜司郎の脳の処理に妙な負荷をかけていたのだ。
「よくぞ聞いてくださいました! これはですね、私が授かったスキル”擬人補正”と言いまして、魔法的な補助で人間に近い動作ができるようになっているんス。アイテムを足に吸着したり、姿勢制御に魔法的アシストが発動したりで……」
そう言って狸は前足を芝居がかった調子で左右に広げ、バレエのようにくるくると後ろ足だけで回転し、一しきり岩の上をステップすると、最後に前足を胸に当ててボウ・アンド・スクレープをしてみせた。
「おおぉ~!」
思わず拍手をする竜司郎。得意げな顔の狸。だが一人と一匹はすぐに真顔になった。
「……って!んなことしてる場合じゃねーよ!この森を抜けだす手を考えないと!」
「……って!んなことしてる場合じゃないッスよ!この森を抜けだしましょうよ!」
竜司郎は岩の上で立ち上がって辺りを見回した。当然のことながら、1mそこらの岩の上で立ち上がっても視界はまるで変化しなかった。
……立ち上がった時、一瞬竜司郎は身体に妙な違和感を感じた。その感覚はすぐに消えてしまったので、竜司郎は異世界にまだ身体が順応していないものだと思った。
「どっか近くに町くらいあるだろ…………あっ!」
竜司郎は前世界でのスマホ依存を証明するように、先ほど取り出したタブレットを完全に無意識で操作し、地図アプリをタップして起動したのだ。
異世界でもスマホ頼りな自分に驚いた竜司郎はさらに驚いた。タップした地図アプリが起動し、近隣の地図を表示したのだ。
「見ろ!地図だ!」
「マジッスか?」
竜司郎は座り直して、狸にタブレットに表示された地図を見せた。縮尺を変えスワイプしているのをのぞき込む狸。
異世界地図アプリはどうやら万能ではなく、現状、竜司郎たちのいる近隣10数キロを表示するのが限界のようだった。
縮尺を一番小さくしても町らしい表示はなく、見事なほど川と森と草原という圧倒的大自然の真っただ中に放り出されたことを知らされた。
竜司郎たちのいる森はそこそこ広く、一番近い開けた東側の草原地帯まで10キロ以上はありそうだった。だが竜司郎は森の北を流れる大河と、その対岸にある細い一本のラインに目を付けた。
「おい狸、さっき水上バイクスキルも使えるって言ったな?」
「ええ使えますよ。水上から氷上までドンと来いッス」
「なら、この北の川を目指そう。草原へ出るより短距離だし、水上バイクで川下りすれば、森や草原をオフロードバイクで進むより断然楽だ」
「なるほど。さすが御主人」
「そしてこのラインだ」
竜司郎が指示した川の対岸に細い一本のラインは川に沿って東西に延びていた。
「……これ、もしかして街道っスか?」
「だな。少なくとも人間が往来しているエリアってことは分かったぞ」
竜司郎は地図を左右にスワイプし、街道が川に沿って東西に延びているのを地図の表示の限界まで確認した。
その範囲で街道と川が一番近くになる場所。そこは森を抜け、川へ接する地点としても比較的近く、川幅も狭かった。
仮に狸の水上バイクスキルが不十分でも、サーフィンで慣らした竜司郎なら十分泳ぎ切れるはずだ。
「森を抜けて川を渡って街道を確認しよう。廃道じゃないなら魔導バイクで街道を進めばいいし、廃道なら川へ戻って水上バイクで川下りだ」
これだけの大河だ。人間が利用していないはずはなかった。街道と川を適時道しるべにして進めば、町なり都市なりに辿り着けるはずだ。
時計の地図の赤い光点とアプリの地図を照合すれば、竜司郎たちの現在位置は半島の付け根部分の東側。
街道が廃道だとしても、最悪でも海に出れば、今度は沿岸に沿って水上バイクを走らせれば街を探せるのだ。
竜司郎と狸の作戦は決まった。




